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Burned to the Sun


 ーーーーいったい、何が違うのだろうか。


 炎の蛇が舞い、水の飛沫が踊る。

 ラムセスが杖を振るだけで、サンリルオンの攻撃は全て無力化される。


 炎の赤と、水の青。

 相反する二つの力がぶつかり合い、しかし打ち消しあうことはなく、一方的にサンリルオンが押し負ける。


 手数で強引に互角に持ち込んでいるものの、ラムセスは一向に疲労を見せず、その奔流は衰える事を知らない。


 いくつもの分体を、無数の魔術を同時に操りながら、本体であるサンリルオンは上空へと退避し、対抗策を考えていた。


 ーーーーいったい、何が違うのだろうか。


 サンリルオンが模倣したラムセスの能力は、殆ど本体との差は存在しない。

 そしてラムセスの持つ魔術の才能は、火と水のどちらも拮抗するほどの高水準を保っている。


 サンリルオンはそれをとっくの昔に見抜いていた。

 誰よりも才能というものに憧れ、その背中を見続けてきた彼女だからこそ、正しくラムセスを評価できていた。


 そのラムセスの力を真似て、しかも数の優位すら得た上で、それでもラムセスに押し負ける。

 そんな結果を、サンリルオンは理解できなかった。


 火と水に優位性は存在しない。

 水は火を消すことができるが、火は水を蒸発させることが出来る。

 蝋燭を消すにはコップ一杯の水で十分だが、山火事を消すには何回コップの水を集めても足りないだろう。


 ならば、純粋に出力の大きな方が勝つ。


 それは自然な事だし、力のぶつけ合いとは即ち出力の押し付け合いなのだ。


 サンリルオンは知っている。

 ラムセスは火の魔術を得意としているが、それと同じくらい水の魔術の才能を有している事を。


 だからこそ、火が効かないなら水で。


 そう考えたからこそサンリルオンは分身を複数用意し、力押しを試す事にしたのだ。

 しかし、その結果は悲惨なものだった。


 どれだけの数を用意し、どれだけの力を注いだとしても。


 ラムセスの操る炎を、消すことが出来ない。


 それどころか、数で勝っているサンリルオンの方が徐々に押され始めている。


 注意深くラムセスを観察しても、爆発的に火の魔術の才能が開花したという訳ではないのが分かるのみだった。


 だからサンリルオンには分からない。


 どうして勝つことが出来ないのか、どうして押し負けるのか、どうして殺せないのか。



 ーーーー分からないなら、分かるまで見ればいい・・・・・・・・・・


 理解できないなら、理解できるまで。

 知らないのなら、知るための時間を稼ぐまで。


 何度でも戦い、何度でも攻撃を受け、何度でも分析を試みる。

 それこそがサンリルオンの選択であり、今まで繰り返してきた事だった。


 標本サンプルが足りないのなら、体を張って集めればいい。


 戦いが長引くことは、サンリルオンにとってプラスではない。

 仲間・・が稼げる時間にも限界があるだろうし、邪魔者が現れる可能性もある。

 だが、決してマイナスでもない。


 どれだけ強くとも、ラムセスは人間なのだ。

 戦えば疲れるだろうし、疲れれば動きが鈍る。

 集中力だって無限ではない、力の源だって枯渇する事もあるだろう。


 そう、人間・・ならば。


 だとすれば、それはサンリルオンには適用されない。

 疲れなど、人間をやめた時から一度も感じた事はない。

 睡眠をとる必要もない、食事をとる必要もない。


 そんな生きている者だけの生理的反応に、サンリルオンは縛られない


 だからこそ、諦めない限り・・・・・・

 最後に立っているのは、サンリルオンなのだ。


 それだけは譲れなかった。

 死んでも死に切れなかったからこそ、彼女はここに立っている。

 人間である事をやめ、人でなしになったとしても、自分の求めるものを追い続ける。


 それは、彼女だからこそ。

 人をやめたからこそ得ることが出来た、彼女だけの存在理由。


 心の内側から湧き立つ嫉妬心・・・を抑えながら、彼女はラムセスを観察し続けていた。



(一度も…………そう、たった一度でも)


 堰きとめられていた流れが決壊するかのように、それは起こった。

 サンリルオンの分体のうちの一つが、炎の蛇に飲み込まれる。

 均衡は崩れ去り、状況はラムセスへと大きく傾いた。


(たった一度でも、失った事はあるの?)


