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燃え立つ夜 4


 村が、燃えていた。


 住み慣れた家屋、これまでの人生を共にてきた帰るべき場所。


 全てが無へと還っていく様は、人々に言いようのない感情を与える。


 炎が夜天へと飲み込まれていく幻想的な光景に反して、その事実は村人たちに重くのしかかっていた。


 村の中心から離れたカリスたちが辿り着いた先で遭遇したのは、同じく避難してきた数少ない生き残り達だった。


 誰も彼もが慌ただしく動き回り、馬を連れ出して馬車に繋いでいる。


 比較的若い層の人間が多く、声をあげて泣いている子供が目につく。


 怪我人も少なくない。四肢を欠損している者もおり、包帯に染み出た血液の色が生々しさを訴えてくる。


 妻子を安全な場所へと連れ出したいカリスとしては、手をこまねいて時間を無駄にすることは出来ない。


 何か出来ることはないか、と周囲を見渡すと、村人達に指示を出している村長を発見した。


 家族に「ここで待っていろ」と伝え、足を進める。


 カリスが近づくと、村長は彼の存在に気がついたのか一瞬動きを止め、そのまま駆け寄った。


「おぉ、お前も生きとったか!」


「なんとか…………それよりも、避難の状況はどうなっていますか?」


「見ての通り、もう少しで出発できる。用意できた馬車に乗るには限りがあるが…………この人数ならば、全員で避難できるだろう」


 村長は寂しそうな声で事実を述べた。


 いま生き延びている者達は、村の総人口と比べて遥かに数が少ない。


 僅か三台の馬車に全員乗せ切れるほどだ。


 魔物に限った話ではないが、この手の緊急事態が起きた時の避難経路は予め村の全員に通知されている。


 複数の場所に避難先が用意されているとはいえ、ここに集まった人数はあまりにも少なすぎた。


 このぶんでは、他の場所に逃げた者達の生死も期待できそうにはない。


 なにより、とうの村そのものが燃え盛っているのだ。


 中に残された住人の生還は、絶望的だろう。


 カリスは悔しがるように口を噛み締めると、荒立つ感情を押し込めて指示を仰ぐ。


「それで、俺は何をすればいい」


「女子供を最優先で逃がす。先頭の馬車に家族を入れてくれ…………お前、家族はどうした?」


 村長に見えように、自分が先ほどまでいた場所を指で示す。


「あそこにいる。運良く全員無事だ」


「こうなってしまった以上、運良くと言うのも抵抗はあるが…………お前は本当に運が良かった。さぁ、一刻も早くこの場を離れるぞ」


 ここまで人数を減らしてしまっては、村の存続は不可能に近い。


 おそらく生き延びたところで、村人達は散り散りになって別の場所へと新たな居場所を作られるのだろう。


 知り合い達と別れることは悲しいが、それでも生きているだけマシ・・である。


 生き残れなかった者とは、もう二度と会うことが出来ないのだから。


「お前には悪いが、家族とは別の馬車に乗ってくれ。先頭に女子供、二台目に怪我人、その他は最後尾の馬車に乗ってもらう」


「こんな状況だ、我儘は言わないさ」


「すまない。万が一があった時のためだ…………子供達は少しでも生存する可能性を上げたい」


「分かっている」


「もう話している余裕はないな。じゃあ手筈通りに、また馬車で会おう」


 そう言い終えると、村長は慌ただしく怪我人の元へと駆け出した。


 カリスも家族の元へと戻り、村長の言っていたことを伝えた。



 手を引いて歩き、指定された馬車の前へと移動する。


 空いた幕から中を覗けば、そこには不安そうに身を寄せ合う子供達がいた。


 息子と仲良くしていた子供の姿も確認し、これなら大丈夫だろうと安堵を露わにする。


 その場で地面に膝をつけると、視線の高さが同じになった息子達を抱きしめ、背中を叩く。


 こうしている間は、他の全てを忘れて安心感に浸ることが出来た。


 しかし、与えられた猶予は限られている。

 今にでも村から魔物が飛び出し、生存者を追撃するかもしれないのだ。


 名残惜しいが、仕方がない。


 子供達の目元から零れ落ちる涙を指でぬぐい、カリスは立ち上がった。

 妻に二人を任せ、その場を離れる。


 別れの言葉は告げない。


 何事も起きなければ、全員が生き残れるのだから。




「馬車を出せ! 一定の距離を保ちつつ列になって進め!」


 村長の命令によって、馬車に繋がれた馬が走り出す。

 先頭の馬車の姿がやや小さくなると、続いて二台目の馬車が前に進む。


 そして最後に、カリスの乗る三台目馬車が村を離れようとしてーーーー。



「ーーーー待って! 俺も乗せてくれ!!」


 そのタイミングで、一つの声が彼らの元に届く。


「止まれ!」


 村長がすかさず停止を指示し、御者が手綱を引いて馬を止める。


 カリスが目を向けると、村を背にして馬車へと向かってくる一つの人影があった。


