11.勇者の帰郷
領主館に着いた4人は玄関ホールを抜けると、奥まった部屋に通された。室内には長椅子とテーブルこそあるが、宿の豪華さに慣れた者達には幾分か質素に感じられた。
部屋の奥の椅子に黒髪の若い男と、その斜め左の席に壮年の男がいた。壁際には防具を装備した者達が数人、姿勢を正して立っていた。
椅子に座っている2人は服装と装飾品から領主親子だろうと勇者は判断し、先に口を開いた。
「この度は招待に感謝する、俺達が魔王討伐に向かった勇者パーティ...」
「何だね、その言葉遣いは!殿下に失礼だろう」
壮年の男が立ち上がると一喝した。
「え、殿下...?」
「こちらの御方は第二王子殿下でいらっしゃる。王家から此度の魔国の件で話があるため領主館に来るように、と書状が届いただろう」
「王家、じゃあ王族から報奨がもらえるとか?」
「何と呑気な...」
「領主殿、あとは私から話をするとしよう」
壮年の男、街の領主は王子に一礼して、部屋からさがった。
「さて、私は領主殿の紹介の通り、この国の第二王子として国の職務に携わっている。
例えば、魔国に向かう勇者を選別する親善活動とかね」
「それじゃ俺達の活躍を聞いて、ここへ来たんですか?」
「ああ、聞いている。余計な事をしてくれたものだ」
「えっ?」
王子は一見、温和な雰囲気をまとっていたが話の雲行きが怪しい。勇者の後ろで魔法使い、弓闘士、聖女も戸惑いの表情を浮かべた。
「一年前、前回私が選んだ
勇者達は、期待通りの成果を得てくれた。魔王、四天王とも模擬戦で交流を深め、魔族との情報交換を果たして戻ってきた。
そのつながりを元に、国家間で友好関係を結ぼうと各貴族家と調整していたんだ」
「そんな馬鹿な!魔王は倒すべき敵、魔族を滅ぼして人間の国にすべきだって...」
「古い話だ。幼い子が読む絵本にはその手の話がまだあるようだが。現代の勇者は、友好のための使者として魔国を訪れる。国の代表として」
「は?!そんなん聞いてないぞ」
「あとは、西国とうちの侵略派の貴族くらいか。魔王を討伐するなんて言ってるのは」
「そうだ!俺は勇者になって魔王を倒せば、魔族の土地を支配できるって聞いたんだ!新しい王様になって、魔国を好きにできるって」
「おかしいな。この国で勇者を選定する権利を持つのは、国王陛下から任命された私だけだ」
第二王子が勇者達を捉える目線が鋭くなる。
「誰が君を選んだのかな?」
「......」
「答えられないか。ただのニセ勇者だったようだな」
「なっ!俺はちゃんと勇者に選ばれた!騎士をしてる時に見られてて、一番ふさわしいって」
「元騎士なら勇者が親善の役割をしてると、知らないはずないが」
「あんなの、魔王にビビった奴の適当な話だって聞いたし。だって俺は伯爵に...この国の王様の側近の伯爵様から勇者になってくれって頼まれたんだ!」
血走った目で声を荒げる勇者は、敬語も何もかも意識になく、思いつく限りのことを叫んだ。
「陛下の今の側近に伯爵家の者はいない」
「ウソだろ!?白っぽい生地に赤い服来た兵達だって貸してくれたんだ」
「その兵団は犯罪に加担した疑いで拘束済みだな」
「犯罪って、何でそんなことに」
「侵略派の貴族の言葉に乗せられ、我が国に所属する騎士を脅迫し、その家族を捕らえていた罪だ。それに君も関わっていたようだな」
「そんなん何の証拠もねえだろ」
興奮した勇者は、思わず目の前の相手に掴みかかろうとした。
「確保せよ」
壁際にいた護衛達は既に動き出しており、王子の下命に応えた。勇者だった男は、瞬く間に後ろ手に縄で括られ、両足もきつく縛り上げられた。
根強い侵略派だった貴族家と私兵が関わっていた証拠書類を王家は手に入れていたが、この4人に伝える必要はない。
「元同僚への脅しに、王族への不敬、とんだニセ勇者だな」
王子の声には何の感情もない。面前で跪かされて、ようやく状況のまずさに思い至ったニセ勇者は顔を青ざめさせた。
「ニセ勇者の仲間も、同行した剣士への暴力が報告されている」
「暴力なんて知らないわ!あの女が言ってるだけでしょ!」
王子の言葉に、聖女が反応した。
「その件については魔国の領域でのこと故、ここで追求する気はない。だが、己の行動がどのような結果を招くのか、よく吟味して動くがよい」
4人は沈黙する。
「ニセ勇者にはこの後、留置施設で話を聞く。
移動の間、大人しくしているように。
ああ、それからニセ勇者の仲間だった者達も、ついでに馬車で送り届けることになった。
先程言ったことを、ゆめゆめ忘れぬようにな」
そう言うと第二王子は部屋から去り、ニセ勇者達は護衛の手で同じ馬車につめ込まれた。
馬車が走りだして、しばらくは誰も口を開かずただ時間が過ぎていったが――
「ねえ、帰れるみたいなこと言ってたけど、私達まで捕まるんじゃないよね?」
聖女が不安を口にすると、弓闘士と魔法使いに動揺が走った。
「剣士にしたことバレてるみたいだし、あるかも」
「だからこの馬車で一緒にってこと!?」
あの王子に騙された、と怒り出す3人になぜか冷静なニセ勇者が声をかけた。
「俺に作戦がある。のるか?」
全員が頷くと、あとは速かった。
「おーいっ、大変だ!非常事態だー!馬車を停めてくれっ」
ニセ勇者が声を張り上げると程なく馬車が停車した。
「何かありましたか?」
「今こっちは危険だ!そのまま待機してくれ」
御者の声に足止めする答えを返す。
扉には外鍵がかけられていたが、魔法使いが小規模の魔法で壊し、弓闘士が蹴り開ける。
一番先に出たニセ勇者は御者席まで走り、振り向いた御者の腹を殴り、顔面を殴打する。
「ハハッ、やったぜ」
動かない御者の姿にニヤニヤと口角を上げ、馬車から離れると、予定通り魔法使いが力を放った。
ドゴォォーーン!!
