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二人の長男


 王国において、貴族とは国力そのものである。


 魔術師の殆どが貴族の血筋にのみ存在し、そのまま国家の戦力として扱われている以上、それは当然のことだ。


 彼らの役割は多岐に渡り、軍隊を始めとした国営事業の数々は勿論、商業や工業でさえ貴族が何かしらの形で関わっているとされている。


 貴族の本分は「国の発展」そのものであり、「貴族的義務(ノブレス・オブリージュ)」という形となって思想の奥深くに根付いている。


 人々の生活を守るための身分であり、国を守るための特権。

 その役割は主に、魔物に対して行使されることが多い。


 一般的な人々は、魔物に対する手段を持たない。


 下級魔物である「ゴブリン」ですら、死の危険を招くのだ。


 だからこそ貴族たちはそれぞれ領地を持ち、普段は経営を行い、魔物が出現した時には魔術師として戦っている。


 国全土に散り、それぞれの定められた領域で戦う貴族という生き物。


 しかし、貴族の数は決して多くはない。


 貴族の持つ遺伝子は、その体を魔術の才能に適合させる。

 遺伝子が濃ければ濃いほど、より強力な才能が宿るとされている。


 ゆえに(・・・)、彼らは自分たちに与えられた原初の血統を保つことに必死になった。


 市井の物に貴族の遺伝子が流れることも、少なくはない。


 その場合に生まれた子供は純粋な貴族に比べて大きく才能が劣る上、一世代や二世代の代替わりがあればすぐに力を失ってしまう。


 母胎となれる貴族の女性の数には限度があり、生まれる子供の数も限られる。


 望まれない子供(・・・・・・・)が産まれた場合は経験上、ロクな事にならない(まものがうまれる)場合が多いという事実が周知されているため、そういった形でのアプローチも禁止されている。


 よって、世代をいくら交代しても魔術師が劇的に増加することはないのだ。


 魔術師として戦った貴族が戦死する事も珍しくないため、戦力は一定のラインから殆ど増えない。


 魔術師も全能ではない。


 食事や睡眠を極端に取らなければ、普通の人のように衰弱する。

 体が傷つけば痛みも感じるし、それが重大なものであれば死に至る。


 現状、貴族の人数が不足しているという訳ではない。


 国全体に配置し、人々を守る程度の義務はこなすことが出来る。


 だが、もしも魔術師が足りなく(・・・・・・・)なったら。


 その時は、国そのものが瞬く間に失われてしまうことだろう。


 魔物という存在は、目に見えるものよりも目に見えない脅威の方が大きい。


 その元となるものが人間である以上、少しでも生活基盤が崩壊し負の連鎖が起きてしまえば。


 それは鼠算式的に魔物の増加を促し、人類の滅びへと繋がる。


 今の世界は、長い歴史が作り出した幾つもの教訓と、それぞれの時代に姿を見せた英雄達の働きによって成り立っている。


 人類は常に、細氷の上を歩いているに等しいのだ。


 だからこそ、今回の出来事はそのバランスを壊してしまう可能性を含んでいるのだろう。


 魔物の「大量発生(パンデミック)」に伴い、王都から発令された「緊急招集」。


 それは国全体から集めた戦力を再分配する事で、脅威の大きさに対する戦力の比率を平坦化させるための特例措置。


 各領地には最低限の戦力を残し、魔物への総攻撃をかける。

 ある種の、戦争行為(・・・・)。


 国境付近の警備すら減らす、まさしく人類同士(・・・・)の争いが存在しないからこそ可能な総動員。


 貴族たちはこれを、「大遠征」と呼んだ。



 緊急招集とはいえ、王国全土から全ての貴族が王都に集合するわけではない。


 移動時間や手間を考えれば、遠方から訪れるのは最善ではない。

 無理してまで王都に駆け足で飛び込み、その過程で体力や気力を消費するのは不効率というもの。


 そもそも、道中に危険(まもの)が存在していることもある。

 


