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アイドルクレイドル  作者: 和和和和
愚者・ONSTAGE
5/12

運命の出会い





「さて、では今日から友也君には秘書――というより、補佐役をつけさせていただきます」

「え!?」

 契約を終えた後、耳元で彩音に囁かれた安曇がおもむろに言い放った言葉に、友也は思わず目を丸くする

「ハハッ、当然のことだよ。ICには操者のサポートを行うスタッフがいることは知っているだろう? まあ、芸能人で言うところのマネージャーのようなものだよ」

 そんな友也の反応が意外だったのか、そう言って笑った安曇は、机に少し身を乗り出すようにして話を続ける

「君と歳が近いということもあるが、優秀な人物でね。きっと君も満足してくれると思うよ。なんといっても、超可愛いからな」

「は、はぁ……」

(ってことは、女の人か……緊張するなぁ)

 どこか悪戯じみた笑みを浮かべて満足気に言う安曇の言葉に生返事を返しながら、遠矢は内心で不安を覚えていた


 安曇の言い方からすれば、自分につく人は女性であるらしい。しかも安曇の言を借りれば「超可愛い」というその人を前にして、これまで彼女もできたことが無い自分が自然に話すことができるのか

 そもそも、そういうものだと分かっていても、秘書のような人を持つということそのものに恐縮してしまう


「主任。そのようなことをおっしゃられては、友也君も反応に困りますよ」

 そんな友也の様子を見た彩音が困ったような表情で肩を竦める


 安曇や相応の年齢、性格の男性ならば、「超可愛い」という言葉に、「え!? マジで!? ラッキー」くらいの反応は見せるだろう

だが、さすがに普通の年頃の少年にそんなことを言っても、安曇が期待するような反応をするのは難しいだろうという、友也の心中とは少々方向性のずれた判断の気遣いだったのだが


「そうか? まあ、なら早速呼ぶとしよう」

 そんな認識の齟齬が起きていることに友也が気付きはずもなく、彩音の言葉に小首を傾げていた安曇は表情を引き締めると、小さく咳払いを一つする

「入りたまえ」

 視線と声を扉へと向けた安曇の言葉に、ドアのノブが回され、ゆっくりと扉が開けられる

「失礼します」


「――っ!」


 透き通った澄んだ声音と共に入ってきたその人物を見て、友也はもちろん太糸と愛も目を瞠り、思わず息を呑む

 大人びた色香の中に少女のあどけなさを残した顔立ちは、まるで何者かの手によって造形されたのではないかと思うほどに整っている

 腰まで届く漆黒の髪は、その清楚さを際立たせ、その身を包むスーツの上からでも分かる抜群のスタイルを見て取ることができた


 だが、友也が驚いたのは、そのあまりの美しさに、だけではない。それ以上に、その人物が友也のよく知る人物だったからだ


(うそ、なんで、こんなところに……)

 内心で混乱する友也をよそに、その少女は友也達を見渡せる場所へ移動すると、深々と一礼する

「凛々島千歳と申します」

 一礼して自己紹介した黒髪の美少女――「凛々島千歳」は、唖然とする友也達三人に、可憐な花を思わせる笑みを向ける


 凛々島千歳。AC参加の四大社の一つ「エクエススペード」現社長「凛々島京一郎」の娘にして、ICトッププレイヤーだった人物。

 IC操者の中でも屈指の美少女といわれ、歌唱力、演技力、人柄共に優れた「ICのアイドル」。無数の会社とスポンサー契約を結ぶ才媛。

 たとえICを知らずとも、その名を知らぬ者はこの国にはほとんどいないであろうと思われる有名人だ


(そういえは、引退して会社も移籍するって言ってたけど……ここだったのか)

 人気絶頂の中、IDOLAクラスに関わるために、前期一杯でICを引退した千歳が目の前にいる理由に思い至りながらも、友也は目の前のことが、まるで現実ではないような感覚に囚われていた

