拝啓新たなる世界へ、楽園より力を込めて
「全てが欺瞞だ! 王も! 神も! 嘘偽りなのだ!」
楽園の門の前で、その男は叫んだ。
「死者の書」を信じぬ者、「異端者」だ。
すぐさま門番の役割を持つ「従者」がその男を取り押さえ、顔を地面へと押し付ける。
ジャッカルはその獣相に怒りの感情を滲ませ、吐き捨てるように警告する。
「貴様! それ以上口を開くな! 我らの王に対する侮辱は許しておけぬ」
男は血走った目を周囲へと走らせ、自らの主張を声高に叫んだ。
「死者が帰ってくることなどない! 王が真なる神となり、力を得たとしても! 暗黒の時代が訪れるだけだ! 目を覚ませ! 彼の者が私たちに何をしてきたのか! 知らぬわけではなかろう!」
その言葉にジャッカルは激昂し、男の腹を蹴り上げる。
「その口を閉じろというのが分からぬのか! …………貴様は、試練を乗り越えられなかったのだろう? 証を所持していないようではないか、この未熟者めが! 我らが王にその責任を押し付けるとは、つくづく愚かな男だ。貴様のような者は我らの楽園に入る資格はない! さっさと去ね!」
騒ぎを聞きつけた「守護者」が降り立ち、倒れ臥す男を持ち上げた。
そのままスフィンクスは空へと羽ばたき、楽園アアルから離れ、暫く飛んだ場所で男を手放した。
「おおおおおおお! 『不死王』の統治に災いあれ! 人の未来に光あれ! 神などおらぬ! 死など恐れぬ! 真実の前に全ての欺瞞は覆されるであろう!!」
それが男の最後の言葉となった。
逆さまに地面に激突した男の頭部は破裂し、その四肢からは力が抜けていく。
そのまま魔物になることもなく、男は人生を終えた。
「愚かな男よ。素直に恭順の意を示せば、我らが王にその命を召し上げられたものを」
スフィンクスはそう吐き捨てると、楽園の門を飛び越え、アアルの中へと戻った。
男の命がけの訴えを目にした人々は、次々に男への非難を始める。
「異端者が…………我らの信仰を邪魔しようなど、許されぬことだ!」
「なんと醜い魂よ…………真実の神の裁きを受け、その穢らわしい身魂を断罪されるであろう」
質素な布を身に纏った彼らは修練者。
「不死王」とそれに連なる神の試練を受け、やがて楽園へと至らんとする者たち。
「不死王」が王国を下し、神と名乗る存在と多くの魔人による統治を始めてから、幾年の月日が過ぎ去った。
「不死王」は自らをファラオと名乗り、その権能を用いて「神」という存在を作り出した。
彼の唱えた「死者の書」は既に人々の心を捉え、その信仰によって死から復活せんと、人々は日々鍛錬に励んでいる。
いつかファラオにその魂を召し上げられ、彼の者と共に永遠へと辿り着くためだ。
しかし、中には先ほどの男のような神をも恐れぬ蛮行を為す者もいる。
ファラオの統治を拒み、人の身でありながらその威光に逆らう愚かな者たち。
ファラオの配下はその一体一体が、かつて英雄として讃えられた強者であり、ファラオの権能によって人を超越した魔人。
そしてその上には神が存在し、常にその目を光らせて人々を監視している。
やがて、全ての人類がファラオの足元に屈するだろう。
そして、それは時間の問題だ。
人間の勇者として讃えられていた者は、その殆どがファラオの配下となった。
それ以外の者たちも冥府へと送られ、既にこの世には存在していない。
ファラオがその力を示した日。
世界は朽ち果て、その大地の八割が砂漠になった。
そして、その砂漠には幾千幾万もの魔物達が徘徊しており、人々が住める場所ではなくなっている。
この楽園「アアル」とその周辺のみが、人が命の危険を感じずに生きて行ける最後の場所。
生き残った人々はファラオの寵愛を受け、楽園へと導かれる事のみを考え、試練を受ける。
人の世は終末を迎えようとしていた。
そして、それこそがファラオの望みだった。
ファラオが人々の最後の抵抗を蹴散らした事により、世界そのものが歴史に介入し始めたのだ。
「ふむ、やはり余の想像通りの結末となったか」
黄金に彩られた神殿。
その王座に腰掛けながら、「不死王」…………ラムセスはそう口にした。
その言葉に反応し、彼の側に控えていた神が口を開く。
「では…………やはりこの世界線は消滅し、過去への巻き戻しが起きるという事でしょうか」
