表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/80

02-22:アルカクの森の変異2

 小型とは言え人間が木から木へと飛び移っている。

 だというのに聞こえてくる音は小さい。無音でこそ無いが、人が移動しているとは思えない――それこそ猿もしくは何とかモンキーと呼ばれる小さめの猿型魔物が移動していると思う程度だ。


 この音を聞いたとして、頭上から人間が射掛けてくるとは思うまい。

 ザイードは小さく体を震わせた。


「アレだな、山娘とか山猿って馬鹿にされてたっていうか……なぁ?」


「山猿なんて屁でもねぇよ。今までリアを拾わなかった奴らは馬鹿だ。普通に兵士や冒険者してて身につくもんじゃないだろう?」


「敵だったら速攻殺されそうだよな……お、そろそろご到着か?」


「ギリギリまで距離詰めとくか」


 ほのかに苦味の混ざった笑顔を浮かべ二人はイビルボアの方へと進む。

 予想通り、勢い込んでいた少年達はイビルボア相手に全く歯が立たなかった。

 平凡な駆け出し冒険者――無謀さを考慮すれば平凡以下である。真っ直ぐにイビルボアへと向かい、小馬鹿にしたような威嚇を受けただけで竦んでいた。額から顎に向かって血の気が引いていくのが見えた、と後々レオナが語るほどの怯えっぷりだ。


「助けは要るか?」


 既に死んだような顔色でガクガクブルブル震えている少年達に、頼りがいのある低く太い声が届いた。

 彼らの目に映ったのは声の主であろう逞しい男と、煌めくような美男子。恐怖が見せた幻覚のような二人組に仲間たちが震えているのか頷いているのか定かでない反応をする中、リーダーらしい濃い金髪の少年は声を絞り出した。


「た……た、たすけて……」


「おぅ、思いのほか素直じゃねぇか。いいぜ」


 予想していたよりもまともな反応にザイードは歯を見せてニカッと笑った。怖がられることもある、大きな体躯と彫りが深めの濃い顔立ち顔がこういう時にはプラスに働く。重そうな棒を担いで真夏の太陽みたいに笑う男は、こと戦闘面では頼もしく映るのだ。

 怯えていた少年少女達の顔にも血の気が戻りかけた。


 しかし、闖入者の出現によって余裕綽々だったイビルボアは猛った。

 恐怖を感じさせながら悠々と殺してやろうと思っていたところに、邪魔が入ったのである。己の怒りを示すように鼻を一鳴らしすると、人間が密集している場所へ向けて突進し即座に仕留めることを選んだ。


 レオナと視線を交差させてザイードは前に出た。

 子どもを不安がらせるよう、余裕そうな笑顔を保ったまま棒を振ってイビルボアの気を引く。


「巻き込みたくないから離れて欲しいんだが、動けるか?」


 レオナが問えば、リーダー格の子を筆頭に何人かの少年は小さく頷いた。

 残念ながら全員が頷けた訳ではない。

 泣き出しそうな顔で俯いている子も数人いる。恐怖で手足が硬直してしまっているのだろう。以前なら軟弱なと笑ったかもしれないが、今のレオナには馬鹿にする気も起きない。ナイトベア変異種との戦闘が思い起こされ、他人事とは思えなかった。胸の奥に爪を立てられたような気分だ。


 俯いたままま小さく震えている中の一人を目にして、レオナは眉を顰めた。

 全員が十五、六歳だと思っていたのだが、十二歳くらいの子が混じっている。成長には個人差があるとは言え、顔つきや体格も周囲の駆け出し冒険者達とは明らかに違う。

 しかも、どこかで見たことがあるような気が――。


「動けるなら自分であっちに行ってくれ。一人じゃ難しいなら私と一緒に」


 見る限り腰を抜かしてへたり込んでいる子はいない。レオナが励ましながら腰のあたりを軽く押すようにして促せば、不安そうな様子を見せていた子どもたちも歩き出してくれた。


 戦場から離れつつレオナは横目で相棒を窺っていた。

 思わずニヤッとしてしまうほど、らしくない細かい動きでザイードがイビルボアをいなしている。


 ザイードとレオナは“魔物狩り”の中でも多くの時間を共有してきた。

 互いにアルス、フレッドという二人から一段も二段も劣るという自覚。同じ経験をするだけでは追いつけないと、二人だけで依頼を受けたり訓練をしたりしてきたのだ。


 過ごした時間が多いせいか、元々似たところがあるのか。

 ザイードの動きのクセも、考え方も、レオナには何となく分かってしまう。自分の得意な戦い方をしていないのは、イビルボアが確実に倒せる相手へと向かわないようにしているからだろう。


 C級魔物如きにザイードが致命傷を負わされるとは思っていない。

 だが、彼は焦れると動きが大振りになりガードが疎かになることも知っている。

 レオナは戦いたい気持ちを殺して駆け出し冒険者達を急かす。一秒でも速く、一歩でも遠くへ行くことが自分のなすべきことだ。彼らを送り届けてから参戦する、それが後顧の憂いなく戦える最良の選択だと信じて。




 リアは樹上からゆっくりと後退するレオナ達を眺めていた。

 両手を離しても安定する位置を探して、慎重に矢を番える。

 この辺りの木は細く不安定で、密度も低い。故郷の山のように太くがっしりとした安定感のある木が連なっているわけではないのだ。木の股には辛うじて体重を預けられるが、枝を伝って進める気はしなかった。

 レオナ達は感心していたが、先刻だって木が予想以上にしなって冷や汗をかいた。森という呼び方を止めろとアルカクの人々に提言したくなる。


「うおっと!」


 突進しながらイビルボアは湾曲した角を跳ね上げ、ザイードの棒を弾く。

 棒こそ落とさなかったもののザイードは僅かにバランスを崩した。この一ヶ月で動きは良くなっているが、木々が点在しているこの場所は彼の武器や戦い方と相性が悪い。大きく棒を動かせば角は躱せただろうが、木に当たってやはりバランスを崩すことになるのだ。


