01-05:山娘の日課と経歴1
山娘の〜(3話)は説明回要素大です。
世界観と主人公の経歴説明が主体、流しても話はそれなりに繋がりますm(_ _)m
アルカク自由区外れの、森。
森と呼ばれてはいるが、狭く木々の重なりも薄い。リアが育った山は晴天時でも木の葉で天が覆われ薄暗かった。こんなにも木々の間からキラキラと陽が差し、明るい場所が森なのかと来る度に首を捻っていたりする。
迷っているうちに出られそうな規模でもあるけれど、町中で生まれ育った人からすれば十分に“森”なのかもしれない。この森と呼ばれる場所で依頼をこなす駆け出しの冒険者を思い出して、リアはそう思い直す。
彼らはこんなにも明るい場所でも緊張していた。
山猿には普通の感覚は分かりませんとも。
心の中で自虐気味に言ってみる。
洒落にならないなと苦笑しながら、道から外れ人が来そうもない方向へと進む。乱雑に生える草木の合間を縫って歩く方が、道となっている場所を進むよりも安心するのだ。周囲にあるものを活用すれば逃げられる、と。
愛用の弓と矢筒を背負い、腰には縄とナイフ、水筒。
身軽すぎる格好だが、ちょっとした狩りには十分である。地元の山ならばこの手持ちで数日間は生きていける自信があった。まだ完全に森に馴染んだとは言えないが、現時点でも今以上の装備の必要性は感じない。
「……この辺で良いかな?」
木々の間から空がよく見える場所。
すぐ弓を引けるように手元を整え、木に寄り掛かるようにして腰を下ろした。
しっとりした土と木肌、葉の青っぽさが入り混じった香りを胸いっぱいに吸い込んでいく。求めていた香りとは違うけれど、アルカクの街の香りよりもずっと心が安らぐ。リアにとって濃密な森の香りは我が家を思い出させる香りだ。
アルカクで暮らすのに必要な収入を得る。その目的も果たせて安らぎも得られるから、ヘロン亭の手伝いが無い日はほぼ毎日この森に来ている。
少しばかり都会に浮かれても困りはしない手持ちはあるが、無一文になるなんて恐ろしいことはしない主義である。
「少しだけ力を貸してね」
ほんの少しだけ、体から魔力を滲ませていく。
ふわりと空気中に溶けていく魔力を感じながら、空を眺めてリアは思う。
自分が育った場所、見ず知らずの子供を育ててくれた人のことを。
育った場所を離れてから、こうしている現在までのことを――。
* * *
リアが育ったのは南部の田舎町ラボルから、更に歩いて一日かかる山奥。
周囲に村も集落もない山奥に、ひっとりと建つ一軒家がある。迷い込んだ人が目にすれば魔女でも棲んでいるのではないかと思うかもしれない。
そんな場所がリアにとっての家であり、故郷だ。
リアを育てたのは祖母――という事にしているが、血の繋がりはない。
やっと乳以外のものを受け付けるようになったくらいの頃に拾われたのだという。祖母によれば、近くではリアと同じ栗色の髪に夏の葉のような濃い緑色の目をした女性が息絶えていたらしい。母親だろう。
なぜ普通は通りもしないような山奥に母子が迷い込んだのか。なぜ母と思われる人が息絶えていたのか。
当然ながらリアは覚えていないし、祖母が知る由もないことだろう。
祖母は見ず知らずの赤子を見捨てなかった。
自らの手の届く所に置き、町で買ってきた食材と山の恵で作った食物を与えて育ててくれたのである。歩き喋るようになれば、山で生きるための知識も、読み書きや金銭価値も、様々なことを教えてくれた。愛情を与えてもらったと思う。
しかし、リアが祖母について知っていることは少ない。
物心ついたときから“お祖母ちゃん”と教えられ呼んできたが、その呼び名もおかしい。石榴にも似た彼女の鮮やかな紅い髪には一本の白髪もなく、肌も艶やかだ。おまけに整った顔立ちで、メリハリのある細身の体付き。どこを見たとしてもお婆さんと言われるような要素はない。
「アタシはね、アンタの母親にお会いしているんだよ。それなのに母と呼べとは言いにくいし、年齢を考えたらお祖母ちゃんが妥当だと思ったんだよ。若ぶったってみっともないでしょうしね」
そうは言っても、見た目の年齢は三十歳前後、多く見繕っても四十代くらいだろう。絵物語に出てくるお婆さんも、村や町で目にした“お祖母ちゃん”にも、彼女のような若く美しい人は居なかった。
他の人からはルミナと呼ばれているが、きっとそれも本名ではないだろうとリアは思っている。
祖母――ルミナについてリアが知っていることは狩りと料理が上手なこと、物知りだということ、そして魔術を行使できる希少な人間だということくらいだ。それだってリアに魔術適性があると分からなければ明かさなかったのだろう。
この世界ではほぼ全ての人間が魔力を持っている。
しかし、その魔力を使って超自然的な現象を起こすことが出来る者――魔術師と呼ばれる人間は極めて稀だ。
多くの人は自分の身体機能、もしくは自分が触れている武器などを【強化】するだけ。体の外に魔職を放出し、それを何らかの現象へと変換することは出来ない。
