↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/87

Born from burning, eat blaze

 それは、貪欲に餌を求める。


 最初に動いたのは、意外にもベンニーア(バンシー)だった。


「『ずるい』『ゆるせない』『返して』」


 それまで亡霊のように揺蕩っていた彼女は、今までの戦闘で見せた動きよりも遥かに素早く宙を駆け、口から炎を吐きつつラムセスに切迫する。


 炎は再び魔物となり、彼女を先行してラムセスへと殺到した。


 ラムセスは動かない。

 動く必要がない(・・・・・)のだ。


 自身に迫る炎を見据え、杖で地面を一度突く。


 金属音が鳴り、反響するように空気を震わせる。

 その波に触れた魔物達は、まるで時が止まったようにその場に固定された。


 それを一瞥したラムセスは瞳を閉じて口を開くと、一言だけ呪文を唱える。


「『開眼せよ』」


 杖の宝玉が重低音を響かせ、色を変える。


 真っ赤な球体の中心に黒の雫が零れ落ち、一瞬で内部を満たし、黒眼のような小さな球体を生み出す。


 それは辺りを見回すように宝玉の内部を移動すると、魔物へと視線を定めた。


『…………ァ』


 炎が分解される。


 人型となった魔物はその端から塵のように崩壊を始めると、ただの熱となった。


 それらは全て宝玉の中心へと飲み込まれ、この世界から消え去る。


 獲物を食らった宝玉はさらなる餌(てき)を求めて視線を動かすと、魔物と同じように空中で固定されたベンニーア(バンシー)を見据えた。


 拘束に抵抗しているのか、宙に浮いたまま振動するように体を揺らすベンニーア(バンシー)。

 その体から吹き出る炎は、風もないのに全てがラムセスの方へと揺らめいていた。


 そして、宝玉が再び動きを見せようとした時、突然ベンニーア(バンシー)がその視線の先から姿を消した。


 それにも慌てる事なく、宝玉の眼は周囲を見渡す。



 スカートの下から無数の腕を生やしたサンリルオンが、ベンニーア(バンシー)と同じように空中で佇んでいた。


 その腕は束になってラムセスとの間に壁を作ると同時に、何本かを自らの影へと突き入れ蠢かせている。

 サンリルオンが影から腕を引っ張りだすと、その先にはベンニーア(バンシー)が捕まれていた。


 ベンニーア(バンシー)は静かに自分の両手を動かすと、体を自由に出来ることを喜ぶように炎を滾らせる。


 そして彼女は再び、ラムセスへと向かって駆けようとしてーーーー。


「まって、それはダメ」


 サンリルオンが伸ばした腕に捕らえられ、彼女の元へと引き寄せられた。


 ベンニーア(バンシー)は首を動かし、目隠しで遮られた視線をサンリルオンへと向ける。

 そして、「なぜ?」と問いかけるように首を傾げた。


 そんな魔人二人の、ある意味隙とも取れる様子を伺いつつも、ラムセスはその場から動かない。

 閉じた瞳すら開かず、ただ黙して待ち受ける。


 サンリルオンは下半身から伸ばした腕のうち一本を動かし、指を立ててラムセスへと向ける。


「『太陽よ』」


 その指先から熱線が放たれ、ラムセスへと迫る。


 確かに彼を撃ち抜く筈だったその攻撃はしかし、先ほどと同じように無力化される。

 熱線の軌道が突然歪曲すると、その先端から杖の宝玉へと飲み込まれ、そして消滅したのだ。


 サンリルオンは複数の腕を同時に操り、それぞれの人差し指をラムセスへと向けると、続けざまに熱線を放つ。


 そのどれもがラムセスへと迫るが、直撃する寸前で宝玉へと飲み込まれ、無力化される。


 それを知覚したサンリルオンは目を細めると、上半身の二本の腕でベンニーア(バンシー)を抱きすくめて、そのまま落下する。


 地面へと着地し、そして更にその下へと進み続ける。


 影に飲み込まれ、その場からサンリルオンが消えた。


 それを眼(・)で見ていたラムセスは、そこで漸く瞳を開いた。

 宝玉の中の黒い球体が縮小し、その役割を停止する。



 ラムセスは周囲を警戒しつつ、杖で地面を二回叩く。


 地面に触れている杖先から火花が散り、火となり、燃え盛って炎へと転する。


 その炎は生き物のようにうねり、勢いを増して彼の周囲を埋め尽くす。


 何本もの火柱が立ち上がり、その間を炎の波が旋回する。

 地面がひび割れ、マグマのように熱が噴き出す。



 そして、その炎(・・・)がサンリルオンの腕を焼いた。


「きゃっ!!」


 いつの間にかラムセスの背後にいた彼女は、炎に焼かれた腕を切り離す(・・・・)と、再び影の中へと姿を消す。


 その間もラムセスは炎を止めずに範囲を広げ、絶えず動かし掻き立てる。