 ラムセスと同じ顔をした紛い物が、次々と炎に変換されていくのを、彼女は黙って見つめていた。

 激痛に身をよじらせ、抵抗すら許されず捕食されていくのを、他人事のようにただ見ていた。


(妥協した事は? 諦めた事は? 傷ついた事は? 否定された事は?)


 分体が分体を産み出し、失った戦力を補充する。

 お互いの隙を補い、全力で相手を打倒せんとする。

 一見してキリが無いような、永遠に続くとすら勘違いしそうな戦法。


 しかし、それでもラムセスには届かない。

 単純に、次の行動に移る速度で追いつくことが出来ない。


(ないでしょう? 産まれた時から恵まれて、生きているだけで愛されて、努力するだけで報われてきた貴方には、そんな痛みを感じた事なんて、一度もないのでしょう?)


 産み出されては殺されていく、ラムセスの姿の劣化品を他所に、サンリルオンはラムセスの持つ杖を観察していた。


(私は、失うことすら許されなかったというのに。失うための物すら、手にする事は出来なかったのに)


 ラムセスが勢いを取り戻す契機となった、炎が固まって出来た不可思議なアイテム。

 そこに、今のラムセスの力の理由が存在している事は明らかだった。


(そんな痛みすら経験した事のない貴方に、私が負けるなんて…………絶対に認められない!!)


 サンリルオンの本体が、変化を始める。

 それは、今まで見せたような分かりやすいほど大きなものではない。


 たった一つだけ力を手に入れるための、ごく小さな変化。

 しかしそれは、今までの何よりも遥かに大きく力を消耗するが故の、最後の手段。


 彼女の左目が真っ赤に染まる。

 それは痛みを伴う、今の彼女の身に余る特別な瞳。


 目に映したものを解析する、「ア■タ■の瞳」。

 とある魔人から模倣した、サンリルオンの力の精度を高める最高の道具。


 それを用いて、サンリルオンはラムセスの杖を見つめた。


(貴方の未来をわたしが奪ってあげる。だから貴方は安心して、此処で死んでいいの…………貴方に、わたしが敗北を教えてあげる!!)



 瞳が力を発揮し、ラムセスの持つ「ヴィジャトの眼ヴィジャト・サードアイ」を映しだす、

 それは物理的な表層を貫き、もっとずっと奥へと進んでいく。


 力の流れを辿り、その源へと進む。

 彼女の見る世界が移ろい、中心へと侵入する。


 その時、彼女の中には確かな喜びの感情が宿っていた。


 未知を既知にし、それを自らのものとして習得する。

 誰も辿り着けない場所へと進み、侵し、支配する。


 それは降り積もった雪の上に足跡を付けるような、純粋な欲望から産まれた愉悦。

 奪われる側ではなく、奪う側であるからこそ手に入れることが出来る、満たされる感動。


 だからこそ、彼女はそれから逃れる事は出来なかった。



「…………えっ?」


 サンリルオンの目の前に、一人の女性が立っていた。

 慌てて周囲を見渡した彼女は、自分が見知らぬ空間に立っている事に気がつく。

 四方を壁画で囲われた、広く大きい部屋の中。


 そんな場所にいるという事実に、彼女は一瞬だけ意識を奪われてしまった。


 目の前の女性が手に持った杖を構えるのを見て、慌てて力を使用する。


 慣れ親しんだ感覚と共に、体が変化を始めるーーーー。



『無駄ですよ』



 ーーーー事は、なかった。


「え、え? 私の体が、どうして、嘘、なんで…………?」


 生まれ持った・・・・・・力を振るう事が出来ず、サンリルオンは更に狼狽する。

 そんな彼女に、フードを被った女性は語りかけた。



『此処は我が王の神殿、汝のような不躾な侵入者は決して許される事はなく、その不敬は罰をもって償われる』


 女性が持つ杖が光を放ち、炎を産み出す。

 それを見たサンリルオンは全てを悟ったのか、その女性へと殺意の篭った視線を向けた。


「あなた…………あなたが、おうさまに力を与えたのね!! あなたが!! わたしとおうさまの邪魔をしたのね!!」


『それは違います。わたしは元々我が王の力であり、汝が居たからこそ目覚めたのです。ゆえに、汝が我が王の前に敗北する事は、既に決していたのですよ』


「何を意味の分からない事を! ピンチになったから力が目覚めたって、負けそうになったから強くなったって…………そう言いたいの!? そんな、都合のいい事が…………たった一人に都合のいい事が、あって、あってたまるものですか!!」


