17話 赤色と共に
「うわ…… また間違った…… 」
冬休みも終わり、3年生の卒業式を来週に控えた、よく晴れた土曜日。
俺は朝から生徒会室の長机で、卒業式に使う送辞を筆を使って書いていた。
これは代々の生徒会長が手書きする、星院東高校創立以来続けられている伝統らしい。
「はい書き直し。 アンタ下手ねぇ…… 何回書き直したら気が済むの? 」
楓は書き損じた用紙を取り上げ、素早く新しい用紙を俺の前に用意する。
デジタルの時代なんだからパソコンで書けばいいのにと何度も思いながら、気合いを入れ直して筆を走らせる。
「じゃあお前が代筆してくれよ 」
「ダメよ、アタシとアンタじゃ字体が違い過ぎるじゃない。 ずっと残るのよ? この文書 」
楓に怒られながら書き直すこと数十回…… 失敗なく書き終えた頃にはもう夕日が生徒会室に差し込んでいた。
「ふぇー! もう筆なんか見たくねぇ! 」
「お疲れ様。 やりきったじゃない、エライエライ 」
両手を上げて大きく伸びをすると、楓が後ろに回って肩を揉んでくれた。
「悪ぃな、昼までに終わらせて買い物に行くって約束してたのに 」
「いいのよ。 目当ての物は別にないし、単にデート気分なだけだったから 」
あの日を境に、楓は少し丸くなったような気がする。
いつもなら平手の一発くらい飛んで来そうなものの…… これはきっと『貝塚 楓』というのがきっかけなんだろう。
両親を失った楓は親父との話し合いの結果、そのまま養子として貝塚家で引き取る事になった。
俺と菜のはを抱える親父に、楓を引き取ってくれと説得するのにかなりの覚悟で挑んだが、親父は二つ返事で承諾した。
ただ一つ、真剣な目で言われた言葉がある。
この先、何があろうと楓の手を離すなよ
親父としてではなく、男としての親父の言葉…… 恐らく、親父は母さんの事を言いたかったんじゃないかと思う。
手続きはまだ申請中で確定したわけではないけど、楓の把握していない遠い親戚等からは一切連絡もなく、蒼仁先輩や吹石先輩からも連絡がないところを見ると、『貝塚 楓』で決定だと思っている。
「さ、帰ろ。 遅くなっちゃったし、可愛い妹が心配して玄関で待ってるかも 」
「そうだな、連絡の一本くらい入れておけば良かった 」
「アンタが集中してる間に、アタシが連絡入れておいたわよ 」
クスクスと笑う楓は、『シスコン』と俺に言ってベーッと舌を出す。
かくいう楓も、養子の手続きが済めば俺の妹…… いや姉か? そう言えば楓の誕生日って聞いたことなかった。
「お前、誕生日っていつなんだ? 」
「ん? 今日だけど 」
うぇ!? だから今日、一緒に買い物に行きたいって言ってたのか。
「それを早く言え…… あたっ! 」
急いで身支度を整えようとすると、楓にデコピンをされてしまった。
「別に何もいらないわよ…… 」
そう言うと楓は、遠慮がちに俺の左腕に腕を絡ませてくる。
「アタシはさ、ちゃんと生きていて、こうやってアンタの側にいられるようになったことが一番のプレゼントなんだから 」
「そう…… かよ 」
照れくさい事を平然と言うんだな…… いっそ何かねだられる方が気が楽かもしれない。
「お前はさ、俺の妹になる事に抵抗はないのか? 」
「え? 」
兄妹になるということは色々と弊害もある…… キョトンとしている楓は、あまり気にしていないようだけど。
「その…… 恋人にはなれないって事だぞ? 」
「恋人にはなれるわよ? そのままじゃ結婚は出来ないっていうだけで 」
うん? 言っている意味がよくわからない。
「恋人は届出なんて要らないもの。 結婚する時は、アタシが養子から抜ければいいだけ。 そうでしょ? 」