「早く、もっと離れて」


 八分ほどの力で弓を引いた状態で、リアは呟く。

 リアが放った弓が刺さり、息絶えなかったイビルボアが暴走したとして、ザイードであれば問題なく躱すか止めることが出来ると確信している。レオナも同様だ。

 しかし少年達は無理、彼らを庇いながらの戦いをレオナに強いるのは酷だ。


 じりじりとリアが待ち続ける中、ザイードは威嚇するように棒を振りながら体勢を整えた。

 そのまま動かずにイビルボアと睨み合う。


「捻じくれ野郎、行くぜっ!」


 喉元を狙って突き出された棒。

 イビルボアは頭を下げ、角で巻き上げてやるとでも言うように突進した。

 二本の角に挟み込まれる寸前に、ザイードは棒を捻るように動かして前足を払う。膝下をべったりと地につけて滑りながら突進を躱し、半回転しながら立ち上がると再び棒を構えた。

 メタルベアと戦った時よりも随分と動きが滑らかになっていることに驚かされる。


「リア、もう大丈夫!」


 レオナの声が響くと同時に、リアはキリキリと弓を引き絞って矢を放つ。

 同時に、大声に気を取られたイビルボアへとザイードも棒を振っていた。リアの矢が後ろ足の付け根に刺さり、ザイードの棒がイビルボアの鼻っ面を叩く。イビルボアが咆哮を上げ終わる前には、もう一本の後ろ足にも矢が突き刺さっていた。


 どちらの矢も致命傷となるものではないが狙い通り。

 両方の後ろ足に矢をめり込ませたイビルボアの動きは鈍る。異物感か痛みかに後脚を跳ね上げるようにしながら走る姿は憐れみさえも誘うほどだ。

 体重がかかりすぎていた前足を重たい棒に払われて、イビルボアはつんのめるように鼻先から地面へと激突した。ザイードはそのまま止まること無く、一切の躊躇を見せずに首をへし折る。


「嬢ちゃんは相変わらず外さねぇなぁ。ありがとよ!」


 とどめを刺し終えたザイードが、リアが居る方へに向かって大声で叫ぶ。

 見えないだろうなと思いながら手を振り返しつつ、リアは呟いた。


「……とか言って、一人でも倒せたましたよね?」


 彼がらしくない戦い方をしていたのは、レオナ達の方に向かわせないようにというだけではなく、売れそうな毛皮と角はなるべく状態良く確保しようという考えもあったはずだ。角を粉砕するつもりで相対すれば、もっと余裕で倒せたはずである。


(お金が欲しいのは孤児院のため、収納袋のため、どっちかな?)


 ほくほく顔のザイードの努力が金額として報われる事を祈る。

 リアは木を降りようとして、はっと体を強張らせて固まった。一瞬の硬直の後、唇を噛みながら安定する木の俣にもう一度腰掛け直し、周囲を窺う。


(居ない……いや、私には分からない)


 忘れかけていた寒気が末梢部から体の中心へと広がっていた。

 この森はE級が大半、稀にD級魔物が湧くくらいの場所だったはずだ。C級のイビルボアが湧くとなれば、F級やE級の駆け出し冒険者が訓練場代わりに使用したりはしない。


 一ヶ月前の推測。

 妙な魔物の出現と関係がありそうな、黒いローブを纏った何者か。


 あの日は魔術に似た攻撃をフレッドが優れた【強化】によって相殺していたが、ザイードとレオナの二人はまだその域に行き着いていない。魔術を使うにしてもリアが散らせるのは二発、どれだけ頑張ったとしても三発が限界だろう。しかも、この場所にはイビルボアの威嚇に竦み上がる子どもたちも居る。

 あれが現れたとしたら――勝ち目はない。


「……リア?」


 気付けばレオナが首を傾げながら木の股に座ったままのリアを見上げていた。

 魔力を滲ませながら黒ローブを警戒して、どれだけの時間が経っていたのだろうか。レオナが様子を見に来るくらいだから、長い間木の上で漫然としていたのかもしれない。


「どうした? 降りられないなら受け止めるよ」


 違います、と言おうとしたリアはもう一つの問題に思い至った。

 邪魔者は排除するという姿勢の黒ローブが出てくることに比べれば、ちっぽけな問題だと誰もが言うだろう。しかし、リアにとっては同じくらいの大問題である。


 ――アルカクの少年少女達。

 別人と頭では分かっているが、ラボルでリアを指さし笑った相手と同年代だ。

 高位魔物などとはまた違う不安に胃が竦む。

 木を伝うなどせず、リアとしては普通に森を歩いて移動しているだけでもギョッとされた経験がある。魔物と間違えられたこともある。町に降りれば山娘だの山猿だのと指を刺され、馬鹿にされてきた。

 田舎町ラボルでもそうだったのだ。アルカクなら人間扱いされないかも知れない。


 レオナはリアの居る木の下まで一直線に向かってくる。魅力的を通り超えて破壊力さえありそうな笑みを浮かべながら、飛び込んでおいでとばかりに両手を広げて見せた。

 その背後で女の子がキラキラと目を輝かせているのが見えて、思わずリアはげっと声を上げた。


「よっしゃ、来いっ!」


「……大丈夫です。自分で降りられます」


 観念してのろのろと木を降りる。

 リアにとっては飛び降りられる高さ。あえて幹を伝って降りることで時間を稼ごうとしたが、それでも数十秒。蝉のように幹半ばに止まっていたいと思いながら、渋々リアは大地へと降り立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