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01-06:山娘の日課と経歴2



 魔術と弓の練習をしながら、山で食べ物を採り、冬に備えて保存食を作る。

 ずっと続くと思っていた日々に変化が訪れたのは、十二歳の誕生日――リアが祖母に拾われた日――のことだった。


「これから何年か鍛えれば、猟師としてこの山でも生きていけるだろう。だけどね、それだけじゃ駄目だと私は思う。最終的には私みたいに人と離れて一人で生きることを選ぶにしても、人の中で自分を生かす方法を見つけたり、友と語らったり、誰かに惚れたり……普通に人としての暮らしをしてみなきゃ」


 そう切り出したルミナは祖母の顔ではなく魔術師の顔をしていた。

 有無を言わせない厳しさを漂わせる、リアの苦手な表情である。


「だから、仮成人を迎えたらラボルの町に行きなさい。私の知り合いがやっている宿屋に仮親になってくれるようお願いしてあるから。私も出来る限りのことは教えたつもりよ。あと三年間も教えられることは教えるわ。でもね、人についてもは言葉では伝えられないことばかり。十五から三年間は仮親の元で学び、十八になったら好きに生きてみなさい」


 この国には大人と子供を分ける年齢区分が二つ存在する。

 その一つ目が十五歳の仮成人だ。

 国が十五歳未満の子どもに許している労働は家業の手伝いのみ。

 もっとも“お小遣い”という名目で働く子供も居れば、養子という形にして十五歳未満で弟子入りすることもあるが。


 ともあれ、十五歳の仮成人を過ぎれば、正式に従業員もしくは見習などの形で雇われることが可能になる。冒険者ギルドへの登録も仮成人からであり、軍属や飲食店で働くことが許されるのも十五歳以上だ。

 ただし、仮成人は完全に大人としての自由が認められているわけではない。結婚、土地の賃貸や購入、他の街へ移動するための通行証発行などは保護者の承認が必要とされる。


 十八歳の本成人を迎えると、この制限が外れる。

 祖母はこの制度を活用して自分以外の人と関わる機会を持ち、ゆくゆくは好きに羽ばたいてみろと告げたのである。とはいえ、言われたのはきちんと愛情を持って育てられた十二歳の少女。


「私はお祖母ちゃんと一緒にいたい」


 突然そんな事を言われては、半泣きで狼狽えるのも無理はない。


「それは無理だ。先延ばしにしているけれど……いずれ私はこの家から長く離れることになるからね。十五歳までというのはお互いに丁度良い区切り。それに、人と人との関わりを知らずに一生を終えさせるのは嫌だわ。山で一人生きていくのは、そうした暮らしが合わないと感じてからでも遅くはないのだから」


 言い切った祖母の顔を見てリアは諦めた。

 嫌だという気持ちは涙になって溢れたが、こういう目をしているルミナに何を言っても無駄なことは経験上知っている。この時には既に二人の関係は母娘でも祖母と孫でもなく、師弟関係に寄っていたから尚更だ。


 宣言通り十五歳になったリアは、ラボルデ宿屋を営むの老夫婦に託された。

 老夫婦はルミナに命を救われたとかで「ルミナ様の頼みじゃぁ、三年しっかり面倒見させて頂きます」と胸を叩いた。後に聞いた話では以前から引退時期を図っていたらしく、祖母の願いを受けてリアが十八歳になった時に店を畳もうと決めていたそうである。


 老夫婦はリアに対して仕事以外にも様々なことを教えてくれたし、仕事もそこまでは辛くなかった。ルミナはリアにとって師であり母、祖父母と言われたならばこの老夫婦を思い出すくらいに良くしてもらったと思う。


 しかし、友人関係を築くことに関しては盛大に躓いた。

 ラボルの町は、周辺地域の中では大きいとは言っても田舎町。

 田舎であるが故に、余所者は目を引く。

 前々からリアは祖母と共に、三年間暮らす予定のラボルの町へと肉や毛皮を売りに来ていた。リアと同年代の少年少女達は猟師として町に来ていたリアを見知っていたらしい。


 リアが宿に住み込みで働くようになったと分かると、リアのことを「山娘」や「山猿」と呼んで扱き下ろした。山に帰れと何度言われたかは覚えていないほどだ。

 親も親戚も居ない、媚びることもないリアは共通の敵として格好の存在だったのだろう。


 冒険者登録をしたことも裏目に出た。

 祖母からは超がつくほどのスパルタで鍛えられたリアである。農家や商家で戦闘ごっこをしていた程度の同年代は、一流冒険者を夢見ながら技術の追い付かないという年頃。低級のミニスライムや魔兎にも苦戦しているというのに、山奥から出てきた少女は自分たちた相手にしているよりも上の魔物を持ち込んでくる。

