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アイドルクレイドル  作者: 和和和和
愚者・ONSTAGE
3/12

運命の導き手





「こんにちは」

「え?」

 どの部活にも所属していない帰宅部の友也が、いつものように一人帰宅の途につこうと校門を出たところで、不意に声がかけられる

 周囲を見回し、自分しかいないことを確認した友也が、先程の声が自分にかけられたものだと理解した友也は、そちらへと視線を向ける


 そこにいたのは、スーツをきっちりと着こなした妙齢の美女。肩まで伸ばした髪と、薄い化粧が大人びた雰囲気を彩っている

 声音は優しく、女性らしい包容力を感じさせるその立ち振る舞いは、思春期真っ盛りの友也の目を奪うには十分過ぎるものだった


「……俺、ですか?」

「はい。括野友也さん……でよろしいでしょうか?」

 突然見目麗しい年上の女性に声をかけられるという、夢のような事態に硬直していた友也に、その張本人である女性が懐から取り出した名刺を差し出してくる

「私はこういうものです」

「……『グラールハートIC部門主任秘書』、『常陸(ひたち)彩音(あやね)』?」

 それを受け取った友也は、そこに書かれた女性の名前を読んで呼び、一瞬の間を置いて声をあげる

「グラールハート!? って、あのグラールハート!?」

「はい」

 驚きを禁じえない友也の視線と声を向けられた妙齢の美女――常陸彩音は、優しい声で頷き、そしてそのまま自身の要件を告げる

「括野友也さん、私はあなたをスカウトに参りました」

「ス、スカウト!?」

 突然の勧誘に狼狽する友也に、平静かつ温和な態度を崩さない彩音は、その手で少し先に留められているワゴン車を示す

「よろしければ、詳しい話は中で」

「……」


 こういう時、いかに相手が身分を明かしているからといって、初対面の人に勧められるままその車に乗り込むのはどうなのかという考えがよぎらなかったわけではない

 しかし、目の前の女性は「グラールハート」の人間だと名乗り、しかもその肩書きは「IC部門主任秘書」。――友也の憧れるアイドルクレイドルに関わる人間となれば、その不安を押して余りある期待が芽生えてしまうのは、年頃の少年としては仕方のないことだった


 一瞬迷った友也だったが、結局は彩音に促されるままその車へと乗り込む。スライド式の扉を開けば、車内には運転手以外に人はおらず、乗り込む人間が警戒心を少しでも抱かないようにとの配慮が見て取れた

「さて、では率直に本題から入らせていただきたいと思います」

 周囲から中を覗き見られない窓に覆われた車に乗り込み、あらかじめ向かい合うように設置されていた座席に対面するように座った彩音は、緊張と不安と期待の入り混じった友也に優しい声で話しかける

「括野友也さん、先日のクレイドルシステム免許取得に関しまして、あなたの個人波形とIDOLAの適合が確認されました。

 つきましては、我々グラールハートは、是非ともあなたと契約を結ばせていただきたいと思っております」

「IDOLAの……!?」

 彩音の口から発せられた言葉に、友也は呆然とした様子で目を丸くする

「はい。にわかに信じられないのも無理はないかもしれませんが、事実です」

 夢現と言った様子でポツリと零れた友也の言葉に、彩音は理解を示しながら、再度それを肯定する


 アイドルクレイドルの最高位に位置する「IDOLA」クラス。そして、そこで戦う「IDOLA」と呼ばれるDOLLは、強力な力を持っているが、現在世界に「二十二体」しか存在しない機体でもある

 世界に星の数ほどいる人間の中から、その適合者として選ばれる確率などもはや天文学的であり、その倍率は宝くじの一等を取るよりも難しい。それを思えば、友也の反応も必然といえる


「あらかじめ、確認させていただきますが、IDOLA適性が認められたあなたは、ICに半ば強制的に参加していただくことになります

 そして、ICに参加する選手は、準一級公務員として軍に籍を置きつつ、アルカナコーポレーション傘下の四社いずれかに芸能人として所属していただくことになります」

 事務的でありながら、無機質な対応にならないよう丁寧に分かり易く配慮した声音と言葉遣いで、彩音は流れるように友也に説明していく


 彩音が言っていることは、ICのファンならば――否、この世界の大半の人が知っているような常識的なことだ

 人が意識を直結させて操作することができる「DOLL」と「IDOLA」は、条例で禁止されているとはいえ、軍事的運用も十分に可能な代物。

 中でも一般的なDOLLを超える性能を誇るIDOLAならば、その実力は折り紙付きであり、世界に中立的かつ公平に貢献するために、臨時の公務員としてその力を求められることがある

 そして、ICに参加するDOLLのプレイヤーは、例外なく芸能人として、程度の差はあれど芸能活動することを要求される。それもアイドル(・・・・)クレイドルの意味するところだった


「現在世界に存在するIDOLAは全二十二機。公平にICを行うためには、『エクエススペード』、『カレンシーダイヤ』、『ペザントクローバー』、そして我々『グラールハート』の四社が可能な限り均等に保有するのが望ましいというのが、本社の意向です。

 ですので、現在稼働可能IDOLAの保有数が最も少ない我々が、こうしてあなたとの第一交渉権を持ってここに来ているわけですが、あなたがどうしてもと仰るなら、他の社へご紹介いたします」