 演舞の如き炎がラムセスへと集い、束ねられ、相互に力を強め合っていく。


 サンリルオンがラムセスから離れた位置に出現した時には、それは既に十数メートルもの高さを誇る柱へと姿を変えていた。



 ラムセスはそこから更に一度、杖を鳴らす。


 炎柱が枝分かれするように花開き、其々を蛇の頭部へと変化させ、何匹もの大蛇が形作られた。


 それらはラムセスが最初に見せた蛇よりも大きく太く、一匹一匹が威迫を伴って威嚇行動を取る。

 口を開き、舌を出し、鎌首をもたげて敵を見やる。


 炎蛇はラムセスの周囲を旋回し、蜷局を巻くようにしてその体で壁を作る。

 幾重にも重ねられた炎が、さらなる勢いを伴って辺り一帯の温度を上げる。


 それはまるで、炎で出来た嵐のようだった。


 ラムセスはそれを何でもないかのように、全く負担にも感じていないように操る。


 彼はいま、これまでの人生の中で最も深く(・・・・)炎を理解していた。


 掌の中を風を掴むように、水面に波紋を立てるように。

 炎に息を吹きかけ、その行く先を変えるように。


 それを操ることは容易かった。



「『追え』」


 ラムセスが命令する。

 嵐の中より炎の大蛇が姿を現し、サンリルオンへ向かって飛びかかった。


 巨体に見合わぬ素早さを発揮し、頭部は直線に、体は波打たせて前へと進む。


 サンリルオンはそれを防ぐべく、地面を蹴って浮上する。


 スカートを両手でたくし上げ、その奥の闇から無数の腕を出現させる。

 その数は戦闘開始の頃よりも遥かに多く、彼女が本気を出していなかった事を、ラムセスは理解した。


 腕がひしめき合い、濁流のようにお互いを押しのけて前へと進む。

 それと並行してそれぞれの腕同士の境目が目に見えて減少し、やがて一本の巨大な腕(・・・・・・・)となる。


 大きさも太さも、炎蛇とほぼ同等。

 掌を見せ、炎蛇を迎え撃つ。


 相対的に速度が上がり、炎蛇と巨腕が交差する。


 そこでサンリルオンは、疑問に首を捻った。


「…………あつく、な、い?」


 炎蛇は間違いなく巨腕に絡みついており、その体をくねらせ強く締め付けている。


 それにも関わらず、彼女は全く熱さを感じていなかった。

 それどころか、炎蛇は実体を持っている様子であり、巨腕が胴を掴む事で動きを封じることが出来ている。


 鱗のような感触が直に伝わり、サンリルオンは興味深そうに腕を動かす。


 そして、それは好都合というもの。


 彼女は下半身から追加で大量の腕を生やすと、束ねて二本目の巨腕を作り出す。

 サンリルオンはその腕を伸ばし、両腕で炎蛇を引き千切ろうとしてーーーー。



「ーーーーっ!!!」


 突然腕を襲った尋常ではない痛みに、体を震わせた。

 自然と肉体は反るように曲がり、顔が上を向く。


 真空で引き裂かれた時よりも、熱線で焼き尽くされた時よりも。


 遥かに苦しく、痛みを伴う攻撃。


 硬直しそうになる体を無理やり動かし、痛みの原因へと視線を向ける。



 炎蛇が、巨腕に歯を突き立てて(・・・・・・・)いた。



 深々と食い込んだ牙から、炎の雫が巨腕に注ぎ込まれていく。

 サンリルオンは咄嗟に、巨腕を自切して分離させた。


 そして、それは正解(・・)だった。


 炎蛇に噛み付かれた腕は、その傷口から炎へと変換(・・・・・)され、炎蛇の口の中へと吸い込まれていく。

 その現象はサンリルオンの目の前で加速度的に進行し、全てが炎へと変わる。

 炎蛇はそれを啜るように捕食し、呑み込む。


 全てを取り込んだ炎蛇は一回り大きくなり、その目をサンリルオンへと向け、舌をチラチラと動かした。


 サンリルオンの背筋を、冷たい何か(・・・・・)が伝っていく。

 それが捕食される者の恐怖であると、彼女は気が付いているのだろうか。



 炎蛇は再び首をうねらせると、一気にサンリルオンへと飛びかかる。


 神経を燃やし尽くすような痛みは無くなるも、ショックを受けた肉体は思うように動かない。


 ならば、と。

 サンリルオンは背中から、もう一人の(・・・・・)サンリルオンを生やす。


 その分身は地面に降り立つと、元となった個体と同じようにスカートをたくし上げ、同じ手順で二本の巨腕を生やし、炎蛇を迎え撃つ。


 その間に本体は更に後方へと距離を取ると、次の対抗策を考え始める。

 時間は分身が稼ぐはずだ。


 ならば、今のうちにラムセスの力を分析してーーーー。


 彼女のそんな考えは、一瞬で前提から崩壊した。



 分身が伸ばした両腕が炎蛇に接敵しようという瞬間に、炎蛇は頭部の先端から真っ二つに(・・・・・)体を裂くと、その左右を再生して二又の蛇(・・・・)へと姿を変えたのだ。