 王都から離れた領地に住む貴族たちはまず、自分達に割り当てられた拠点へと移動を開始する。


 それは王都と比較しても遜色ない大都市であったり、位の高い貴族の領地であったり、あるいは交通網や貿易の上で欠かせない重要な場所であったり。


 魔術師に負担を強いない程度に遠くない場所が、それぞれの目指す先となる決まりなのだ。



 だからこそ、ラムセスはこうして再び王都を訪れる事となった。


「おい、あれ見ろよ」

「子供じゃないか! どう見ても学園に入ってすらいない年齢だぞ」


 沢山の魔術師が集まる中で、一際背の低い少年が周囲からの注目を浴びていた。

 声も憚らず、驚愕を隠さぬ口調の会話が室内を飛び交う。


 それも当然だろう。

 ここは王都内に設立された「大遠征」専門の会議室であり、これから行われるのは「大量発生(パンデミック)」の詳細説明。


 つまり、実質的な国防の最前線であるのだから。


「あの子も戦闘に参加するのか? 冗談だろ!? 何処の家だよ、一族は何をしているんだ?」

「よく見ろ、あれはオリシス公爵家の家紋だ」

「じゃあ、あの子が先の事件で魔人を倒したって噂のラムセス・オリシスか?」

「確かまだ八歳だろ? 才能があるとしても…………流石に若すぎる」


 その場にいるラムセス以外の貴族達は、その全員が魔術学園を卒業した経験のある魔術師達だ。


 彼らは次男三男、あるいはそれよりも更に家督の継承権が低い者ばかりである。


 実家で研究を続けている者、任期を過ぎても継続して国軍に勤めている者、地方を巡って検査や医療行為を行っている者など、その職業は多種多様だ。

 珍しいところでは、冒険者として活動している者もいる。


 そんな彼らは今回の招集によって、貴族としての役割を果たすべく集まっている。


 決して悲観的なわけではないが、それでも命の危険は承知の上のこと。


 自分の力を最大限役立てるために、こうして戦いへと身を投じているのだ。


 それ故に、ラムセスはどうしても目立ってしまっていた。


 見た目が子供そのものであり、そして実年齢も低い。


 明らかに場違いであり、もっと言ってしまえばありえない(・・・・・)。


 弱き者を守る。

 その思想は概ね国民に向けられるが、貴族の女子供に対しても適応される。


 その守られるべき子供が、たとえ実力や才能を持っているとはいえ、戦場に向かう。


 それは貴族として立派に育った彼らの感情を刺激し、不快にすら感じさせていた。


「いやいや、流石にないだろ…………」

「でも、今のオリシス家って確か長男が八歳だよな? それ以上の年齢の子息はいないわけだし…………やっぱり、本人だよな」

「誰か話しかけてこいよ、ついでに実家まで送り返してやれ」

「流石にそれは失礼だろ、彼だって覚悟を持って此処にきたのかもしれないし」

「覚悟があったって、子供を戦場に立たせるわけにはいかないだろ。俺、この後で上に掛け合ってみるよ」


 本人を他所に、彼らの話し合いは加速していく。

 ラムセスはそれを困ったような笑顔で聞き流すほかなかった。


 確かに、彼らの言っている事は正しい。

 最初から最後まで、貴族として…………というより、人として当然のことを述べているだけだ。


 それは善性から導き出された思考であり、いうなれば道理そのもの。


 だが、オリシス家にも事情がある。


 ラムセスはとにかく、彼らの興味が自分から離れる事を祈るほかなかった。




「ねぇ、きみ。少しいいかなぁ?」


 殆どの貴族が遠巻きにしている中、一人の男がラムセスに話しかけてきた。


「はい、なんですか?」


 ラムセスは横へと顔を向けながら、丁寧な口調で言葉を返す。


 そこにいたのは、優男風の一人の青年だった。

 黒髪を耳の下あたりで乱雑に切った、長いとも短いとも判断しにくい髪型。

 顔立ちは整っており、目尻が下がっていることから温和な印象を受ける。


 ラムセス同様に椅子に腰掛けているため、身長は殆ど分からない。


 体は意外にも引き締まっているため、それなりに鍛えている事が伝わってくる。


 糸目で分かりにくい視線をラムセスの上から下まで往復させると、その青年は口を開いた。


「きみがオリシス家のラムセスくんって本当? ほら、周りの人たちが口々に言ってるけども」


「はい、そうですよ」


 含み(・・)もない、単純に疑問に思ったのであろう問いかけに、ラムセスも特に取り繕うことなく答える。

 それを聞いた青年は片手を額に当て、ややオーバーな身振りをしながら言葉を続ける。


「あちゃー、じゃあ公爵家なのね? やっぱり言葉を丁寧に改めた方がいいかなぁ?」


「いえ、そのままでも大丈夫です。そちらの方が歳上ですし」


「そう? ありがとねぇ。ほら、やっぱりそういうの気にする人もいるわけじゃない? ぼかぁあんまり気にしない方なんだけど、やっぱり周りに合わせるって大切だし…………ねね、魔人と戦ったんだって? 怪我とかしなかった?」


「少しだけ傷が出来ましたけど、もう治ってますよ」


「いやぁ、よかったねぇ。や、よくないか…………やっぱり、怪我しないのが一番だよね。あまり無茶しないようにだよ、体が資本なんだから…………あ、ちょっと説教臭かったかな? 鬱陶しくてごめんね?」


「いや、あの、別にそんな事は…………」


「それにしても、聞いてた通りしっかりした子だねぇ。ぼくの弟なんてさ、体はデカくても小心者でさぁ。そこが可愛くもあるわけだけど、やっぱり男の子としてはどうなのって気にしてるみたいで」

「それで、貴方はいったい」


「あぁ、ごめんねぇ。まだ名乗ってすらいなかったねぇ? ぼくってお喋りっていうか、なんか会話のペースがずれちゃうみたいで。というか、話がずれちゃう…………みたいな?」


「は、はぁ…………」


 とろん、とした目つきと間延びした口調から発せられるマイペースな雰囲気に、ラムセスはやや押され気味になっていた。


 話の内容自体もやけにふんわりとしていて、その本質が掴みにくい。


 話が脱線しているのを自覚した上で、更に話が横にずれ込んでいく。


 ラムセスにとっては、この世に生まれ落ちて以降、初めて出会うタイプの人間だった。


 青年は首をやや曲げているため、目線は上の筈なのに妙に下から覗き込まれている感覚がラムセスを襲う。


 その姿勢のまま、青年は名乗るために口を開いた。




「ーーーーぼくは、バイオ・プロイズ。プロイズ伯爵家の長男にして、マスキン・プロイズのおにいさんだよ」


「えっ?」


 思わぬタイミングで出てきた知人ーーーー少し前に出来た友人(・・)の名前に、ラムセスも思わず他所向けの笑顔が崩れる。


 驚いた表情のラムセスを見て口角を少しだけ上げながら、青年は言葉を続けた。




「弟と仲良くしてくれてありがとうねぇ。きみのことはあの子から聞いてるよ、よろしくね?」


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