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01-18:ウサギさんを求めて2

 指示した通りにレオナ達が木々を突っ切ってくれたならば、その出口となる辺りがよく見える場所にリアは陣取った。


「……ここにします」


「思っていたよりも遠いな」


 矢が失速しない位置を選んだつもりである。ある程度距離があった方が、移動する複数の獲物は離れている方が射やすいとリアは思っている。

 膝をついた姿勢で、弓を構えて待つ。

 目の前の景色に、空気の揺れに、意識を集中する。


(魔力を流せないのがキツイけど、このくらいなら)


 少しの時間は緊張しているのが馬鹿馬鹿しく感じられるほど、何もなかった。

 不意に空気がざわめいたような雰囲気を感じる。

 威嚇する咆哮、木々や草が揺れる音までも聞こえたような気がした。

 お願いした通り、騒々しく二人が動いてくれているのだ。

 思ったよりも真剣にやってくれているらしい。


 近付いてくる大きく荒々しいものから逃れようと、あちこちで気配が蠢いている事が感じられる。少なくとも五体以上の魔物が動いているはず。

 想定以上に獲物が動いていることが分かり、リアは口角が釣り上がる。僅かな間だけリアが浮かべた表情は、純朴な田舎娘に見える彼女からは想像もつかないもの。

 アルスが一瞬息を呑むほど、凄みのある笑みがそこにあった。


 すぐにリアの顔から笑みは消える。

 弓を構え、静かに引き絞っていく。

 距離があるとは言え、待ち受ける存在があると気付けば追い立てられているものは方向を変えるかもしれない。自分を狙う者がいるとは悟られないように。


 不安だったのはアルスの存在。

 その彼も言われるまでもなく息を殺すように自分の存在感を抑えている。そこにも敵がいると気付かず、追い立てられた獲物は自分たちの方へと向かっていた。


 ――来た。

 そう思った瞬間、番えていた矢は放たれた。


 次の矢を番えて、始めてリアは目という器官を使って得物の姿を確認した。

 遮る木のない所へと飛び出して、慌てて走り抜けようとしている十匹程度のビッグラビットの姿を捉える。

 ここまで来れば自分の気配を隠す必要もない。


 遠慮なく【強化】を掛けた弓と腕によって放たれた矢。

 鋭いほどの速度で飛ぶそれは、ビッグラビットを串刺しにしていく。だが、リアはそれに執着しない。当たっているかをいちいち確認していれば、あっという間にビッグラビットは別の木立へと走り込んでしまうだろう。

 獲物の位置と軌道だけに集中し、リアは機械的に矢を射続けた。


 放っては番えを繰り返していた彼女の動きがピタリと止まる。

 そこに来て初めて、リアは自分の放った矢が最後尾を走っていたビッグラビットの体を貫くまでの一部始終を目撃した。灰色の塊が弾けるように飛び、固い地面に叩きつけられる。

 周囲はしんと静まり返っていた。


「……君は、すごいな」


「いえ。二体ほど逃してしまいました。他も近付いて確認しないと」


 静寂の中での呟きに、悔しさが滲む声が答える。

 少なくとも二体は木立の中へと転がり込んでいたことをリアは知っている。

 矢が外れたのではない。番える、狙う、射るの動作が追いつかなかったのだ。速さを優先して無理やりに射たとしても、二匹のビッグラビットは仕留められなかっただろう。

 分かっているが、仕留めきれなかったことが悔しかった。

 あの程度の数ならば全て射抜いてみせろ、とルミナなら言うはずだ。


「俺には誇っても良い成果に感じられるが。確認しに行ってみよう、動けるか?」


 リアを見つめる青みがかった灰色の目には蔑みも後悔の色も浮かんでいなかった。その事に安堵し、立ち上がる。全く疲労感が無いわけではないが、休憩が必要なほどに体力や魔力を消費してはいない。

 頷くとアルスは目だけで微笑み、走り始めた。


 強化を掛けた足で走れば、すぐにビッグラビットが転々と転がる場所に辿り着く。


「リア! すっげぇ! ちょっと恥ずかしいなと思ったけど、言われた通りにやったらウサギが大量。しかも遠くからドンドン矢が飛んできて、全部刺さるのを見た時にはびっくりしたよ」


 待っていたのは、レオナによる手放しの大絶賛。

 踊りだしそうなほどの喜色を浮かべた彼女の姿に、リアは少しだけ頬を緩めた。片手に棒、片手に頭の潰れたビッグラビットをぶら下げたザイードも笑顔だ。親指を立てながらニッと笑うと――。


「嬢ちゃんじゃなく、リア先生って呼ぼうか?」


「止めて下さい! ビッグラビット、回収してきます」


 頬を染めてリアはビッグラビットの方へと走っていく。

 小声ならば聞こえない程度に距離が空いた事を確認し、ザイードはアルスに向き直った。


「あの嬢ちゃんが優秀って事は分かった。軍なら狙撃手として欲しがるだろうよ。けど、コレじゃぁ――」


「分かっている。試しにはなっていない、だろう? 次は俺が組もう。矢が来ても避けられるとは思うが、念の為レオナにサポートを頼みたい」


「……分かったよ。私は合格点だと思うけどなぁ」


「射手として優秀でも、俺達の戦い方と合わなければどうしようもない。俺達と組むことを彼女がどう思うかもあるしな。――ザイード、荷車を取ってきてくれ。兎の回収に行くぞ」


