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逢引と窮地


「じゃあ、行こうか」


「分かりました、にゃ」


 カフェで暫く過ごしたラムセス達は、バステトが金塊を持ち運べるサイズまで小さくする事に成功すると、その場を離れた。


 ゴルド達に出会った事で予定が変わったが、ラムセス達の本来の目的は「貴族祭フェスタ」用の衣装を仕立てる事だ。


 商店街の中でも、貴族街にほど近い場所にある衣服店を目指す。


 ラムセスは店を出ると、何も言わずにバステトの手を取った。


 バステトはそれに少しだけ驚くと、しっかりと指を絡め、握り返す。


 今度はラムセスが驚き、バステトの顔へ視線を向ける。


 バステトは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、視線を伏せた。


 その場に、微笑ましい雰囲気が漂い始める。



 そんな二人を、やや離れたところから見つめる人影があった。


「やーん! お二人さんったら、本当に初々しくて見ているこっちまで恥ずかしくなってきちゃいますよ! 早めに手続きを終わらせて来た甲斐がありました! まさかファラオのこんな一面を目撃する事が出来るなんて…………役得ですね!!」


 その黄色い声は魔術によって隠され、誰にも聞こえる事はない。


 ただのストーカーとなり、その為だけに魔術を使用する彼女の姿は、とてもじゃないが信頼あるA級冒険者には見えない。


 ホルスは路地裏で頬に手を当て、頭部の翼をバサバサとはためかせて、興奮を表している。


「あっ、移動するみたいですね…………では、ドキドキワクワクのデート観察を……あっ、いやいや…………これは護衛、あくまで護衛なんです。だから、許されるはずです」


 自分に言い聞かせるための言い訳を口にし、ホルスは飛び立つ。


 全てはラムセスのエスコートを見届けるため、そしてラムセスの純真な姿を目に焼き付けるため。


「うふふ、バレないように……自然に言葉を拾うため、さり気なく風下に移動しましょう」


 気分が乗っているのか、やや説明的な独り言を繰り返す彼女の姿は、控えめに言っても不審人物にしか見えない。


 誰にも気がつかれないまま、ラムセス達を追跡するミッションが、始まりを告げた。



 