 何しろ、今の今までテレビの向こうでしか見たこともない人物が目の前にいるのだから、これが現実だと信じられなくなってしまうのも仕方のないことなのかもしれない

「まだ若輩者で至らぬところも多いとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 千歳の人当たりの良い笑みを向けられた友也は、優しく微笑むその姿に我に返ると、半ば裏返った声で応じる

「それじゃあ凛々島君、あとは頼んだ」

 緊張していることが目に見えて分かる友也の反応に表情を綻ばせた安曇は、千歳に視線を向けて言う

「はい」

 そう言って頷いた千歳は、友也の許へと歩み寄ると、膝を折って視線の高さを合わせる

「えっと、では連絡先の交換からお願いできますか?」

「あ、はい」

 互いの連絡先を交換しながら、友也は手を伸ばせば触れられる距離にいる美少女を前にして思わず目を奪われていた

(うわ、間近で見ると、本当に美人だな)

 ICのファンである友也にとって、凛々島千歳という人物は、DOLLの操者として憧れだった

 異性としても、DOLLの操者としてもテレビの向こうの存在だった千歳が目の前にいる事実に、友也の頬は無意識のうちに朱を帯びている

「本日、ご契約いただいたことで、グラールハートが正式に友也さんと愚者の保有権を得ました。これから申請をして、ACから愚者をここに搬入するのですが、その手続きに三日ほどかかります」

 そんな友也の反応を知ってか知らずか、千歳は今日から自分が担当することになるアルカナの操者の少年に、丁寧にこれからの簡単な予定を述べていく


 IDOLA――「アルカナ」は全二十二機。そして、友也がそうであるようにその機体は使用者を選び、誰にでも使えるというものではない。

 当然、そんなアルカナの中には自身に合った操者に巡り合うことができず、未だ稼働していない機体がある

 そんな主のいないアルカナは、その開発元であるACに厳重に保管されており、主が決まり、所属する会社が決まった時点で貸し出されることになるのだ


「それから、簡単な調整を行っていただき、『愚者』のお披露目を兼ねたエキシビションマッチを可能な限り早く執り行いたいと思います」

 そこまでゆっくりと、聞き取りやすい声で話した千歳に視線を向けられた友也は、一瞬胸をときめかせるが、それが了解を求めているものだとすぐに気付いて頷く

「あ、はい」

 機体の数が限られているアルカナは、可能な限り早くICに参戦してもらいたいという胴元――ACの思惑がある

 だが、そんな思惑など関係なく、一刻も早くICに参戦したい――友也の胸中に渦巻くのは、そんな滾るような熱い思いだけだった

「では、今日のところはこの辺りで。――安曇君達は、みなさんをお送りしてください」

 一通り必要な話を終えた千歳の視線を受けたキンバリーは、軽く手を叩いて話が終わったことを告げる


 こうして、友也はグラールハートに所属するICプレイヤーとして、第一歩を踏み出したのだった



※※※



 そして、自身の夢に手が届くほど近づいた日から一夜明け、窓から差し込む光で目を覚ました友也は、寝ぼけ眼を擦りながらベッドから降りる

(興奮のあまり、ほとんど寝られなかった)

 なかなか寝付けず、ほとんど寝ていない状態で制服に着替えた友也が部屋を出ると

長い黒髪を一つに結った千歳が朝食を机に並べながら出迎える

「おはようございます」

「おはよ……って、ぅえ!?」

 あまりにも自然に自分の家に千歳がいたことを受け入れてしまっていた友也は、そこにいる人物をまじまじと見つめ、まぎれもなく凛々島千歳であることを見て取って声をあげる

「な、なんでうちに!?」

 あまりに非現実的な現実に気を動転させている友也を見た妹の紬は、同意混じりの笑みを浮かべる

「ちと、じゃなくて、凛々島さん、近くに越してくるんですって……」

「はい?」

 千歳が家におり、近くに引っ越してくるという事実以上に、友也は母がうっかり「千歳ちゃん」と呼びかけたことにふてぶてしさというか、図々しさを感じてしまう

 女同士何か通じ合うものがあったのだろうかと、部屋の隅で居心地悪そうに縮こまっている父を見た友也が怪訝な視線を向けると、千歳は明るく屈託のない清楚な笑みでそれを受け入れる

