02:遠い春くすむ青 2/3
「ユタカのまゆげ、アナゴみたいだよ」
「………そりゃあ、ボクは何故女サカの部室ロッカーに大量の本や雑誌を押し込めてるんだろうボクは女サカ部員だったっけかそれとも図書委員だっただろうかなんてギモン浮かべりゃ眉毛がアナゴになるだろうな」
「助かりまスルメイカ」
カナエは両手の甲にアゴを乗せ、指をピロピロ動かした。変顔で、だ。無茶苦茶イライラする。
「今年こそは部員たくさん釣れて欲しいっすねー、ナンナとかシャンシャンから週刊少年バンバンまであるのにぃ」
「美容院みたいなラインナップでしょ?」
おいカナエ、なぜドヤ顔で仁王立ちしている。本来はサッカー用具や部員の私物が詰まってるものなんじゃないのか?やる気のない部だと思われてるんじゃないか?そもそもエサが違うんじゃないか?
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あの朝のホームルーム。終わりのチャイムが鳴った後、サヤコは顔を自身の両腕で覆い隠しながら、『どこへ行くのか』と誰かに聞かれる事すらから逃げるように一目散に廊下へ飛び出し何処かへ消えた。
彼女がどこへ行ったのかは知らない。
明日から始まる授業に、彼女がまたD組に来て、参加するのかどうかも知らない。
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その晩、日付変わり、火曜日午前0時三十分。
暗がりの部屋、普段はこの時間にテレビなど滅多にめないのだが。
女サカの部室でたまたま、テレビ番組表雑誌を読んでしまったのと、今日の出来事で寝付きがどうも悪いのが重なって、ベッドからつい小さなテレビの小さなリモコンを手にとってしまった。
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「女子力向上バラエティーっ!!」
「せーのっ!」
「ちょっタイミングおかしない?」
「いいからはやく始めて!」
「ほらっ!せ・え・のっ!」
『ロ『ロンハニッターイムッ!!』イムッ』
ーーテッテッテレッ♪テッテッテレッ♪〜嬉しい時こそ笑っお〜♪悲しい時でも笑っお〜♪ほらほら集まれキラキラディスコッーナイッ♪ロンリーハーニーパーリィータイムッ!!♪〜〜テッテッテレッ♪テッテッテレッーーーーー
………なんだ、この、何を伝えたいのか何のためにあるのかサッパリ分からない歌は………………。
「今日むちゃタイトルコールグダグダやった!!」
「だれよー!どうせのえるでしょー!」
「ごめーんのえるが間違えたぁ、反省ぇしまぁーす」
「ほら仕切り直す!今日のロンハニタイムはっ、東京都文京区にあるケーキ屋さん、シャルプさんにお邪魔しています!!」
「文京区ってさやこすの地元やんなぁ?」
「うんっ〜、でもこんなケーキ屋さんあるの知らなかったな〜」
「じゃあここで今日の女子力向上試練を発表していい?」
「わかったケーキ作りだ!!」
「えー恋華ケーキ作れへん!和菓子のほーが得意やねんけど!!」
「アハハハっ!まだ悠未は何も言ってないですけど今日の試練はケーキ作りですか?」
「…………違いますぅ!!!フライパン作りですぅ!!!!!」
『おやおや、ムキになった悠未さんがダダ滑りした所でロンハニの4人はシャルプさんの厨房へーーー皆さんはもうお気づきでしょうが、今夜のロンハニタイム、試練はもちろんケーキ作りですーーー』
『"90秒後ーーさやこすがクリーム塗れに……?!"』
この番組は〜ご覧のスポンサーで〜………
流れるアナウンスの後ろに映し出されてるのは、メンバーにホイップクリームをかけられて、顔中クリームだらけなのにも関わらず、無邪気に、屈託なく笑っている水苗左彩子ーーーー
今朝の苦しい表情をした彼女が、脳裏に映る。
ボクはそれと画面を見比べてしまうと、耐えきれなくなり思わずテレビの電源を落とした。
自分の部屋なのに、居心地が悪いような気分になる。
今晩こんなものが放送されるなんて、興味本位なんかで見なきゃよかった。
すぐにベッドに倒れ込んだが、目を瞑れば瞑るほど、彼女の画面の中の笑顔と、左斜め後ろで見た表情の光景が交差して、天井ばかりを見ては、今晩はひたすら羊を数えるしかなかった。
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錦宮坂はとにかく坂が多い。