「強い魔術師であれば、一人で遠い所に矢の雨を降らせられるようなものだよ。想像してごらん、お日様みたいな火の玉が落ちてくるところを。……だから人々は恐れ、国や軍への忠誠を求めるの」
戦力として魔術師は無視できない存在だ。
故に、庶民であっても引き立てられる。いや、引き立てられるのではなく、飼い慣らされるようなものだ。高待遇を約束される代わりに主への服従を誓う。酷い場合には主に逆らえぬようにと魔道具を付けられることもあるとか。
飼われて過ごすのが嫌ならば、魔術適性があることを隠し通すしか無い。
紅色の瞳に冷たい光を湛えながらルミナが淡々と説明したことである。
「……魔術を使わなければ大丈夫、なんだよね?」
「もちろん、人目のあるところで使わないのは絶対。でもね、半端に魔術適性があれば、嫌なことがあった時や、危険を感じた時に反射的に魔術を行使してしまうこともある。転ぶ時には反射的に手をついているでしょう? 何の知識もなく本能だけで魔術を行使しようとすれば良くて自爆、悪ければ大災害になる」
怯えながら尋ねれば、返ってきたのは身も蓋もない答え。
ルミナは山奥に居を構えてはいるが、隠れ住んでいるという訳でもない。用があれば麓の村やラボルの町、それよりも大きな町にも平気で出掛ける。だから大丈夫なのだろうというリアの考えは、即座に否定された。
「それに、人がこの世界で生き抜くには【強化】が必要よ。魔道具を使うにも魔力は動かすから、きちんと使い分けないと魔道具を爆発させてしまうこともあるし」
「でも【強化】と魔術は違うんでしょう? 魔道具を動かすのだって……」
「私は【強化】は内向きの魔術の一種だと思っているわ。なぜなら――」
その時も、それ以降も、リアは耳にタコが出来るほどルミナの持論を拝聴させられてきた。初めて聞いた日は幼すぎて大半が理解不能だったが、今は自分なりには理解していると思っている。
ルミナ曰く、太古の時代には全ての人が魔術が使えた――らしい。
古代文明が現在よりもずっと複雑で洗練されていたのは、一般の人々が生活に必要なだけの魔法を使えたからである。昔の人は着火石など使わなくても火を点ける程度には魔術が使えたし、自分の魔力を流すことで様々な魔道具を動かしていた、と。
現在使われている魔道具も、発掘された、もしくは使われ続けてきた魔道具を改良したものだ。
機能面で言うならば改良ではなく、劣化させたとも言える。現在のものは属性魔石を燃料として使用している分、燃費が悪く、複雑な魔術を刻めない。失われた技術も多い。
ある時を境に一部の例外を除いて人は魔力を扱えなくなった。人は魔力を体の外に流し、世界に対して干渉が出来する力が無くなったとのだと考えられている。
それが魔術や魔道具が退化した理由。
原因は解明されていない。
世界を構成する魔力が変わったからだとも、神が人間から干渉力を取り上げたのだとも言われているが、どれも推測の域を出ない話だ。
確かなのは現在ほとんどの人間が魔力を扱えなくなり、古代文明は衰退したという事だけ。少数ながら魔術が使える人間は現在に至るまで存在してはいるが、現代の魔術は古代魔術師のそれには全く及ばない。
しかし、魔術が使えなくなったとは言え、人から魔力が失くなったわけではない。
魔術は使えなくとも、自分自身の体内で魔力を練ることは出来た。それを全身に循環させることで身体能力を底上げするのが【強化】であり、慣れれば武器や鎧などにも影響を及ぼすことが出来る。
魔力がある人ならばコツさえ掴めば【強化】は出来る。
泳ぎや乗馬と同じようなものである。元々の魔力量や質によって伸びは違うが、体を鍛えるのと同じように【強化】という技術を鍛えることも出来る。この【強化】が残されたおかげで、魔物や魔獣が蔓延る中でも人は生存していると言えよう。
「昔は全てが一括りで“魔術”だったと私は思うのよ、自己強化魔術が【強化】と呼ばれるようになったのかも知れない。まぁ、嘘か真かは証明できないから、爆発しても良いんなら魔術には一切触れずに生活してみても良いとは思うけど」
「……それは嫌だなぁ」
「なら、学ぶしかないね。息をするように、その場に適切な魔術を選べるようになれば良いだけよ。死ぬか生きるかの時には無理かもしれないけれど、それ以外なら無意識に最善の選択が出来るようになるはず。リアの魔力はそこまで強くないからね、扱いを覚えるのも難しくはないと思う」
その日からルミナはリアに弓と魔力の扱いを教えるようになった。
一人で生きていけるようにということが目標だったのだろう。教えは厳しかったが、人並みには弓も使えるはずだし、簡単な魔術も使えるようになった。
ルミナの言う通り、リアは魔術師として天才的だったわけではない。
大爆発や竜巻を起こすなんて事はできなかった。
大したことも出来ないのに秘匿しなくてないけないなんて理不尽だな、というのが現在に至るまでリアが抱き続けている感想である。




