閑話休題
「ちっ…………話になんねーな」
ゴルドは一度だけ舌打ちをすると、その場から立ち上がった。
ラムセスは座ったまま、それを興味深そうに眺めている。
そのままゴルドは続ける。
「最後に確認しておくが…………どうしてもその奴隷を譲る気はないって事で判断していいんだな? 例えば、俺様たちが殺しあう事になったとしても」
「物騒だね……その気は全くないと思ってもらって構わないよ」
「あぁ、そうかよ…………これ以上は時間の無駄か、悪かったな」
「何処にいくんだい?」
何処かへ立ち去ろうとするゴルドを、ラムセスが止めた。
ゴルドはラムセスに背を向けたまま、振り返る事なく言葉を返す。
「野暮用だよ、野暮用。俺様は暇じゃないんだ、これ以上意味のない交渉を続ける気はねぇ。いくぞ、マスキン」
マスキンは、自分の体を普通に動かせる事に気がついた。
目を開くと、一度だけ大きく体を伸ばして、首を鳴らす。
マスキンはラムセスへ一度だけ目礼をすると、立ち上がった。
「待ちなよ、忘れ物だ」
ラムセスは今にも立ち去りそうなゴルドを止めると、机の上の金貨の山を指で指し示した。
ゴルドはそれを一瞥すると、興味なさげに言葉を吐き出す。
「いらん。迷惑料だ…………くれてやる」
「いやいや、流石に受け取れないよ。貰う理由もないわけだし」
「迷惑料っつっただろが、大人しく受け取っとけやクソが」
「へぇ、迷惑かけたって思ってるんだ…………そういうところ可愛いね、ゴルド君」
「あぁん? 建前くらい譜面通りに解釈しろっつうの」
「どのみち受け取れないかな。さっきの事は何とも思ってないし……僕は忘れるから。そっちも、気を悪くしないでくれると嬉しいな」
そこでようやくゴルドはラムセスの方を向いた。
盛大なため息を吐き出すと、ズカズカと席へ戻ってくる。
そして、机の上の金貨を一枚だけ手に取ると、徐ろにそれを投げだした。
「えっ? う、うわっ」
「この場の客の支払いは俺様が持つ。巻き込んで済まなかったな」
「い、いえ…………」
それは不安そうに騒動を見守っていた店主の手元へと届き、目を白黒させる店主へと、ゴルドは詫びを口にした。
店主は恐縮しきったように、その場で頭を下げる。
その顛末を見ていたラムセス達が机に目を戻すと、そこには金貨ではなく、それと同等以上の量の金塊が置かれていた。
「にゃっ!? いつの間に……」
「それは奴隷、お前にくれてやる。見た所土属性魔術師だろ? せいぜい自分の主人に贈り物でも作って媚を売るがいいさ。おい、ラムセス…………それなら文句ねぇだろ」
ラムセスはこれ見よがしにやれやれを首を振ると、頭の後ろで手を組みながら、ゴルドへ返事をする。
「君はとんでもなく面倒くさい人間だね……そこまでして詫びようとするなら、何でわざわざあんな真似を?」
「あん? 理由なんてねぇよ。金で解決できるなら、それは金で解決するのが一番ってだけだ」
そういうと、ゴルドは今度こそマスキンを連れてその場から立ち去っていった。
マスキンはしきりに二人へと頭を下げていたが、そんな彼らへ振り返る事なく、ゴルドは消えた。
カップを手に取り中身を飲んでから、ラムセスは口を開いた。
「中々に濃い二人だったね」
「ビックリしました、にゃ」
「ところで、バステトは大丈夫? 気分悪くなったりしてない? バステトの事なのに、こっちで勝手に話を進めちゃったけど」
ラムセスは恐る恐るといった様子で、バステトの機嫌を伺っている。
奴隷に対する態度とは思えないその様子に、バステトは少しだけ笑い声を漏らした。
「あっ、今笑ったね? こっちは真面目な話をしているのに」
「ご、ごめんなさい…………で、でも……手放さないって言ってくれて、嬉しかったです……にゃ」
「それは、よかった」
ラムセスは年相応の少年のように、照れ臭そうにそう言った。
バステトは目の前の金塊を見つめ、口を開く。
「これ…………どうしましょう」
「とりあえず、圧縮して持ち運びやすいようにしようか」
「そうです、にゃ…………では……にゃ!?」
金塊に触れた瞬間、大きな声を出したバステトを、ラムセスはキョトンとした瞳で見つめる。
あたふたしていたバステトは、ラムセスの視線に気がつくと、慌てたように口を開いた。
「こ、これ…………既にかなり圧縮された状態です! 見た目よりもずっと量が多くて、それでいて純度も高いです、にゃ!」
「ふぅん…………ゴルド君、本当に面白いね。何考えてるんだろう、気になるな」
「えぇっと…………私の実力だと、ここから更に小さくしていくのには少し時間が必要そうです、にゃ」
申し訳なさそうに言うバステトへ、ラムセスは片手を振って気にしていない事をアピールする。
そして固まったままの店主を呼ぶと、新しく二人分のメニューを注文した。
「待ってるよ。時間はまだある事だし、ね?」
「わ、分かりました……頑張ります、にゃ」
集中して魔術を発動するバステトと、それを見守るラムセス。
二人の時間は、まだまだ終わらない。
「ま、まってよゴルド君!」
人通りの多い道を、ゴルドはスタスタと進んでいく。
