Spiritual awakening
そして、目覚める。
「ちょうどいいから、その子も一緒に殺してあげる。守れなかった無力感を元に、絶望しながら私達になっちゃえ!!」
顔の右半分をラムセスのものに変えたサンリルオンは、その変化した境界から血管を浮かび上がらせながら叫ぶ。
彼を模した事で少し小さくなった指先を向け、その先から魔術を放つ。
ラムセスが何度もサンリルオンへ打ち込み、そして彼女が何度も受け入れた、彼の力。
それを用いてラムセスの命を奪おうという瞬間は、サンリルオンにとって絶頂にも似た快感を彼女へと与える。
恍惚とした笑みを浮かべるサンリルオン。
その攻撃がラムセスへと迫り、そしてーーーー。
「ーーーーーーーーえっ?」
ラムセスにあたる直前になって、突如霧散するように無力化される。
それはサンリルオンが見た事のない現象であり、それ故に彼女は目を見開いて驚愕した。
彼女の使用している魔術とは、あくまで現象を模しただけの贋作に過ぎず、それゆえに本質的には別物である。
同属魔術障壁の防御は適応されず、ラムセスが魔術を行使して熱を完全に分散させでもしない限りは無力化される事はない。
今のラムセスの力量では、弾く事こそ可能であれ、霧散させるのは不可能に近い。
そしてサンリルオンの攻撃は、このタイミングでは明らかに塞ぎようのないものだった。
ラムセスの思考や力を学習していたサンリルオンは、それを誰よりも正確に理解していた。
だからこそ、彼女は動揺を隠せない。
ラムセスの力の程度を見切ったと思い込んでいた彼女にとって、未知の力とはそれだけで心を揺さぶる要素となりえる。
思わず元の少女の姿をとった彼女の目の前で、ラムセスがゆらりと立ち上がった。
彼は自分の両手を見つめると、確かめるように何度か握っては開くを繰り返し、そしてその視線をサンリルオンへと向ける。
戸惑いつつも確かな意思を持ったその瞳を目にしたサンリルオンは、殆ど反射的に目を逸らす。
そして一呼吸置くと、もう一度ラムセスへと目を合わせる。
まだ知らぬ力を隠していたラムセスを見つめ、彼女は再びこう思った。
“欲しい”、と。
その正体を暴き立てるため、そして好奇心を満たすため、サンリルオンは先頭を一旦やめ、ラムセスへと問いかける。
「おうさまったら、まだ力を隠していたのね? まったく、いけずな人なんだから。ふふ…………でも、許してあげる。だから、もっともっとあなたの事を教えて? 私、もっとおうさまの事を知りたいな?」
「いや、隠していたっていうか…………僕も今さっき知ったというか…………」
何処か煮え切らない態度のラムセス。
彼の声は呟くようなそれであり、サンリルオンの元へは届かない。
サンリルオンは首を傾げ、口元に指を当てて疑問を漏らす。
「…………? なんて言ったの? 声が小さくて聞こえないわ」
そんなサンリルオンをよそに、ラムセスは自身のマントを取り外すと、倒れ伏すホルスの体を包み込む。
そして一歩前へと進むと、サンリルオンへと明確な敵意を向け、言葉を返した。
「君を、倒すと言ったんだ」
その挑発を受けたサンリルオンは、湧き上がる感情を抑えるように、両手で体を抱きしめる。
背筋からゾクゾクと登ってくるそれは、隠し切れないほどの「歓喜」。
ラムセスという個人が、絶望的な状況でも全く諦めていない事を悟り、どうしようもなく体が喜びを感じているのだ。
だって、その方がーーーー。
「素敵…………素敵ステキすてき!! その自信は何処から湧いてくるの!? さっきまで全く手も足も出なくて、唯一の仲間は盾になって気絶して、全く何処にも…………これっぽっちも希望なんて持てない筈なのに、どうしてそんなに抗えるの!? 教えて……知りたい! あなたを知りたいの!! 安心して! ちゃんと心を折ってあげるから! 抵抗する心が強いほど、より深い絶望が与えられるのよ!!」
「ああ…………教えてあげるよ」
サンリルオンの期待に応えるように、ラムセスは更に一歩進む。
体は疲労を訴え、魔力が尽きかけた事で目眩が襲いかかる。
しかし、ラムセスは全くと言っていいほど、負ける気がしなかった。
手に入れた力を、そして、自身の勝利を信じていた。
「君はいま、僕に問い掛けたよね。どうして抗えるのか、って…………」
ラムセスが、何かを伝えようとしている。
それを察したサンリルオンは、余計な言葉を挟まず、ただそこに立ち塞がる。
ラムセスが方腕を前に突き出す。
そして、彼の周囲の温度が急激に上昇し、何処からともなく炎が現れ、彼とホルスを守るように円を描く。