 まるで子供が駄々をこねるように、目の前の現実を否定するサンリルオンを、女性は冷たい眼で見つめる。


 そして、これ見よがしにため息を吐いた。


 サンリルオンがピクリと眉を動かし、負の感情を強めて女性を睨みつける。

 冷静さを取り戻し、口を開く。


「まぁ、いいわ…………こうして目の前に出てきた以上、わたしに奪えないものなんてないの。どうせ此処は精神だけの世界だとかなんだとか言うのでしょう? だったら元の場所に戻ってから、あなたの力を真似すればいいだけーーーー」


『まだ、分からないのですか?』


 サンリルオンの言葉を遮り、女性は自身のフードを片手で上げる。


 訝しげな視線を向けていたサンリルオンは、それを目撃した瞬間に、顔を強張らせた。

 指を向け、震える声で女性の名を口にする。


「あ、あ……あなた、あなたもしかして……ベ」


『あなたに訪れる終幕は、全てが自業自得に過ぎません。その醜い嫉妬心が産み出した欲望が、悪意が招いた悲劇が、全て因果となって翻り、あなたの破滅を招くのです』



 驚愕するサンリルオンの言葉に重ねるようにして、女性は彼女の罪を告発する。

 その瞳は赤く輝き、獲物を逃がさんと睨みつけていた。


 杖を向ける女性から、サンリルオンは逃げ出す事が出来なかった。

 自身に向けられる濃厚な殺意を前にして、生存本能が警告を鳴らす。


 人としての名前すら失った彼女は、既に死んでいるというのに。



『一応礼を言っておきましょうか。あなたのような醜悪な存在がいたからこそ、わたしは目覚め、あの方の力として腕を振るう事ができる。それだけは、感謝していますよ。ええ、本当に』


 女性ーーーーヴィジャトの眼が開かれ、サンリルオンの精神は炎に包まれた。


「や、やめーーーーーー」


『さようなら。愛されることを知らず、誰かを愛することもなかった哀しき命よ。汝の魂は、二度目の死を迎えてこそ許されるでしょう』



 サンリルオンは少しでもヴィジャトから離れようと、一歩後ろに下がった。


 そして、足を踏み外して落下していく。


「あっ、あぁ…………や、やめて! わたしを殺さないで!! やだ、やだよ!! だって、だってまだーーーー」


『何を言うかと思えば』


 炎に巻かれながら、意識の底へと落ちるサンリルオンの耳元に、ヴィジャトの声が届く。



『あなた、とっくの昔に死んでいるじゃありませんか』




 突然叫び声をあげたサンリルオンが、空から地面へと落下していく。

 ラムセスはそれを目撃しながら、急な出来事に困惑を隠せなかった。


 数体残っていた彼女の分体は、その全てが塵へと代わり、跡形もなく消えた。


 突如訪れた、最高の好機。


 目の前の魔人を屠る機会を得て、ラムセスはそれでも動く事はなかった。


「なんだ、いったい何が」


 そんな彼の背後から一匹の炎蛇が飛び出し、サンリルオンへと向かって体を突き動かす。


 ラムセスは何も命令していない。

 勝手に動き出した炎蛇、つまりそれは。


「待て、ヴィジャト! 様子がおかしい!!」


 ラムセスの言葉にも反応せず、ヴィジャトと呼ばれた炎蛇は一瞬のうちにサンリルオンへと切迫する。


 落下地点に先回りし、牙を剥いて待ち構える。


 サンリルオンは気を失っているのか、炎蛇に対応するどころか、受け身一つとる気配すら見えない。


 サンリルオンとヴィジャトの距離が急激に縮まりーーーー。



 闘技場に、炎が弾ける。

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