 彼らから見れば、面白くない話だ。


 大人が獲ったものを貰っている、ズルだ、と叫ばれる事態となった。

 この小さな騒動はギルド職員が同行し、リアの実力を認めたことで落ち着いた。ついでに弓の技術が高いことも発覚し、例外として自分のランク以上でも納品依頼の受注を可能にするという事態に行き着いてしまった。

 ギルドの評価もランクも上がったが、同年代の冒険者とは完全に決裂した。


 同年代との関係の悪さ以外に、本成人するまで冒険者としての活動は宿屋の仕事が休みの日だけに制限されていた。その結果、リアは十八歳までの三年間で一度もパーティを組んだことが無い。

 その事に対する劣等感、人間関係作りに対しての苦手意識。


 冒険者として同年代と上手く行かなかっただけではなく、町全体でもリアを「山猿」と見下す人は一定数存在した。日々の中で親しくなれた人もいたが、ラボルという町に閉塞感を覚えてもいた。


 本成人を迎えたら他所の街に言ってみよう、早い段階でそう思った。

 候補地として考えたのはラボルから最も近い南都ルズールと、交易都市アルカク。


 冒険者として名を揚げたいのならば南都を選ぶ。南都の近くには未踏の大迷宮“鋼鉄迷宮”があり、新階層到達や初踏破の名誉、深部の高額な掘り出し物が期待できる。

 更に、南都は大貴族が治める土地で名家と呼ばれる家柄の者も多い。上手く取り入ることが出来れば、お抱えになって冒険者よりも安全に稼ぐことも出来る。

 ラボルの子供たちも南都での活躍を夢見ていた。


 しかし、リアの場合は魔術適性のことがある。

 貴族の目に叶いたくなどない。ラボル出身者がいるということも、身分階級が明確であるという事も息苦しく感じてしまった。ならばいっそ隣人の顔も知らないという、国内のみならず各国の人々が集まる都市アルカクに行ってみようか。


 気に入らなければある程度お金を貯めて、別の街に行けば良い。

 楽天的な消去法でそう決めると、老夫婦に感謝を告げてアルカクへと向かった。


 アルカクは交易都市とは呼ばれているが、冒険者など各地を転々とする職種以外の者に実態は知られていない。平民上がりの金の亡者が領主であると蔑む人もいれば、蛮族が行き交う悍ましい辺境の町であると言う人もいる。


 都市の実情より、成り上がり者を封じたという逸話の方が有名かもしれない。


 アルカクを含む一帯はクレメンテ辺境伯領という。

 初代クレメンテ辺境伯はラファエル・ベイティア。二百年ほど昔、領土拡大のために行われていた戦争の中でカスディム王国に多大な功績を挙げた男だ。


 当時の王は彼の功績に報いようとしたが、彼は父の代に爵位を賜った新興貴族。

 中央貴族達は平民上がりと蔑むベイティア家の陞爵を望まなかった。

 しかし、王の意向を無視するわけにもいかない。そこで書物の中から見つけた辺境伯という言葉を使い、王から引き離そうとしたのだというのが通説である。

 かつて実在していた辺境伯とは別物、辺境送りの伯爵で辺境伯としたわけだ。


 目障りな男を封じるに適した領土もあった。

 それが先の戦でハジャルブから奪った半島、現在のクレメンテ辺境伯領である。

 領土の大半は大陸から南へと突き出た半島で、大陸部は東側がハジャルブに接している。東側にはサフィア湾があり、湾内には海賊国家とも称されるクンカン諸島連合、湾の対岸にはタルキールと呼ばれる国がある。


 塩を得るためにも、海を使った物資の輸送を防ぐために欲した半島。

 だが、いざ押さえてみれば防衛に頭が痛い土地。自身は王都に居れば命の危険こそないが、他国の侵略を許せば責任を追うことになるのが目に見えている。


 ――ラファエル・ベイティアは所詮、戦の勘が良いだけ男。

 ――すぐに侵され爵位は剥奪されるだろう。


 クレメンテ辺境伯となったラファエルは、中央貴族の予想を裏切り戦も失敗もしなかった。自領となった地域では税を引き下げ、商人達を味方につけることで交易都市アルカクを興こし繁栄させることに成功している。

 富を得たという嫉妬も加わり、クレメンテ辺境伯家は今なお中央貴族達からは蛇蝎のごとく嫌われているが。


 残念ながら、リアはそこまでの事情は知らない。様々な国の人が行き交っている、ラボルよりもずっと都会らしいという程度の認識だ。新興都市のためか貴族や旧家と呼ばれる人々の抑圧も少ないらしい。

 何となく自由で開放的で楽しそう。

 そんな理由でアルカクへと向かってみることにしただけである。


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