「そうなるな、時のらせんが逆行を始めようとしておる。大方、「契約王」の残した「世界契約」の力であろう。若かりし頃に見た石碑に記された通りになりよった」
頬杖をつき、その顔に喜色を浮かべて、ラムセスはそう言った。
その言葉に、神々はそれぞれ喜びを示す。
「渇望の神」は全身を駆ける炎の温度を上げ、赤から白へとその色を変える。世界の気温が急激に高まり、熱が全てに降り注いだ。
「誠実の神」は水流から飛沫を上げ、沸き立つ肉体を膨らませて収縮を繰り返す。体を離れた泡は弾け、その残滓は新たな命を生み出した。
「栄光の神」は全く動きを見せなかったが、その周辺の物質は権能によって侵食され、煌びやかな輝きを放っている。
「享楽の神」の旋律は野を駆け山を越え、世界に終末のファンファーレが響き渡る。その音は全ての生あるものの心を打ち、気力を奪った。
他の神々もそれぞれ思い思いの行動を起こし、奇跡で世界を塗りつぶしている。
「静まれ、最後の仕上げといこう」
ラムセスの言葉を合図に、神々はそれぞれ自らの権能を取り出し、ラムセスの元へと送り出した。
元々権能はラムセスが与えたものであるため、拒絶反応を起こすことなく、全ての力が統合される。
その力の総量は、世界を越えてなお目減りすることのない、減衰を遥かに上回る熱となる。
太陽の如き輝きが、神殿の中を満たす。
力を失った神々はその身を朽ちさせ、灰となって世界に散る。
彼らの中に、恐怖はなかった。
全てが巻き戻るということは、人間であった頃の彼らも蘇るということ。
ラムセスに権能を集中させたことで、その後の自分達に権能が受け継がれる事は確実になった。
全ては来世のため。
やり直した後の世界で、全てを救うため。
ラムセスの目的は達成された。
あの日世界の真実を知った時から、彼はこの結末へ導くためだけに世界を荒廃させ、沢山の命を奪ってきた。
しかし、それも全ては虚構となり、時の巻き戻りによって人々は蘇る。
死んだことすら、なかった事になる。
それこそが、ラムセスの唱えた彼自身の「死者の書」。
一度世界を終わらせる事により、それまでの記録を受け継いだ新たなる「ファラオ」を産み出し、世界をよりよき結末へと導く。
そのために信仰を集め、配下を増やして己の力を磨いてきた。
神を産み出したのも、信仰の力を効率よく集める手段に過ぎない。
真の脅威に対抗する意味も、込められてはいたが。
全ては世界をやり直し、救うことの出来なかった命を拾い上げ、そしてその全勢力を持って真なる脅威を打ち砕くため。
そのために、ラムセスは愛しい者たちを手にかけ、憎き者たちの手を取った。
自分自身の心すら、欺いた。
そう、過去をやり直すのだ。
「ホルス、そして我が妻よ…………君達の誠実さを利用する事になって、申し訳ないと思っているよ。でも、こうするしかなかった…………僕たちが敵同士である事が、世界を欺くための最低条件。きっと、君達は僕を恨むだろうね」
王座を立ち上がり、背後に伸びる階段を、ラムセスは一歩ずつ登っていく。
その姿は魔人としてのそれではなく、幼き日の天童として知られた少年ラムセスのものへと戻っていた。
「炉は満たされた。記憶を受け継ぐ事はできないが、「力」と「因果」は残される…………ホルス、愛しい娘よ。君が「知」となり、次の僕を導いてくれ」
ラムセスが最上段に立ち、その姿が太陽と重なる。
そして、全ての終わりが始まった。
『Undoing, the 「World's」』
世界の破滅。あるいは、全てのやり直し。
時のらせんに身を貫かれながら、それでもラムセスは気高く笑う。
その側に並び立つものは、誰一人存在せず。
最期の刻、ラムセスはそれだけが未練だった。
しかし全ては過去となり、未来は新たに作られる。
やるべき事は、全てやった。
あらゆるものを犠牲にした、千載一遇の機会。
ならば、後はーーーー。
「うまくやれよ、次の僕。本当に大切なものを、間違えるな」
そして、全てが無かったことになった。
新たな歴史が始まりを告げる。
今回のファラオ'sキーワード
「太陰暦」
彼が没した後の世界を表す暦。
「不死王」によって統治された世界の記録。