 ICはアルカナコーポレーション主催で行われる。二十二機しか存在しないIDOLAの所有権は例外なくAC――「アルカナコーポレーション」にある

 そんな現存数が少ないIDOLAを公平にICに参加させるために、ACは四つの会社にそれをほぼ均等に配置したいと考えている

 そんな理由から、現在最もIDOLAの保有数が少ないグラールハートが、新たな操者である友也に真っ先に接触を図っていた


「とはいえ、あなたはまだ学生の身。お一人では決められないこともあるでしょうし、ここで決めていただくというのも酷な話と存します

 そこで、後日、わが社に保護者の方とお越しいただきまして、社の雰囲気などを見学していただいた上でご相談させていただければと思います」

「あ、はい」

 紙などを見ることもなく、すらすらと澱みなく説明した彩音に聞き入っていた友也は、それに流されるように頷く

 それを見て、一通りの説明と理解を得られたと判断した彩音は、機械製の腕輪をつけた左腕を差し出す

「では、あなたの電話番号をお教えいただけますか? 今夜にでもご連絡をさせていただいて、見学の日取りを決めさせていただきたいので。保護者の方には、お手数ですが可能な限り早く――できれば、今週の休日か、遅くとも今月中にはお願いしたいという方向でお考えいただけますよう、お伝えください」


 クレイドルシステムに代表される、意識による機械制御が確立された現在では、かつて携帯電話、スマートフォンと呼ばれた物は装飾品型に形を変えている

 使用者の意識によって稼働し、仮想のパネルや通信を開くことができるそれは、現代の生活の必需品となり、生活に定着していた


「では、また。良き返事を頂けるよう、誠心誠意努めさせていただきます。あ、それと、念を押しておきますが、正式に決まるまではこのことは他言無用に願います」

 一通りの説明を終えた彩音は、一言念押しをしてから扉を開いて、友也を下ろす

「――……」

 その後、何ごともなかったかのように走り去っていく車を見送った友也は、徐々にこみあげてくる実感にその口元を綻ばせ、拳を握りしめる

「や……」

 友也は、ICに参加することが夢だった。まして、その頂点に位置するIDOLAとなれば、憧れの中の憧れ。

 それが現実となって、今自分の手の届くところにあるのだ。それが、嬉しくないはずなどない

「やったーッ!」

 感極まり、抑えきれない興奮に促される友也は、人目も憚らず思わず声をあげてしまっていた



※※※



「マジ!?」

「ああ、マジマジ」

 テレビに身体を向けたまま、首だけを真後ろに向けてきた少女に、友也は歯を出して笑いながら肯定する


 友也は妹の「(つむぎ)」、父の「太糸(たいと)」、母の「愛」の四人家族。家族全員が揃ったところで今日あったことを説明した友也に、家族全員がそれぞれ驚きの表情を浮かべていた


「まさか、お兄ちゃんが芸能人になる日が来るなんてね~。一杯サインお願いできるじゃない! っていうか、もしかしたらイケメンアイドルと知り合いになれるかも」

 友也の話を聞いて、ICよりもその副業である芸能活動の方に興味を示し、ショートボブの髪を揺らす妹――「紬」は、あるかないかも分からない期待に目を輝かせ、頬を紅潮させていた

「紬、そういう問題じゃないでしょ!? いくらクレイドルシステムを使うからって、戦争の真似事みたいなことするなんて」

「お母さん、IC好きじゃないもんね」

 いかに安全が確保されているとはいえ、母親である愛は、実際の武器を使って戦うICに、息子が参加することに不安を隠せない

「どうするの?」

「どうするって、まあこういう場合、子供の夢を応援するのが親の役目なんじゃないかな」

 愛の視線を向けられた太糸は、妻の不満気な顔色と、希望と期待に胸を膨らませている息子を交互に見比べて、一般論という体裁を保ちながら言う


 友也の母である愛は、ICをあまり好んではいないが、父である太糸はICの大ファンだ。だから当然表には出さないが、友也のことを応援しているし、今回のことも歓迎している

 そして、ICを知っている者なら、DOLL部門はまだしも、IDOLAと適合した以上、拒否することはほぼできないというのは常識だ

 何より、ICの操者になることは友也の幼いころからの夢だった。親として、目の前に開かれている子供の夢を無下にすることは憚れるのは無理からぬところだろう


 当然、それはICを快く思っていない愛も同じ。本心はともかく、愛としては結局のところ母として子供の夢を応援する方向に着地する以外の選択肢はなかった

「まあ、それはそうだろうけど……」

「じゃあ、次の日曜日でも早速」

 心から歓迎してくれているとは言い難いが、それを受け入れるという妻の意識を確認した太糸が言う

「いいな~、私も行きたーい」

 そんな両親のやり取りを、芸能界に兄が入るというだけで膨らむ期待に、発展途上の胸を膨らませながら紬が目を輝かせる

 煌びやかで華やかな印象がある芸能界。ましてイケメンに美女揃いだ。一般人に過ぎない紬がそこに興味があるのも致し方ないだろう

「遊びに行くんじゃないのよ」

「ええ!? でも、これでお兄ちゃんは実質ICに就職が決まったようなものなんだから、就職活動は免除でしょ? 遊びに行くようなものじゃない」

「……確かに」

 もっともな妹の言い分に、それに思い至っていなかった友也は、目を見開いて深刻な面差しで呻り声を漏らす

「こら」

 そんな兄と妹は、共に母親から窘められ、互いに視線を見合わせて小さく舌を出すのだった






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