 一歩反応が遅れた分身の両腕が、それぞれの頭部によって噛み付かれる。

 そして分身は、本体がそうしたように体を痙攣させると、指先から一瞬で全身を炎へと変換され、二つの頭に啜られ消滅した。


 それを目撃したサンリルオンは、悟らざるを得なかった。



 今のラムセスには、魔人二人はすこぶる(・・・・)相性が悪い(・・・・・)。


 原理は不明だが、今の彼にはどんな炎でも吸収する(・・・・)力が宿っている。

 この時点で、ベンニーア(バンシー)の全ての攻撃行為が無力化されたも同然だ。


 ベンニーア(バンシー)は炎の肉体を持ち、炎で出来た魔物を生み出す能力を持った魔人。

 その本領は物量による殲滅戦であり、それほど特化した性能ではないのだ。


 突出した個人を相手する時は、遠距離から相手が疲弊するまで魔物を襲わせる他ない。

 しかし、それが通用しないラムセス相手には、全くもって戦力にならないだろう。


 あの炎蛇が炎を喰らい、一回り大きくなったのを見る限り、下手をすればラムセスを強化している可能性すらある。


 何より厄介なのは、あの炎蛇の攻撃だ。

 炎を吸収するだけならば、まだ理解できる。彼の持つ魔術で説明がつけられる領分であるし、危機に晒されて腕が成長したとしてもおかしくはない。


 しかし、あの炎蛇は明らかに別だ。


 サンリルオンは、今まで色々な力を持つ相手と相対してきた。

 その中には、今のラムセスのように不可思議なものを持つ者もそれなりにいる。


 しかし、それは彼らが人ではなかった(・・・・・・・)からだ。


 強力で特別、それは全て普通の人間ではないからこそ手に入れる事ができる。


 獣人や、魔物や、あるいは魔人。

 そして、魔法使い。


 一体、ラムセスの正体は何なのであろうか。


 炎を物質的なものへと変え、物質を強制的に炎へと変える(・・・・・・)。


 それは一体、どんな力なのだろうか。


 何と引き換え(・・・・・・)にすれば、手に入れる事が出来るのであろうか。



 サンリルオンの相手を分析する力が、沸騰しそうな思考とは相反して状況を冷静に判断する。


 サンリルオンは長らく感じていなかった『怒り(・・)』という感情に飲まれそうになっている事を自覚していた。


 先程までは、明らかに有利だったのだ。


 邪魔な魔術師も脱落させ、ラムセスは失意に沈んでいた筈なのだ。

 あとはサンリルオンが命を奪い、魔人へと生まれ変わらせる(・・・・・・・・)。


 それで全てが終わる筈だった。


 しかし、あの杖が出てから一気に戦況が変わった。


 折角用意したベンニーア(バンシー)は役に立たず、サンリルオン自身も思うように戦う事ができない。


 そして何より、この力を聞いていなかった(・・・・・・・・)事が、彼女を苛立たせていた。


 ラムセスの事は、仲間から聞いていた。


 優秀な魔術師であり、大きな志を持つ者であり、やがて魔人達の王(・・・・・)となる。


 そんな人物がいると聞いたからこそ、サンリルオンは徒党に加わり、計画に参加したのだ。

 その際、ラムセスについては一通り説明を受けていた。


 それはサンリルオンも羨むような人生を送っていて、間違いなく彼女の好みに一致した人物だった。


 しかし、これは聞いていない(・・・・・・)。


 こんな力があるなんて、聞いていないのだ。

 そんな理不尽は、許せない。



 サンリルオンの目の前で、最後の分身が飲み込まれる。


 思考している間に時間稼ぎのために生み出したそれらは、全てが炎に変えられ、捕食された。


 そして炎蛇はその頭数を増やし、闘技場内を埋め尽くすように隙間なく展開されている。


 サンリルオンはラムセスへと視線を向けた。


 彼女は肉体を変化させるという特性上、攻撃手段のほとんどが直接的な接触を伴ったものになる。


 まだ見せていない手札は幾つも存在しているが、その中から遠隔攻撃に絞るとなると、大分数を減らしてしまう。


 ならばーーーー。


 サンリルオンは舌で口元をひと舐めし、笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。