 ラムセス達は道中で屋台に寄り道をしていた。


 氷菓子をそれぞれ一つずつ頼み、用意されていた簡易椅子に腰掛けて口をつける。


「うん、まぁまぁいけるね」


「美味しいです、にゃ」


 ラムセスは大口でどんどん咀嚼していき、バステトは両手で持って少しずつ舌先で舐め取っている。


 やがて自分の分を食べ終えたラムセスは、バステトが食べ終わるのを待ち、彼女の方をジッと見つめる。


 バステトはラムセスの視線を受けると、自分の手元とラムセスの手元を交互に見つめ、やがておずおずと自分の氷菓子をラムセスへと差し出した。


 催促しているつもりでなかったラムセスは驚いた。


 ラムセスはバステトが勘違いしていることを悟り、それを彼女の元へ返そうとする。


 しかし、バステトは目をギュッと瞑り、どこか落ち着きなく体を揺らし、ラムセスの行動に気がついていない。


 ラムセスは悟った。


 この行為は、間接キスになってしまうという事に。


 バステトの勘違いではあるが、ここで拒否した場合、この少女は恥ずかしさで悶絶してしまう可能性がある。


 そう考えたラムセスは、氷菓子を持つバステトの手を取り、一口だけ口にすると一言。


「うん、こっちも美味しいね」


 と、素知らぬふりをして感想を返した。


 バステトは赤面癖があるのか、またしても顔を真っ赤にしながら、ラムセスの言葉にしきりに頷いている。


 バステトはその後、ラムセスが口をつけた氷菓子を少しの時間、震える瞳で見つめていた。


 そして一思いに全てを口の中へと入れ、一気に咀嚼する。


「あっ」


 ラムセスの間抜けな声が、その場に響く。


 止めようとしたが、遅かった。


 バステトは頭を抑え、悶絶する。


「〜〜〜〜〜〜っ!」


 ラムセスはバステトの頬に手を当て、魔術で温度を調整し、急激に冷えた事で発生した頭痛を取り除く。


「あ、ありがとうございます…………にゃ」


「そんなに急ぐ必要はなかったのに…………」


 ラムセスは暫くそのまま、バステトの頬に手を当てたまま、その感触を楽しんでいた。


 直接触れた褐色の肌は、ラムセスが思っていた以上に柔らかく、それでいてモチモチと彼の手に吸い付いている。


 ラムセスはその手触りに、夢中になった。


「あ、あの、ラムセス様…………は、恥ずかしいです、にゃ」


「…………あっ、ご、ごめん。嫌だったかな」


「い、いえ…………その、嫌ではなかったです、にゃ」


 その二人の睦み合いを目撃した周囲の人々は、気まずさからか、自然とその場を離れていく。


 ラムセスもバステトもそれに気がついたのか、好奇の視線を振り切り、その場に立ち上がった。


「い、いこうか」


「は、はい」


 今度はバステトからラムセスの手を掴み、そのまま指を絡めた。


 ラムセスは今度は驚くこともなく、そのまま先導して歩み始める。


 寄り添い、並び立つ二人の姿。



 それは、ホルスが何よりも見たかった光景だった。


「も、もうお二人ったら! 普通に想像を越えたイチャつきを始めちゃうんですから! 見てるこっちが恥ずかしいですよ! …………あっ、これ美味しい」


 屋台の陰で氷菓子を口にしながら、ホルスは二人を見守っていた。


 冷たい物を口にしていながら、彼女はとても暑そうに掌で顔を扇いでいる。


「んー? それにしても…………これはどうなんでしょう。本当にこれで良かったんでしょうか…………あの人も、きっとこうして…………あぁ、危ない! 見失う所でした」


 風属性魔術師は、隠密に長ける都合上、誰にも聞かれていないからと、独り言を連発する癖がある者も多い。


 その例にもれない彼女は急に真面目な顔を作り、その場でブツブツと呟くと、その場から離れていくラムセス達を見つけ、慌てて追跡を再開した。




 ラムセスとバステトは、目的地である衣服店へと辿り着いた。


 土属性魔術師によってインフラ整備がなされている王国において、その店はごく平凡な造りの建築物だ。


 清潔感のある白の壁は、レンガ造り特有の凸凹感をペーストのような粘性のあるもので覆い隠しており、作った者の趣味か、所々に花の模様が入れられている。


 木製の扉を開けると、中には様々な布が並べられており、マネキン人形には展示用のドレスが飾られている。


 女の子であるバステトは、その光景に強い興味があるのか、目を輝かせている。


 来店を示すベルが鳴り、店員が素早く、それでいて不恰好にならない程度に足を動かし、ラムセス達の元へと参上する。


「いらっしゃいませ、貴族様。この度はどのような御用件でしょうか」


 失礼にならない程度に頭を下げ、ラムセスへと要件を訪ねてくる。


 ラムセスはそれに一つ頷くと、バステトの背中へ手を通しながら、口を開いた。


「彼女に似合うドレスを幾つか仕立ててほしい。ついでに、普段着に出来るような衣類と、寝間着も頼むよ」


「承知しました。素材や趣向などに、何か希望などありますでしょうか」


「いや、それは彼女に聞いてくれ。自分の着る服くらい、自分の好みで決めたいだろうし」


 手慣れたように注文をつけ、その場を離れようとするラムセスの裾を、バステトが掴んだ。


「あ、あの、わ、私…………ラムセス様に決めてほしいです、にゃ」


「そう? 僕、あまり流行りとか分からないんだけど…………」


「ら、ラムセス様の選んだ服が、着たいです…………にゃ」


「わ、分かったよ。じゃあ、一緒に決めようか」


 バステトは、自分の主人の選んだ服を着て、パーティに出たかった。


 その方が、自分が誰のものであるかの実感を強く感じることができるからだ。


 そしてそれは、ラムセスにも伝わっていた。


 これまでにない程に、頭を回転させる。


(バステトの肌色に合う衣装…………やっぱり白、かな? いや、あえて肌より暗い色にすることで、そのコントラストを強調した方が…………いや、しかし…………)


 店員が他の従業員に指示し、幾つかの布地を運ばせている間も、ラムセスは考え続けていた。


(わ、分からない…………何がベストなのか、全然分からない。困ったな……バステトに満足してもらった上で、他所に出しても恥ずかしくないようにするには…………やっぱり、店員さんに任せた方が)


 ラムセスは追い詰められていた。


 生まれ変わってこの方、こういった物事に関わったことがないのだ。


 魔物の危険性から、貴族の子供は原則一定の歳になるまで屋敷を離れる事を許されていない。


 それはつまり、これまでのラムセスの人生は殆どが屋敷の中で完結している事を示している。


 去年、一度だけ王都を訪れていたとはいえ、それ以外では特に買い物を楽しんだりなどの思い出はない。


 前世ではそれなりに人付き合いもあったものの、それは今この境遇を打破するための役に立つ経験ではない。


 無様な姿を見せないために、王都についてからも訳知り顔で行動していたラムセスだったが、こういったセンスを問われる場所に来るのは流石に初めてだった。


 だからこそ、ラムセスは追い詰められていた。


 自分の側に他の誰かが接近している事を、見逃すほどに。


 ラムセスの耳元へ、高く澄んだ声が届く。



「やぁ! 少年、お困りかな?」

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