マハーカーシャパ(摩訶迦葉)
けれども修行の激しさということでは、マハーカーシャパ[マハーカッサパ、大迦葉・摩訶迦葉]もまた他の誰にも劣らない。彼は生涯を通じて頭陀行、すなわち衣食住に対する執着を払いのけるための修行をおこなった。
常に糞掃衣[ぼろ布でつくった衣]を身につけ、托鉢したもののみで食事をし、布施されたものは一日一食だけ摂り、精舎には住まない――このような他の仏弟子より一段と厳しい生活を自らに課し、彼に従う修行者たちもまた、この頭陀行を墨守していた。
だが、老いてもなお、この辛い行をおこなうカーシャパを見て、世尊は気の毒に思い勧めた。
「カーシャパよ、汝は年を取ったのだから、重い糞掃衣より軽い居士施衣を受けたらどうか。托鉢のみでなく、招待された食事を摂ったらどうであろうか。住むにも、森林から精舎にしてはどうか」と。
しかし、
「世尊、私は頭陀行者であり、この行の実践を賞讃する者であります。頭陀行にこそ、身心の安らぎを得ることができ、またこの行を実践したいという者たちの先例ともなりたいと存じます」
カーシャパがこのように云うので、彼の師も老行者が欲するままにするようにと、許したのであった。
また、マハーカーシャパは托鉢の後よく山登りをし、老齢になっても山頂近くの岩上でひとり坐っていた。
下の方からは山肌に沿って涼しい風が吹き上がってくる。そこから麓へ目をやれば、カレーリの花が咲き乱れ、碧き雲の色を帯びた冷たい水があり、清い流れがほとばしっている。鹿の群れが岩を渡り、黒面の猿が木々の枝を揺らす。そして、どこからか象や孔雀の鳴き声が聞こえ、頭上にはさまざまな鳥たちが群れ、飛び交っている。しかし、山の天候は変わりやすい。ときに雨がそぼ降り、あるいは黒雲の中に雷光が走り、豪雨がカーシャパの体に降り注ぐこともある。その雲が去れば、天からの光がいくつも筋となって下りてくる。さらに靄が立ち込める日もあり、雲が谷間から上がってくることもある。陽射しを浴びて岩山に群れ咲くウンマー花、蒼天を背景に優雅な高き殿堂のごとく輝く雲の峰、この玄妙なる自然の中で坐禅を為し、山気を肺腑に充たせば、身体は天地と同化して、この上ない歓喜が湧き起こる。
生命を繋ぐぎりぎりの生活をしながら、マハーカーシャパの精神は果てしなく豊かで自由だった。そして彼は結集を主催した後、鶏足山の山中で入寂したという。