凄まじい爆炎があっという間に馬車を包んだ。
「これで時間稼ぎできるだろ。俺は伯爵のところへ行くが、ついてくるか?」
「いいえ、私は王都の教会に戻らないと」
「あたしも仲間に顔見せに行かなきゃ」
「私はギルドの皆が待ってるから」
「そうか、じゃあな!」
あっさりと別れて、それぞれの生活拠点へと帰るつもりでいた。だが―――
「会長!無事ですか!?」
「ああ、心配ないよ。これの対魔法効果、なかなかだろう」
沈下した馬車から部下の手を借りて出てきたのは御者に扮していた商人だった。
目を細めて微笑むと、耳にはまったピアスを指先した。
「本当に無傷なんですね。こんな小さな装身具であの威力の魔法が防げるなんて」
「帝国を介して、王族クラスには流通してるんじゃないかな」
「顔殴られてませんでした?」
「腹もね。そっちは物理プロテクトで対策済み」
右手をあげて、中指にはまった指輪を示す。
「この技術を持ってる国とまともにやり合うなんて、バカらしいですね」
「そうだねえ、帝国がわざわざ口出すわけだよ」
「会長が御者役やらなくてもよかったと思いますけどね」
「まあニセ勇者を送るって約束してたし、帝国の外交もあるからさ。あと魔国の装備で守られてるし」
「はぁ...」
「第二王子はどう動くって?」
「泳がせてから捕縛するそうです」
「そう、了解。あとはこの国にお任せしよう」
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
第二王子の言葉を話半分に聞いていたニセ勇者は、自分の生まれ育った町に帰ってきた。
馬車が停まった地点は見覚えのある場所だったのだ。
俺を勇者に選んだ伯爵の屋敷はここからすぐだ――
伯爵に会えさえすれば、すべてが好転すると希望を捨てられなかった。
グシャッ――
町の広場を歩いていたところで、頭にぬるりとしたものが伝う。
「あれニセ勇者だよ」
「魔国に喧嘩売ったんだって」
「王族怒らせたって本当?」
「卵投げるんじゃないよ!勿体ない」
卵を投げつけられたのだ。
「牛の糞投げてやろうか」
「糞だって肥料にした方がマシだろ」
俺が、この俺に牛糞だと!?
怒りのまま卵を投げた子供に向かおうとしたニセ勇者の肩に、ガッと重い何かが飛んできた。
痛みに顔を歪めるが足元に落ちた工具を見てぞっとする。先がひしゃげた、壊れた工具を投げつけられたのだ。
こいつら、やべえ!
ニセ勇者は広場から足早に逃げ出した。
なぜ自分の行動が既に噂になっているのか、考える余裕もなかった。そこに魔国の影の暗躍があるなど、知る由もない。
町を高台まで一目散に走り抜けて、伯爵の屋敷があった場所に着いた。
「あ?何だこれ...一体どうなってやがる」
屋敷はそこにあった。ただ、いつも取り次いでくれた門番はおらず、門は外から打ち壊されたひどい有り様。
屋敷内に入ると、家具も絵画も持ち出されて、人の気配が全くない。
「は、はは、まさか...」
ふと、第二王子が兵団を拘束したと話していたのを思い出した。あの兵達は伯爵の私兵だった、兵が捕まったなら伯爵も...。
町を通り抜ける間、嫌でも町人の声を耳が拾っていた。
剣士の家族を人質にして魔王討伐に参加を強制したことがバレちまってる。旅のストレスをぶつけ、罵倒していたことまで広まっていた。
「クソッ、なんでこんなことに」
最後の頼みの綱を失ったニセ勇者は、屋敷の前で呆然と立ち尽くすしかなかった。