 声と体格から察するに、成人した男性だろう。両手で何かを抱え、無理のある体勢で必死に走っている。


 だが、問題はそこではない。


「村長! 魔物だ!!」


 馬車へと向かっていたのは、その男だけではなかった。


 男の後ろを追いかける炎の人型を目撃して、カリスは村長へと判断を迫る。魔物が村人を追い立てていた。


 男と魔物の距離はまだそれなりに開いていたが、走る速度は魔物の方が圧倒的に速い。


 このままでは、男は馬車に辿り着く前に魔物の凶刃の前に倒れるだろう。

 もし仮に馬車に間に合ったとしても、追いかけてきた魔物によって他の人々危険に晒される。


 それを察したのか、車内から喉を鳴らすような悲鳴が上がる。


 村長は額から汗を流し、一瞬だけ逡巡した。


 他の村人の安全のために見捨てるべきか、いや、だがーーーー。


 迷いをみせる村長の意思を、逃げる男の言葉が揺さぶった。


「頼む! 助けてくれ! 子供がいるんだ!!」


 カリスはハッとしたように男を見つめる。


 彼からは遠い上に暗さで分かりにくかったが、男が抱えているのは確かに子供だった。


 布で包み込まれた中から露出している四肢が、その幼さを物語っている。


「俺がいく!!」


「まてっ!」


 村長の返事を待たず、カリスは農具を片手に飛び出した。

 一目散に男の方へ駆け、その背後を狙う魔物へと刃を向ける。


 だが、男との距離はまだ開いておりーーーー。


「ああっ!!!」


 カリスが辿り着くよりも早く、魔物が男の背中へと切っ先を届かせた。


 火花の強い光が瞬き、肉が焦げる臭いが周囲に撒き散らされる。


 苦痛による悲鳴が上がり、村人たちが息を飲む。


 男は前方へと投げ出され、地面へと体を打ち付ける。そのまま何度も体を回転させ、木にぶつかることでようやく動きを止めた。


 そして、魔物が男に追撃を掛けようと跳躍してーーーー。


「くらえっ!!」


 カリスが体をすれ違いさせながら、農具を魔物に引っ掛けるように横薙ぎにした。

 反対向きに進む二つの力を合わせた重みが、カリスの両腕にのしかかる。


 体を前へと向け、脇を締めて獲物を固定する。撓った農具が元の形に戻るための力が働き、空中にいた魔物は元いた方向へと弾き飛ばされた。


 地面に倒れた魔物は暫く震えながら腕を持ち上げようとしていたが、やがて力尽きたように動きを止めた。


 それから暫く、カリスは両手で農具を構えて油断なく魔物を見つめていた。


 暫くして魔物が本当に活動をやめたことを悟ると、逃げてきた男の方へと急ぎ足で駆けつける。


「これは…………」


 酷い有様だった。


 両足はあらぬ方向へ曲がっており、骨が突き出している。


 背中から肩にかけて火傷跡が残り、悪臭が漂っている。


 そして何より、勢いよくぶつけたのか…………顔の半分が潰れていた。


 これでは長くないだろう。


 それでも諦めきれず、彼は男へと近づいて脈を測ろうとした。


 男に触れる、その瞬間。

 男が突然動き出し、カリスの手首を勢いよく掴んだ。


「っ! 大丈夫か!? 音は聞こえているか!」


 声をかけながらも、彼はすでに男の命を諦めつつあった。手首を握る男の力が、あまりにも弱々しかった。


「……………………っ…………あ」

「何か伝えたいのか! なんだ、大きな声を出せ!」


 男がボソボソと何かを口に出し、カリスは喋りやすいように男の姿勢を変えながら呼びかけ続ける。


「む…………す、め…………を」


 男の虚ろな目を見て、カリスは彼が何を伝えたいのかを理解した。


 頭を動かし、周囲へと目を向ける。


 投げ出された布と、そこから体を見せる子供の手足が視界に映った。


 両手に掲げると、それはまだ温かかった。


 奇跡としか言いようがなかった。


 あれだけの勢いで投げ出されながら、それでも子供は無傷なままだった。

 気を失ってこそいるが、息はある。


 顔に精一杯の笑みを見せ、カリスは男に向かって両手の中にある命を見せた。



「無事だ! お前の娘は無事だぞ!! 見えるか、お前がまもっ……て…………」


 男は既に事切れていた。


 自らの子とカリスのいる方へ顔を向けながら、二度と動きを見せることはなかった。ひどく安心したような笑みを見せ、彼はそこにいた。


「………………」



 子供を抱えたカリスが馬車へと戻ると、その姿を見た村長は申し訳なさそうに口を開いた。


「すまない、もっと早く判断できていれば…………」


「仕方ないさ」


 もっと言いたいことは沢山あった。

 だが、カリスはそれ以上何かを口にすることはなかった。


 力一杯に握られた村長の拳から、血が流れている事にカリスは気がついていた。


 それに、今は優先するべき事がある。


「はやく、馬車を出そう…………先に行った奴らが心配しているかもしれない」


「ああ、そうだな」


