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01-19:ウサギさんを求めて3

 リアとレオナが戻ると、男二人は荷車にビッグラビットを積み込んだ後だった。

 水分を補給して一息入れていると、アルスが話し始める。


「先程の狩りは凄かった。その方法を惜しげもなく見せてくれたことにも感謝する。弓の腕は確かだと思う」


 予想外の称賛に目を白黒させながら、リアは姿勢を正した。


「……上官からの通達じゃないんだ。休みながら聞いてくれて構わないよ。君の弓の腕がランクに見合っている、いや、それ以上だということは分かった。次は別の方法で戦ってみて欲しい」


 アルスが淡々とリアに尋ねる。

 敵味方が入り乱れている状態でも攻撃は可能か、と。

 パーティとして動く場合には、自分達が魔物とやり合っている所へと矢を飛ばしてもらうことになる。遠くから自分達と同じだけの数を倒してくれなどと無理は言わないが、魔物の気を逸らし、不意打ちを抑えて欲しいのだ、と。


 ご尤も、とリアも思った。

 今回組んでいるのも効率よく魔物を仕留めるためではなく、リアと“魔物狩り”が正式に組めるかどうかの確認期間である。彼らは距離があるうちに攻撃して間引きし、自分達が戦う段になった時に「自分の仕事は終わり」と傍観するような人間は求めていない事は分かっていた。


 しかし、敵だけの場所に矢を射るという行為と、敵味方入り乱れた状態とは難易度も緊張感も比べ物にならない。狙いが狂えば見方を射殺してしまう。だからこそ戦争では敵味方の距離が近づけば弓を捨て、剣を抜く兵士が多いのだ。弓兵や弓術士の仕事は“敵が近付くまでに削れるだけ削る”ことが主。

 自他共に認める腕前でなければ、乱戦状態で弓を使おうなんて考えない。


「大丈夫だと思います。ですが、いきなりは危険じゃないですか?」


「先程ので腕は確かだと分かったから問題ない。でザイードが追い立てて、ウサギが飛び出てくる辺りに俺とレオナで待機していよう。俺も呆気なく射られはしないつもりだが、念のためにレオナにサポートしてもらう。これでどうだろう?」


 レオナとザイードの二人が頷いた。

 リアとしても彼らが実際に戦うところを見てみたい気持ちはある。


「……分かりました、やります。強敵が居るってバレちゃうとビッグラビットは避けるので、待っている間はなるべく気配を感じさせないようにしてください。あと、危ないとか中断という時は分かるように合図してください。私も危なそうな時は射ないように注意しますが」


「ありがとう。場所は、あの辺りでどうだろうか?」


「はい。私は場所を決めておきます。追い立てている気配は何となく分かりますから」


「よろしく頼む」


 “魔物狩り”の三人が二人と一人に分かれて持ち場へと向かった。

 一人になったリアもまた、言われた場所を狙える位置を探す。先程と同じく膝をついて狙いやすい体勢を整えながら額の汗を拭った。

 背中からじんわりと冷や汗が滲み出す、嫌な緊張感に耐える。


 気持ちと呼吸を整えながら待てば、木々の切れ目にアルスとレオナが到着した。

 二人は明らかに【強化】を抑えている。少々腹立たしくなるほどに緊張もしていない。心がけているとしたらなるべく気配を殺そうとしていることくらいだろう。

 リアの手元が狂うことを心配していないのか。

 自分に矢が向かってきても避けられるという自信があるのか。


(信頼なら嬉しいけど。こういうのは初めてなんですよ)


 堂々としすぎている二人の姿にリアは苦笑するしかない。

 こちらは緊張感で背中もベッタリと服が張り付いているような気がするし、髪も艶とは違う光り方をしていそうだ。いつもよりも激しく心臓が脈打つのを感じながらリアは意識を集中さ、弓を構える。


 姿は見えないが、ザイードが獲物を追い立てているのを感じる。

 レオナは鞘ごと双刀を構えた。

 しかし、アルスは剣を抜きもせず無造作に立っているままだ。


 ビッグラビットはリアが一撃で射殺したように強い魔物ではない。Cランクの“魔物狩り”であれば一発であろう。だからこそ、彼は剣を抜いていないのだろうか。

 正直なところ、アルスの攻撃域からはみ出たビッグラビットを狙った方が安全で効率も良い。組んで戦えるかの確認でなければ、絶対にやろうなんて言わない。言われても拒否しただろう。


 緊張感に耐えていたリアに、待ち時間の終わりが近付く足音が聞こえてきた。

 まず初めに気配として、その後に実際の音として、リアはそれを捉えた。一回目よりも格段に距離が近いせいでザイードが気合を入れて暴れ回っているのがよく分かる。知らなければ大型の魔物が出てくるのではないかと勘違いしそうなほどだ。


 追い立てられ、灰色の塊が草むらへと飛び出して――。


「うえぇぇぇっ!」


 リアは思わず右手から力を抜いて絶叫した。

 何の躊躇いも見せずに、アルスがビッグラビットを蹴飛ばしたのだ。

 大きい(ビッグ)とは言っても体高は膝下、中型犬よりもやや大きい。しかも、魔物である。魔物に対しても拳や蹴りで戦う人がいることは知っているが、アルスの蹴りは武術に見えなかった。