「私は友也さんのパートナーですので。あなたの身の回りのお世話もさせていただくのですよ」

「……え?」

 千歳がさも当然のように語った内容に、友也の目は文字通り点になる


 ICに参加する操者の補佐は、当然だが通常の芸能人のマネージャーとは違う。スケジュール管理はもちろん、万全の体調でDOLLやアルカナを操り、ICを戦い抜くために体調管理などもその仕事に含まれる

 さらにはICではオペレーターなどもこなすパートナーは、操者と深い信頼関係を日常から築くのも仕事だった


「まるで押しかけ女房ね」

「ばっ、何言ってるんだよ! 凛々島さんに悪いだろ」

 その言葉を聞くなり目元を緩めた母に囁かれ、友也は顔を赤らめて抗議の声をあげる

 その囁くような小さな声は千歳には聞こえていないはずだが、その言葉に一瞬そんな光景を妄想してしまった友也は、自身のそんな考えを振り払うように言う

「そんな堅苦しい呼び方じゃなくても、千歳で良いですよ」

 しかし、そんな友也の心境など到底知る由もなく、朝食を机に並べる千歳は、優しく微笑みかける

「で、でも……」

 そんな千歳の提案に、友也は遠慮がちに言葉を濁らせる

 妹以外の女性を呼び捨てにしたことがない友也にとって、女性を舌の名前で呼び捨てにすることには恥じらいを禁じ得ない。だがもう一つ、友也がそれを渋る理由があった

(確か、俺より年上……)

 そう。友也の記憶が確かなら、凛々島千歳は友也よりも一つか二つ年上。綺麗で美人な年上の女性を気安く呼び捨てにする胆力は、生憎と友也には備わっていなかった

 年齢のことを口にしなかったのは単なる偶然だが、友也にとってみれば僥倖ともいえることだろう

「まあ、無理にとは言いませんが、私達は互いを信頼し合うパートナーにならなくてはいけません。遠慮せず、気楽に呼んでください」

 呼び捨てでもいいと言ったのは、あくまでも信頼関係を作るための架け橋であり、きっかけに過ぎない

呼び捨てに固執して、互いの関係をこじらせては本末転倒になってしまうと考えた千歳は、優しく響く声で語りかける

「じ、じゃあ……」

 千歳の表情も声音も柔らかく、全く強制されているような印象は受けない。だが、それを聞いた友也は、不思議と花のような笑みを浮かべている千歳の要望に答えてあげたいという気持ちになっていた

「ち、千歳さん」

 照れながら懸命に絞り出した友也の言葉に、千歳はその目を優しく細める

「はい」

 まるで天使か女神と見紛うばかりのその笑みに、友也だけではなくその場にいた全員が思わず息を呑むのだった



「じゃあ、行きましょうか」

 朝食を終え、学校へ行こうとした友也は、玄関で待っていた制服姿の千歳にかけられた言葉に目を丸くする

「えっと……一緒に、ですか?」

「もちろんです。こう見えて、私も一応学生の身なので」

 友也の言葉にさも当然と言った様子で微笑んだ千歳は、有名人であることを自覚しているためか、髪を結い、眼鏡をかけて変装していた

(一緒に登校? 凛々島千歳と……女の子と!?)

 ICの操者として活動しているとはいえ、千歳も学生であることは変わらない。都内の某進学校へ通っている千歳が、学校こそ違えどこうして登校するのは当然のことだった

(俺は、まだ夢の中にいるのかもしれない……)

 しかし、たとえ一瞬でもこれまで無縁だった女子との登校――それも、凛々島千歳という美少女と一緒となれば、友也が内心で踊り出すほどの喜びを覚えるのも無理はないだろう

「さあ、行きましょう」

 感動に打ち震えている友也に微笑んだ千歳は、家の扉を開いて優しく微笑みかけるのだった





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