 カリスが馬車に乗り込んだことを確認してから、村長は再び指示を出した。


「馬車を出せ!!」


 もう、沢山だ。


 流れ行く景色を背に、ほとんどの村人たちはそう思っていた。


 そして同時に、こう考えていた。


 これで、助かるのだと。




 馬車が止まった衝撃で、カリスは目を開いた。


 周りの村人たちも何が起きたか分からないのか、不安そうな顔をしている。

 村長が御者へ向けて叫ぶ。


「どうした! なぜ止めた!」


「馬車が止まっています! 先に行った者たちです!!」


 カリスと村長は顔を見合わせた。


 後ろに自分たちがいない事に気がついて、ここで待っていたのだろうか。

 それとも、何か不都合が起きたのだろうか。


 ふいに嫌な予感が走り、村長は御者に確認をとった。


「馬車は何台ある!」


「一台です!」


 走り出した順番で考えるに、目の前にあるのは怪我人を乗せた馬車だろう。


 そう考えた彼らは馬車をおり、前方に止まっている馬車へと近づいた。


 何もないなら、それでよし。

 問題が発生したのであれば、その時は…………。



 思案するカリスの目の前を何かが横切り、彼は思わず声を上げた。


「うおっ!」


 通り過ぎたものを目で追うと、それはなんてことない。ただの一羽の鳥だった。


「鳥…………?」


「どうした、急に大きな声を出して」


「いや、鳥が目の前を通っただけだ」


「なんだ、あまり驚かすんじゃない」


 なんとはなしに鳥が飛んで行く先を見つめていると、それは彼からある程度離れた木の上に停まったら。


 群なのだろう。その一匹だけではなく、他にも同じような鳥が沢山木の上で羽を休めていた。


 鳴き声一つあげることなく、光る一対の瞳が月の光を受けて爛々と輝いている。


 本当に、なんの特徴もない渡り鳥だった。


「おい、どうした! 何故そこにいるんだ! 早く一台目を追いかけるぞ!」


 村長が前の馬車へ声をかけたことで、やや放心していたカリスは意識を取り戻し、視線を馬車へと向ける。


「おい! 返事をしろ! 聞こえているだろう!」


 再度呼びかけた村長の声に対して、返事が返ってくることはなかった。


 村長はカリスの方を振り返って訝しげな顔を見せると、お互いに一つ頷いて足を進める。


 馬車の近くは、嫌に静かだった。


 馬は二頭とも静かに繋がれたままで、足元の草を食んでいる。

 御者の姿は見当たらず、それが二人の心に不信感を植え付けた。


 村長が先んじて近づくと、馬車に掛けられた幕を開いて中へと呼びかける。


「おい、本当にだい……じょ…………う…………?」


 片手で幕を上げたまま、彼の動きが止まった。


 カリスは訝しみ、村長の後ろから馬車の中を覗き込む。




 誰も、いなかった。


「これは、いったい」


 カリスの口から、無意識のうちに疑問が溢れる。

 村長も同じ気持ちなのだろう。だが、彼は眉間にしわを寄せつつも口を開かない。


「怪我人たちはどこに行ったんだ…………? 逃げた? …………馬車を、捨てて?」


 そう言いながらも、カリスは全く自分の言葉が正しいとは思っていなかった。


 馬車は無事そのものであり、襲われた形跡もない。馬だって生きている。


 怪我人の中には、一人で歩くことすらできないものもいた。


 だというのに、意味もなく馬車を捨てて逃げる必要がどこにあるというのか。

 もし仮にそうする必要があったとして、それはどんな理由が存在しているというのか。


 まるで、狐につままれたような気分だった。


 非常食や水、そして衣類なども置き去りにされている。

 綺麗さっぱり、人だけがそこから消え去っていた。


 明らかな異常だった。


「うん? これは…………」


 村人たちの荷物に紛れて、見覚えのない何かが落ちている。

 カリスは馬車の内側へ身を乗り出すと、小さいそれを手に取った。


「ーーーー鳥の、羽?」


 先ほど見た渡り鳥の一団を思い出し、馬車の中から外を見渡す。



「…………いったい、なんなんだ?」


 鳥はいなくなっていた。

 ついさっきまで枝の上を埋め尽くすほど居たというのに、それら全てが忽然と姿を消していた。


 どこか薄ら寒いものを感じ、カリスは身を震わせた。

 どこか遠くで鳴く鳥の声を聞きながら、二人は暫くそこから動けないままでいた。




 ーーーー結局、彼らは荷物を乗せた馬車を引き連れてその場を立ち去った。


 怪我人たちが消えた謎が解けることはなく、彼らはそのまま近隣の村の人々に保護されることになる。



 そしてその時、彼らは知ることになるのだ。


 消えたのは、二台目の馬車に乗った怪我人たちだけではなく。



 女子供を乗せた一台目の馬車もまた、その行方を眩ませていたことを。

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