 例えるならば、野良犬を蹴飛ばすような動きだった。


 リアが目と口をあんぐり開けて固まっている間にも、アルスは次々にビッグラビットを蹴飛ばしていく。適当な蹴り一発で流石に死にはしないが、勢いを削がれた上にダメージも入っているビッグラビットの動きは明らかに鈍っている。


 ビッグラビットを獲物としてしか見ていなかったリアでさえ同情を覚える光景が広がっていた。ヨロヨロと必死に逃げようとする灰色の塊は魔物でないどころか、強者に弄ばれている小動物のようだった。

 集中力を削がれたどころの話ではない。

 変なところで矢を離して暴発させなかった事を褒めて欲しい。


「うぅ……ビッグラビット、何かごめん」


 戻していた矢を再び番え、ビッグラビットを射る。

 近距離で、全力疾走しているわけでもないビッグラビットであれば易易と射抜くことが出来る。この距離、この速度であればアルスに当てるという心配も杞憂だったとしか言いようがない。

 良い具合に力が抜けていたのもあるかもしれないが。


 二回目の成果はビッグラビットが四体だった。

 逃したのが前回と同じく二体いることを考えれば、素直に狙った方が効率は良い。

 蹴られた大兎は動きが遅くなっていたし、アルスとは接戦というほど近い場所に居たわけでもない。味方を射ずに敵を射られるか、というお題に対する答えとなったのかも甚だ疑問である。


「……悪い。よく考えれば、あれは弱すぎた」


  “魔物狩り”の元へ向かうと、気まずそうな顔をしたアルスに謝られた。

 リアと同じことを彼も思っていたらしい。


「ですね……って、違います! あの蹴りは何ですかっ!」


「本気で蹴ったら死にそうだな、と」


「だからって……!」


「まぁまぁ、あのウサギの魔物は弱ぇんだから仕方ないよ。隊長にも当たらなかったわけだし、目的は果たしたし、良いじゃないか。リアってば目玉をボロっと落としそうな顔してたから、ちょっと心配だったけど」


 それはアルスの暴挙に驚いたからだ。


「あんなにヨロヨロしていて、アルスさんとあれだけ距離があるのに外しませんって!」


 百歩譲って外したにしろ、最低でもアルスを巻き込まない自信はある。

 少しムッとした表情のリアを見て、なぜかレオナは嬉しそうに笑った。


「リアがそうやって喋ってくれるようになっただけでも、隊長が蹴りを披露した甲斐があったんじゃないの。この辺で手頃な魔物ってウサギと鹿くらいしかいないし。……そういや、ザイードの奴は?」


「出てきて、いないな……」


「もしかして木の中で迷子? ははっ、アイツは馬鹿か」


 ほんの一瞬だけ格好良いことを言った気もしたが、レオナはレオナである。おーいと言いながら、ガサガサ言わせながら木々の間に足を踏み入れ――ようとしてピタリと止まった。


「……何があった?」


「わからねぇ。ただ、ヤバイ気配がする」


 押し殺した低い声。ザイードがゆっくりと出てきた。

 普段の陽気さを剥ぎ取った、鋭さをむき出しにした表情で。


「奥、動いてはいないが何かが居る。ウサギなんて可愛げのあるもんじゃねぇ」


「こっちに興味はないってことか?」


「分からん。不意に動かれたらヤバイと思って警戒していたが、さっきは動かなかった。でもよ、まだこの辺りで兎狩りをするってなら危ねぇかもな。……隊長、どうします?」


「お前の感じたヤバイ気配というのは、絶望的なものか?」


「いや。ウサギなんかとは比べる気にもならねえけど、確実に殺されるって感じはしなかったッスね。向こうが殺気を当ててきたわけでもないし、定かじゃないが、オレの感覚だとCかBくらいじゃねぇかな」


 冒険者ギルトで決められている魔物の危険度は目安にすぎない。

 一応は“同ランク四人組パーティで倒せる”ことが基準とは言われている。

 しかし、冒険者ランク自体が書類上決められた曖昧なものだ。昇格試験を受けない者もいるため、ギルドカードに書かれている強さが本人の強さとイコールという訳でもない。Bランカー並の実力がありながらDやEのままの者も存在するのだ。


 同ランクでも個人差が大きいうえ、パーティとなれば更に実力には幅が生じる。一対一で戦えば全敗しても、団体戦になれば勝てるということだってある。


 それ以外に魔物との相性だって馬鹿にできない。

 金属を溶かすスライムなどは魔術師であれば楽に倒せるが、剣士にすれば厄介極まりない。反対に魔術耐性は滅法高いが、叩けば一発という魔物も稀にいる。近戦型だけのパーティでは空に逃げるタイプの魔物との交戦も苦戦するだろう。


 こうした事情から、魔物の階級分けを盲信する冒険者は少ないのだ。

 ソロのCランカーであればD級魔物でも気は抜けないし、全員がCランクのパーティであってもC級魔物なら余裕だと考えることはないだろう。余裕と考えるタイプは八割九割が早々と散る。


 B級魔物の可能性があると言われれば、Aランカーでも気を引き締めるところのはずだ。Cランク以下のパーティならば逃げたほうが確実――のはずなのだが、アルスの口元には薄っすらとした笑みが浮かんでいた。


「……丁度良い。君の弓と共闘できるか試してみようか」

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