見上げて微笑む楓が妙に可愛く見えて、照れ隠しの為に頭をグリグリ撫で回してやった。
「ちょっとやめてよ! 髪グシャグシャになっちゃ…… ふぁ!? 」
机の足に引っ掛かってバランスを崩した楓を、咄嗟に伸ばした腕で支える。
が、力が抜けたかのような楓は思った以上に重く、支えきれずに俺も床に倒れてしまった。
「すまん! 大丈夫かかえ…… で? 」
腕の中の楓はぐったりしていて、目の前には見覚えのある真っ白なパンツ。
「痛たた…… 」
俺にお尻を向けて四つん這いになっている楓は、紛れもなく幽体の楓だった。
「なんで頭を打ってないのに離脱してんだよ! 」
「知らないわよ! なっちゃったものは仕方な…… って!? 見るなバカぁ! 」
「ぐぇ!! 」
幽体の楓に目元を蹴られて、楓の実体を抱えたまま仰向けに倒れる。
「痛ってーな! なんで幽体が蹴れるんだよ! 」
「知らないわよ! アンタこそなんで幽体が見えるのよ! パンツばっかりガン見すんな! 」
怒鳴り合ってお互い睨み、しばらく睨み合って俺達はクスクスと笑い出す。
「ほら、早く体に重なれよ。 戻してやるから 」
「うん…… よろしく 」
少し顔を赤くしながら実体に重なった楓を見届けて、俺は静かに唇を重ねる。
幽体になった楓を戻せるのは俺だけ…… まったく世話のやける奴だと思って少し笑ってしまった。
「何笑ってるのよ? 」
「いや…… 俺はずっと側にいるからな。 遠慮なく幽体離脱してくれ 」
「うるさい! アンタが悪いんでしょうが! 」
俺のおでこに平手を一発入れ、肩を怒らせながら楓は生徒会室を出ていってしまった。
「ハハ…… だけど、そっちの方がお前らしくて気が楽だわ 」
制服の埃を払って生徒会室を出ると、楓はちゃんとドアの外で笑顔で待っていてくれた。
春らしく暖かくなってきたが、まだ肌寒く感じる夕暮れを楓と肩を並べて歩く。
「まずは卒業式、頑張って蒼仁先輩達を送り出そうな 」
「うん? 頑張るのはアンタでしょ? 」
「うぇ? つれないこと言うなよ 」
「ウソウソ! アタシもちゃんと側にいるから 」
良い雰囲気になったところで、楓のお腹がグゥと鳴った。
笑ってやると、楓は赤い顔をしながらも『アンタだから別に恥ずかしくない』と開き直っていた。
「腹減ったか? 晩御飯、何がいい? 」
「そうだなぁ…… あ、あのオムライスが食べたい! 」
オムライスって、子供みたいな奴だな…… でもあのオムライスはちょっと思い出の品か。
「その顔、子供みたいって思ってるんでしょ!? 別にいいよ、ねーお兄ちゃん! 」
これから先…… 俺達はきっと、ずっとこんな調子で進んで行くんだろう。
イチャイチャする関係も羨ましくならない訳じゃないけど、俺と楓はこのくらいが多分丁度良い。
どんなに辛いと思ったって、俺は楓の手を離す気はない…… きっとそれは、楓も同じ気持ちだと信じて。
橙色の恋愛事情~たどり着いたのは君でした~ 鳥栖 楓編、最後までお付き合いありがとうございました。
第1弾から第3弾、三者三様で書いてみたつもりですが、いかがだったでしょうか?
第4弾は『貝塚菜のは編』を予定しています。
妹って、どんな感覚なんでしょうねぇ…… 私には妹がいませんので未知の領域ですが、そこは現実離れした小説の世界ということで……
次で最後…… と思っていますが、おまけ程度にもう1つ書くかもしれません。
『貝塚菜のは編』は、本編最終話から半年後の、菜のはが高校入学時から書いてみようと思ってます。
よろしければ、本編からのお付き合いをよろしくお願いいたします。
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