8話 重なる嫌な予感
楓のお母さんから連絡が入ったのは、それから2日後の事だった。
結局両親は再婚する事になったらしく、当初の目的だった楓の戸籍変更はそのままの状態。
「なんなんだよそれ…… 」
親の都合で振り回される子供は洒落になってない…… その連絡を受けた後、楓はボーッとする時間が増えたように感じる。
「あの…… 楓さん? 」
「…… え? ご、ごめん! 菜のはちゃん 」
リビングで受験勉強をしていた菜のはが、向かいで講師をしてくれている楓に質問をしたのだが、楓の耳には届いていなかったようだ。
夕飯の片付けをしながら様子を見ていた俺は、息抜きにココアを作ってやることにする。
「疲れてるんじゃないですか? 私は大丈夫なんで、少し横になってきたら…… 」
「大丈夫大丈夫! 菜のはちゃんが星院東を受験するって聞いてアタシ嬉しいんだもん! アタシも全力でサポートしなきゃ! 」
ガッツポーズをする楓だったけど…… 俺はもちろん、菜のはも楓が無理をしていることに気付いているようだった。
「ほら、これ飲んでソファでいいから少し横になれ。 弱ってるのバレバレだぞ 」
楓用の赤いマグカップを目の前に置くと、楓は俺の顔をボーッと見つめてきた。
「無理すんな。 体調が悪いのもあるだろうし…… あの話に納得いかないのは俺も同じだから 」
菜のはも眉をひそませ、ウンウンと何度も首を縦に振っていた。
「楓さんに再婚の相談とか、一つもないのは私も許せません! 子供をナメるな! って言いたいです! 」
「…… うん。 そうだよね…… その通りだよ菜のはちゃん 」
菜のはの力強い同意に、楓は少し元気を取り戻したようで、両手でマグカップを持ってフーッと熱い湯気を立てた。
学校の冬休みは後4日…… 時間のあるうちに、楓の不安を取り除けないものだろうかと考える。
「楓、お前が望むなら…… 」
ピリリ……
直談判しに行くか? と口にしようとした時に、俺のスマホに着信があった。
なんてタイミングの悪い! とイライラしながら画面を見ると、見たことのない携帯電話からの着信だった。
「はい…… 」
ー 南警察署の緑川といいます ー
警察!?
「は、はぁ…… 」
俺、何かやらかしたか!? ちょっと萎縮して曖昧な返事をしてしまった。
そんな俺の様子に、楓も菜のはも怪訝な表情を浮かべる。
ー 貝塚燈馬さんですね? そちらに鳥栖楓さんがいらっしゃると思うんですが ー
「はい、ちょっと事情があってウチにいますが…… それがどうしたんですか? 」
なんで楓がここにいることを警察が知ってる? しかもこんな夜遅く…… 嫌な予感しかしない。
ー 楓さんのご両親の事でちょっと。 すぐそこまで来ているんですが、少しお話を聞ければと ー
スマホを耳に当てたまま、リビングのカーテンを捲って玄関先の方を覗いてみると、スーツ姿の男性がこちらを向いてスマホを構えていた。
そこまで来ているならインターホンを押せばいいだろうに…… 何かを疑っているんだろうか?
「楓…… 」
「ん? アタシ? 」
スマホを手渡し、警察の人相手に頷く楓を見守る。
頷く度に暗くなっていく楓の様子を見ていると、また両親が何かやらかしたんだと容易に想像できた。
「燈馬、どうしよう…… 」
半べそになりながら俺を見上げてくる楓の肩に手を置き、大丈夫と言葉にするべきか迷ってしまった。
「警察から直接話を聞こう。 お前は何もしてないんだし、お前はもう一人じゃない 」
その言葉に、頷いた楓の強張った顔が少し綻んだように見えた。
南警察署の畔木さんを家に招き入れ、聞いた話は最悪だった。
楓の父親の鳥栖要一と同棲生活にあった、フェニックス製薬元社員の白村 美穂子の行方がわからず、鳥栖要一とも連絡がつかないとのこと。
2日前に捜索願を受理したが、二人の足取りがつかめていないのと、楓達が広島で泊まったホテルの証言から、東京の方に移動したのではないかという事で俺達に辿り着いたのだと言う。
「ダメ…… お母さんのスマホも繋がらない 」
母親の行方も、楓を連れ帰ったあの日以来わからず…… こうなると、もう嫌な予感しかしない。
「燈馬…… 」
「大丈…… 夫だ。 仮にも大人だし親なんだから、人の道を踏み外すような事はないだろ 」
「うん…… 」
楓は両手を固く握って俯く。
「大丈夫だよ楓さん! お兄ちゃんの言う通りだし、お兄ちゃんがなんとかしてくれるんだから! 」
菜のはが後ろから抱き付いて楓の肩に顔を埋める。
「ねっ! お兄ちゃん! 」
振り向いた菜のはの目には、俺への強い期待と自信が満ち溢れていた。
「お…… おう! 」
俺は胸を張って任せろという意思表示をしてみせる…… そう答えるのが精一杯だった。
大人の深い事情なんて俺にはわからない…… 父親と母親、不倫相手の3人が絡んでいるなら、間違いなく泥沼状態なんだろう。
「さて…… どうするか…… 」
何も思い浮かばないまま、この日の夜は更けていくのだった。