01-04:閉店間際の客2
仔鴨のように女将さんの背を追って進めば、食堂では現実感の無い見た目をして三人組が寛いでいるところだった。皿やテーブルに食べこぼしが散乱しているなんて事もない。
荒くれ者が多いと冒険者の中では、それだけでもマシな部類であると分かってしまう。しかもCランク、リアとしては緊張しない方がおかしいと言いたい。
「お食事の方はいかがでしたかね? はい、これは時間を取ってもらうお礼」
「いつもながら、美味しかったです」
「最初の不思議な芋、酒に合うな! イケる!」
「……ありがとうございます」
レオという王子様みたいな女性を皮切りに、大柄な男と茶緑色の髪の男も口を開いた。緑褐色の髪の男は相変わらず感情が見えないが、大柄な男の方は屈託のない笑顔を浮かべている。
女性に囲まれた時に目をグルグルと動かしていた時も人が良さそうに見えたし、笑うと更に人懐っこい印象になる。やや強面ではあるが親しみやすい、親戚のお兄さんというところだろうか。少なくとも三人のうちでは一番話しやすそうだ。
見た目が怖い、声がでかい、言葉使いが荒いのは冒険者としては標準なので気にならない。
「それは良うございました。それでね、さっき言ったウチの二階に住む事になった子がこの子。名前はリア。ザイードが褒めてくれたジャガイモのツマミを作ったのもリアさ」
女将さんがグイグイとリアの背を押しつつ紹介してくれる。
「はじめまして、リアです。一ヶ月くらい前に南部のラボルという町からこちらに来ました。えぇーっと、一応、冒険者ギルドに登録してます。宜しくおねがいしま、す?」
話している間にだんだん緊張してきて、最後の方はしどろもどろである。
「……女将さんの、養子、ですか?」
「アッハッハ! リアは十八歳、ついでにDランクの星付きさ」
近くで見てもやけにキラキラした金髪の女性が恐る恐る発した言葉を、女将さんが盛大に笑い飛ばした。
「女将さんのご紹介の通り、本成人済、十八歳でDランクです」
「マジかよ……」
大柄の男が目を見開き、呆然とした表情で呟いた。
年齢に対しての言葉か、ランクに対する感想なのかを問い詰めたい。
どちらにせよ失礼だとは思うが、元々顔のパーツが大ぶりなせいもあってか大袈裟なくらいに彼の驚きが見て取れる。純粋な驚きで馬鹿にしたようなところは見えないので、呟いた言葉は聞き流すことにした。
ザイードだけではなく、残る二人も似たような感想を抱いているらしい。金髪の女性は目を瞬かせながら女将さんとリアを交互に眺めているし、無表情な緑褐色の髪の男まで少しだけ目を見開いている。
「……失礼した。私はレオナ。大きいのがザイードで、あっちがアルスだ。星付きってことは、本成人前から冒険者として動いていたと思って良いのかな?」
星付きと呼ばれるのは、上位ランクへの昇格試験を受ける資格があるという意味。Dランクの星付きならば、Dランクとしては十分にギルドに貢献したという証でもある。
星が付いて、試験に合格してやっとランクが一つ上がるのだ。
冒険者ギルドに登録できるのは十五歳以降。三年後の十八歳の平均的なランクはE、もしくはDに上がりたて程度である。それ以上であれば幼い頃から冒険者としての下積みがあるか、武芸を習っていたなど十五歳時点で即戦力だった者が大半。
「いえ。祖母は猟師っぽいこともしてましたけど、冒険者としては特に……」
「いやいやいや、ちょっと待て。Dに星が付くような獲物ってのは、冒険者の受け持ちじゃねぇか? 猟師が倒せるレベルじゃないだろ? 嬢ちゃんは何を狩ってたんだ?」
「魔獣ではブルーバードとチンチラモドキ、魔物はお肉が美味しい系ですね」
「その魔獣って、レアなやつだよな?」
「強くはないが、逃げ足が早くて、捕まえるのが大変だと聞いたことがあるような……」
金髪――レオナの言うようにリアの挙げた魔獣は強くはないが、人を見るといっそ潔いくらいに逃げる。人間が発見したと思った時には、既に逃げている後ろ姿しか見えないと言われるほどだ。
滅多に捕まえられないが、ブルーバードの羽はラッキーアイテムとして貴族や軍人に人気があり、チンチラモドキのチンチラと同様の手触りを持つ毛皮は高級品。かつ魔獣特有の鮮やかな色彩、魔物と違い人を襲わないことから、富裕層の間ではペットとして飼育するのも流行している。
「……そう頻繁に捕れるもんなのか?」
「山奥に入ればいますよ? あっ、でも、さすがに毎日会えないですけど」
捕れない人はどれだけ頑張っても捕れない魔獣である。
野鳥やリスくらいの感覚で語られるリアの言葉に、女将さんはこめかみを揉んだ。対して “魔物狩り”の三人は魔獣事情に詳しくないらしく、特に気にした様子もない。
「リアとお祖母さんは、その、魔獣と魔物の狩りをずっと?」