「へいへい」


 ひとりビッグラビットの回収に向かいながら、レオナは目の前の光景を思い出していた。

 全力疾走するビッグラビットは速い。追い立てながら一体か二体仕留められれば良いだろうと思っていたのだが、リアは七匹のも仕留めていた。バラバラに走っていたというのに。


 ビッグラビットはE級である。冒険者としてのランクはGまであるが、強さとしては一般人でFランク、強い者であればEランク相当だ。GからEというランク分けは実力よりも人間性の判断のためにギルドが設けたもの。Gランクに至っては仮成人を終えた子供のための保護措置というのが実情である。


 E級魔物の納品依頼は多くあっても、討伐依頼はほとんど無いことからも一般人でも倒せるということが窺える。つまり、E級のビッグラビットは一般人でも複数で囲んでタコ殴りにすれば仕留められる魔物なのだ。年単位で冒険者をしていれば一撃で倒せるレベル――もしも倒せなければ戦闘に向いていないと言えるだろう。


 だが、全力疾走しているビッグラビットの群れを仕留めろと言われたら話は別だ。

 あの状態でレオナが強く【強化】を掛けて追ったとして、運も味方したとしても三体までしか倒せるビジョンは浮かばない。一体を仕留めている間に他の個体は駆け抜けてしまうだろう。


「何がフォローする、だ」


 ランクは下。だけど、仮にリアと殺し合いになったら勝てるだろうか。

 束の間浮かんだ考えを振り洗い、レオナは足元のビッグラビットの首から矢を抜いた。穴になっている部分に、万能針と呼ばれる吸血虫の針の上位互換品を刺す。

 血を抜きつつ、肉や毛皮に対して気持ちばかりの劣化遅延を掛けてくれる冒険者必須アイテムの一つである。


 魔物の肉は熟成できず、息絶えた瞬間から鮮度が下がっていく。何の処理もしなければ一日二日で食べられなくなるのだ。倒した後に処理が必要なこと、いや、血抜きが必要だとさえも自分は三年前まで知らなかった。


 ふっと笑いを浮かべながらレオナはもう一匹を同じように回収する。

 両手にビッグラビットをぶら下げてリアの元へと向かえば、彼女は紐で実に上手く三匹を束ねていた。彼女は幼い頃から仕留めた魔物の処理を知っていたのだろう。

 効率の良い狩りの方法も。


「聞きたいことがあるんだけど。……全部の兎の首を狙ってたの?」


「そのつもりだったんですけど、駄目でした」


 苦い笑みを浮かべたリアは自分の回収したビッグラビットのうち一匹を見せた。

 矢は既に抜かれていた。

 前足の付け根あたりを中心に灰色が黒っぽく染まっている。そこに矢が刺さっていたという事だろう。他に傷は無いことから、狙いは逸れたかもしれないが一撃で仕留めたことが分かる。

 Dランクとしては上等すぎる成果だろうに。


「こっちは二つとも首だったよ。あの距離で七匹も倒したんだから、そのくらい誤差だよ、誤差。……そうだ、この矢、返すね。見た限りは無事みたいだけど、私には分からない」


 困ったような笑みを浮かべたリアは、礼を言って矢を受け取った。

 この純朴そうな少女がちょっと見かけないほど弓に優れていると誰が思おうか。レオナは少し下がったリアの眉を見て考える。そんな事をするタイプではないと分かってはいるが、敵になり、遠くから射掛けられる事を想像すると背筋に冷たいものを感じてしまう。


「あ、そっち処理してくれたんですね」


「万能針は刺しといたけど――」


「万能針! いいなぁ、私、持ってないんです。おいくら位でしたか?」


「私のは中古品で、小銀貨五枚だったかな。定価でも大銀貨一枚、一万ペンド前後だそうだけど。って、その前に万能針無しで、どうやって獲物の処理をしていたんだ?」


「吸血虫の針――えーと、血抜きだけ出来る針ですね。今までは基本日帰りだったので、劣化対策はしなくて良いかなと。でもこれから冒険者として依頼を受けるなら、万能針必要ですかねぇ……」


 冒険者の必須アイテムが万能針であるなら、猟師の必須アイテムは吸血虫の針である。大体の猟師はその日のうちに獲物を家に持ち帰って解体するのだ。解体場には万能針よりも更に劣化を遅らせてくれる保存箱があるから、小銀貨一枚というお手頃価格の吸血虫の針で用は足りる。

 今日も日帰り予定だから、吸血虫の針でも差はないはず。

 しかし、今後も“魔物狩り”と動くことを考えれば万能針を買うべきか。


「私達は全員持ってるから、必要な時は使い回せば良いんじゃないの? ウチの隊長が次の予定を話すそうだからさ、荷車の場所まで戻ろう。それ、持ってやろうか?」


 レオナは良い笑顔を浮かべながら、三匹の大兎を顎で指す。

 このくらいは強化無しでも平気で持てるリアである。

 よっこいせ、と担いで見せるとレオナは満足気に笑った。


「リアのおかげで今日は良い稼ぎになりそうだ。どんどん狩ってやろうぜ」

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