横浜といっても、皆が想像する可憐な港町からすぐに離れれば、よくある住宅街に辿り着くだろうし、田んぼや畑も山もある。錦宮坂は山の上に位置している。
この町にあるのはよくある住宅街、よくある団地、地元の人間しか通らない商店街、普通の幼稚園、普通の学校。至って平凡で平和だ。
そんな街に似つかわしくない、高級そうな黒光りしている車が、どうやら学校へ向かっていくようで、ボクら錦宮坂生がひーひー言いながら登る坂を横切るようにスルスルと登って行った。
あの見慣れない車は何だったんだろう、という疑問はようやく学校前に到着してすぐに解消する。
その車は校門の前に止まっていた。ぼんやり見ているとドアが勢いよく開き、マスクをした金髪の女子生徒がそそくさと降り、下駄箱で上履きに履き替え、校舎の中へ消えていった。
今日は髪結んでないんだな。
彼女を昨日の朝ぶりに見たボクの感想がこんなんで良いのか、自分でもよくわからないが、その場面に出くわしたボク以外の生徒達はやはり『今のさやこすじゃね?』『握手してもらえばよかった!』『3D行けば会えんじゃね?』なんて言っているのを聞いてしまえば、今日の授業もちゃんとマトモなものになるのだろうかと思ってしまう……。
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『キャー!キャー!』『さやこすー!』
「はいはい!ここのクラスじゃない人たちは生活指導も検討しますからねー!!」
ただでさえ学校に来るだけでも、坂を登らされた挙句に3年生の教室は3階にあるので、体力に全く自信の無いボクにはかなり、辛い……、それでいて、今日も三年D組に群がる野次馬たちと、立花先生のガラガラな叫び声……、それを無理やりかき分けて教室へと行こうとするも、そもそも戸が人間で塞がれていて入れない……。
「D組の人間ですッ、通してください!」
「椋橋さんおはよう!通してあげて!」
毎朝こんなんだったら嫌だな。と、溜息つきながら教室内にようやく入れる。
こんな騒動を巻き起こした当の本人はやはり、知らん顔して頬杖をつき、窓の景色をじっと見ながらボクの席の左斜め前に座っていた。
どちらかというとボクの気持ちでは『ああ!昨日テレビに出てた子だ!』というよりは、『あぁ、今日も来たのか』ぐらいで、もしかしたら他の奴らみたいにこの状況をミーハー的に喜べたら、どんなに楽なのだろうか。
新学期二日目から朝練という名の部室に後輩を囲んだ女子会をしているカナエは遅刻せずにちゃんと教室に来れるだろうか?
「ゴラァ!!!部外者は戻れぇ!!遅刻扱いにすんぞ!!」
野次馬退治に生徒指導の鬼体育教師も召喚されたようだ。先生達も大変だな。
「冴"島"さ"ん"も"お"は"よ"う"」
立花の喉も限界なんだな、おいおい授業は大丈夫かよ。
冴島ハルコ……。複雑そうな顔で教室に入ってきたと思ったら早々、窓の方を向いているサヤコを鋭く睨みつけて
「あたし達、アンタのこと絶対に許さないから」
「………………」
やはりサヤコはぴくりとも動かなかった。確実に聞こえているだろうが、言わば完全無視。耳に耳栓もイヤホンも無い。
ハルコは不服そうだが、予想通りの反応だと思ったようでそのままドシンッ!とカバンを床に、腰を椅子に落とした。
よく見れば、ハルコのカバンには昨日までミツバチを模様したキーホルダーやシールなどが色々ついていたのだが……全て無くなって全くシンプルなカバンに様変わりしている。すべてロンハニのグッズだったのだろうか。
ハルコにとって、サヤコは憧れの対象だったのだろうか。
恋愛をしないと宣言していたにも関わらず恋愛をしたから、憧れだったはずのサヤコが嘘つきだと分かったから、裏切られた気持ちが生まれて『許さない』なんて言うのだろうか?
あぁ、なぜボクがこんなに悩まなくてはいけないのだ、アイドルなんて、わからない、これは現代文か、現代社会か、それとも道徳の授業か?
「立花先生おはようございニジマス〜」
「お"は"よ"う"凪田さん、あ"と"1分遅いと遅刻だったわ"よ"」
「どうしたの先生?声が釣れたてのフグみたいだよ」
フグ釣った事なきゃわかんねぇだろ!!!
「あ"ら"凪田さんはお魚に詳しいの"ね"」
「そうでもないです」
ーーーーーキーンコーンカーンコーン
その会話を耳にしてしまった男子の1人がすごい顔してる、まだまだだぞ、凪田叶絵という女の恐ろしさも、こんなもんじゃないぞ。
既にこのクラスに三人もすごい女がいるからな……。
ボクも、お前らも、覚悟したほうがいいんだろう、このクラスで一年過ごす事を……。