「いえいえ。二人で山奥に住んでいたので、基本的には自給自足というか、食べられる魔物だけ狩る感じです。他はお金が必要になった時くらいで。あぁ、でも、町に下りてギルドに登録してからは、休みの日にお小遣い稼ぎを兼ねてと言いますか……」
女性だと分かっていても、レオナの整った顔立ちで見つめられれば緊張する。
超がつくほどの美形で都会人なんてリアからすれば異世界の生き物。真面目に話を聞いてくれるほど、悲しいことに言葉が支離滅裂になってしまった。
「十五歳まではお祖母さんと山で暮らしていたらしいのさ。でも、若い娘が一生山奥ってのも何だってことでね。仮成人後はラボルの宿屋に仮親になってもらって、働きながら、空いている時間で依頼を受けてたんだって。それで十八になったから、独り立ちしてアルカクに来た、と」
女将さんの助け舟にリアはぶんぶんと首を縦に振って肯定する。
自分の人生をコンパクトに纏めてくれた女将さんに感謝である。
「嬢ちゃん、ちっこいのに偉いなぁ」
しみじみとザイードに言われてしまうと、何かが違うような気がする。
本成人済であるということを聞いていなかったのか。偉いと言われるような年でもありませんと主張しておこうかリアが迷っている間に、アルスと紹介された緑褐色の髪の男が口を開いた。
「空いている時間だけ、三年でDの星付きとはすごいな……」
「えぇっと、雇ってくれていた宿に、お肉を卸していたからかもしれません。十八になるまでという契約で働かせて貰っていたので、今後のためにもってギルド経由でやりとりしてくれて」
リアが一生懸命に説明し始めると、アルスは視線をリアの方へと向けてきた。
感情の読めない、薄灰色の瞳。
冷たくも暖かくもないはずの視線に、うなじの毛が逆立つような感覚があった。遅れて全身の産毛がちりちりと逆立ち、体の奥の奥がキンと冷えるような感覚。
(瘴気? いや、でも、まさかね……)
リアはその感覚を知っていた。
その感覚はおそらく瘴気に対する反応だろうと教えてくれたのは祖母だ。
誰かに近付くことで今のような不快感を覚えたことは何度かある。
問題はそれを感じたのがほんの一瞬、短すぎる時間だったということだ。
リアが知る限り、意識して瘴気を出したり隠したりすることは出来ない。殺気を放つように短時間だけ、特定の相手に意識して瘴気を放つなど見たことも聞いたこともない。
瘴気は気迫や魔力とは違う。
放つものではなく、取り憑かれていると言ったほうが良い。瘴気を宿している者であれば、どれだけ態度を取り繕おうとも常に瘴気を振りまいているはずだ。
「……すまない。俺はアルスという。昇格の早さに驚いて、つい口に出してしまった」
どこかバツの悪そうに呟いたアルスから、全く瘴気を感じない。
表情は薄く淡々としているが、このアルスという男もやはり悪意はなさそうだ。瘴気とは真逆の、静かで落ち着いた印象さえある。
嫌な感覚は一瞬だけ。
だから瘴気ではないはずだ。勘違いだ。
リアはそう自分に言い聞かせることで体の奥底から湧き上がる恐怖をやり過ごす。
「いえ……不思議に思うのは当然かと……」
「隊長が口を滑らすなんて珍しいね。私達も三年しないでCに上がったんだ、優秀なら仕事の合間だけで三年でD星になっても不思議はないでしょう? 彼女を紹介してくれたのは、優秀な後輩を自慢したかったとかじゃないかな?」
会話のお手本とでもいうような微笑みを浮かべながら、レオナが方向転換を図った。リアだけではなく女将さんの機嫌を損なう危険のある会話を流しつつ、気になっていたことをさり気なく聞くタイミングを掴んだというところだろう。
都会人の社交スキルを警戒しつつ、リアは深い意味はないと表明するためプルプル首を振る。目線で女将さんに変なことは言わないでください、とお願いしたつもりだが反応は返ってこなかった。
「あぁ、別に面倒な話じゃないから警戒しなさんな。ずっとソロでDの星付きにまで上がったんだ、寄生させろなんてアタシもこの子も言わないって」
「では……?」
「この子、アルカクに来てまだ一月だ。しかも、見ての通り幼く見えるから、さ。知り合いも居ないって言ってたから、間違いなく安全な同業者を紹介したいと思ってね」
「……そう言って頂けると光栄です。リア、もしアルカクの冒険者ギルド絡みで何かあれば相談してくれ。もちろんギルド以外のことでも構わないよ」
いち早く返事を返したキリリと表情を引き締めて頷いたレオナだけではなく、男二人も異論はないらしい。アルスは軽く頷き、ザイードはニカッと音がしそうなほどの満面の笑みで親指を立てていた。
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