離れたサンリルオンが明確に知覚できるほどの熱を放ちながら、それはラムセスやホルスを傷つける事はない。
それは、彼がより深く炎を理解しているから。
そして、彼女が憑いているから。
炎は天に昇るように螺旋を描き、その形は徐々に輪郭を帯び、やがて一つの姿を世に見せた。
それは、炎で出来た巨大な蛇。
彼女は威嚇するように魔人へとその牙を剥き、口から火を吹いて叫び声をあげる。
その姿を視認したサンリルオンは、自身から少し離れた場所にいるベンニーアへと視線を向けた。
炎の蛇、それは彼女が決闘で見せた技。
何故、と。
サンリルオンは戸惑いを胸に、友達を見つめた。
しかし、当のベンニーアは全く反応を見せず、うわ言のように嘆きを繰り返すのみ。
自分から目を逸らしたサンリルオンを咎めるように、ラムセスは大きく叫び声をあげた。
「サンリルオンよ、聞くがいい!!」
サンリルオンはその声につられ、ラムセスへと視線を戻す。
ラムセスはそれを確認すると、言葉の続きを口にする。
「何故抗えるのか、それは愚問である!」
決意を胸に、覚悟を言葉に。
その想いを確かめるように、世界に向けて高らかに宣言する。
そう、自ら背後を塞ぐが如く。
「僕は太陽の化身! 人々の明日を照らし導き、やがて王として君臨する者!!」
「その輝きは決して曇ることなく、王道を遮ることは誰であろうと許されない!!」
「ここに宣言してみせよう!! 全ての運命を打ち砕き、全てを我が手中に治めてみせると!!」
ラムセスの脳裏には、先程までの二人のやりとりが浮かび上がっていた。
『力を求めるのであれば、その時は……どうか、わたしの名を呼んでください』
『君を…………?』
『ええ、貴方様が渇望するほどに、わたしの炎は強く気高く燃え上がり、その力を世に示す事でしょう。貴方様が求めてくれるのならば、わたしは…………その想いの丈に応えてみせましょう』
『我が力は汝の渇望、そして我が願いは汝の勝利であるが故に』
力を誇示するように、自らを誇るように、心に浮かび上がったその名を叫ぶ。
「来たれ、満ちては欠ける月の象徴!! 始まりを告げる炎の蛇よ!!」
彼女の咆哮が彼の叫びに応え、二つの声が重なる。
『ヴァジャトの眼』
炎の大蛇が太陽を仰ぎ、天に向かって吼えたてる。
それを契機に、彼女の姿は再び炎へと戻り、逆巻きに渦巻いて、ラムセスの手元へと収束する。
いや、それだけではない。
ベンニーアによって産み出された炎の人型が叫び声を上げると、瞬く間にその姿を失い、唯の炎となってラムセスの元へと殺到する。
闘技場を照らす松明の炎も引き寄せられ、その場に存在する全ての炎が、彼の手元に吸い込まれる。
「な…………に、それ! そんなの知らない!! そんなの、聞いてない!」
ラムセスから立ち上る気炎、圧倒的な存在感を感じ、サンリルオンが悲鳴をあげる。
ベンニーアは流れに逆らい、引き寄せられる体をその場に止める事で精一杯だ。
予想もしなかった現象に、サンリルオンは思わず反射的にラムセスへと熱線を放つ。
しかし、それは悪手だった。
放った力は唯の熱に分解され、他の炎と同様にラムセスの手元へと引き寄せられる。
どうにかして、アレを止めなくてはならない。
それが分かっていても、既に手遅れだった。
サンリルオンの中で、人を辞めた時に失った筈の何かが叫び声を上げた。
それは、最も原始的な生物の本能。
生きているかも定かではない魔人の、その胸の奥に残された最後の人間らしさ。
長らく感じる事のなかったその感情の名は、恐怖。
彼女はその感情に戸惑い、心を蹂躙されていく。
そして、全てが終わった時。
ラムセスの手の中には、一本の杖が握られていた。
長さはラムセスの背丈よりやや短い程度であり、彼には不釣り合いな規格であるのにも関わらず、不思議と均衡が取れていることを感じさせる。
その先端は異色の細工を施され、金属によって形作られたコブラが大口を開けている。
その口の中には拳大ほどもある赤い宝珠が埋め込まれており、反射された光が陽炎のように揺らめいている。
ラムセスはその杖を目の前で一回転させると、末端を地面へ突き刺すようにぶつけ、金属音を響かせた。
ラムセスは大きく息を吐き出し、二人の魔人を睨みつける。
まるで蛇に睨み付けられたかのように、彼女達は動けなかった。
「これが王の力! 今こそ、その神威をお前達の瞳に焼き付けてみせよう!!」
再び、戦いの幕が上がる。
嘆くことも、悲しむことも、諦めることも。
それは、貴方には似合わない。
全てを求めて、全てに勝利し。
そして最後に、全てを取り戻せばよいのです。