マスキンは大きい体が却って邪魔となり、その背中を追うだけで精一杯だ。
マスキンがゴルドへ追いついた時、既にそこは住民街から貴族街へとエリアが移っていた。
路地裏で立ち止まったゴルドの肩を、マスキンが掴む。
マスキンは顔に焦りと心配の感情を乗せながら、ゴルドへ意図を問うた。
「一体どうしたんだよゴルド君、あんな物言い……らしくないよ。幸いラムセス君は機嫌を直してくれたみたいだけど…………あのバステトって奴隷、何かあったの?」
「……………………」
「ゴルド君…………? っ!」
だんまりだったゴルドの顔を覗いたマスキンは、驚愕を隠せなかった。
それだけ、ゴルドの表情が意外だったのだ。
ゴルドは笑っていた。
「見つけたぞ…………っ!」
マスキンが今まで見てきた中でも、間違いなく一番上機嫌だった。
口角は釣り上がり、目尻は鋭く、そして瞳が黄金に輝いている。
それは凶悪な笑みであり、同時に狂気的でもあった。
息を呑むマスキンへ、ゴルドは語りかける。
「なぁ、マスキン…………この世で一番「価値」のあるものは何だか知っているか?」
また、始まった。
マスキンはそう思いつつも、ゴルドの発作のようなそれに付き合う。
ゴルドは気分が高まると、こうして語り癖のような物が出てくることがあった。
それは先ほど平民の少年のアイスを無駄にした時のように、誰かからのレスポンスを期待しつつも、既にゴルドの中では答えの決まっている独白に近い会話だ。
マスキンは少し考えると、口を開く。
「うーん、どうだろう。それはちょっと難しい話かな」
「そりゃあ、なんでだ?」
「だって……それぞれが一番大切なものって、人によって違うでしょ?」
「あぁ、あぁ、その通りだ! それこそが答えだ! よく分かっているじゃねぇか! お前は本当に賢いやつだ!!」
マスキンは安心しつつ、話に耳を傾ける。
毎回こうしてゴルドが望む答えを返すことは、中々に骨が折れるのだ。
しかし、こうして勢いがついたゴルドは、あとは自分一人で語り続ける。
だからこそ、マスキンはそれを聞き逃さないよう、静かに聞くことに徹する。
「そう! 人によって一番「価値」のあるものは違う!! だが、二番目三番目となると話は別だ!! 一番大切な物を守る為に必要なモノ…………つまり、金だ!! 金は全人類共通で「価値」があると言っても過言ではない!! 勿論、例外は多少いるだろうがな」
マスキンは何も言い返すことなく、その主張を聞き入れる。
実際、その通りなのだ。
「いいかよく聞け、マスキン! 残酷な事に…………世の中の大抵の出来事は金で解決することが出来る」
ゴルドは両手で顔を抑え、体を前屈みにしながら、慟哭するように言葉を吐き出す。
「だからこそ! 金で解決できない「何か」に直面した時! それをどう解決するか!! そして、それからどう「価値」ある物を守るか!! それによって人の「本当の価値」は決まるんだ!!」
マスキンはここに来て、嫌な予感に襲われていた。
ゴルドのこの考え方を聞くのは、初めてではない。
しかし今この状況でそれを再度口にしたという事が、先ほどまでのイザコザを思い起こさせ、マスキンへ事件の前兆を悟らせる。
ゴルドは指の隙間からマスキンを睨みつけた。
その目を見て、マスキンは諦めた。
こうなってしまったゴルドを止める事は不可能だと、経験則から理解したのだ。
「そして今! 俺様の「本当の価値」が天秤に掛けられている!! 分かるかマスキン、俺様は嬉しいんだ!! 嬉しくて堪らないんだ!! 俺様という存在の「価値」を、俺様自身が実感できるに違いないからだ!! お前も、そう思うだろう!!?」
「そうだね、ゴルド君。僕もそう思うよ」
この優秀な癖に危なっかしい友人の事が、マスキンは嫌いではなかった。
意図的に誤ちを犯せるという事は、つまり「何が正しいのかを理解している」という事。
その上で、自ら「悪い事」を繰り返すゴルドは、きっと「誰よりも性格が悪い」。
そして、そんなスリルのあるゴルドの行く末を、マスキンは見届けたいと思っている。
それが憧れなのか、好奇心なのか、マスキンにはまだ判断出来ていない。
体ばかり大きくなってしまった「子供」は、既に黄金の輝きに取り憑かれてしまったのだ。
ゴルデバラン・グランベルグという少年の持つ、輝きに。
「堪らない…………堪らないぞ!! あぁ、俺様は今…………間違いなく生きている!!」
興奮したゴルドの体から漏れた魔力が、光を放つ。
それを見ながら、マスキンはこれから起きる事件へと、想いを馳せた。
「俺様はやってやるぜ…………「貴族祭」だ! それが決行の時だ!! 男を魅せるぞ、マスキン!!」
「はいはい。分かったよ、ゴルド君」
ラムセスはまだ知らない。
ゴルド達の起こす事件ですら、この「貴族祭」という大事の前の小事に過ぎないという事を。
沢山の思惑のうちの、一つでしかないという事を。
今回のファラオ'sキーワード
「グランベルグ公爵家」
土属性の魔術を得意とする公爵貴族。
国家における役割は鉱山の管理等、主に経済方面に偏っている。
また、国交の一部を任されており、他国との交渉事はグランベルグ家を通して行われる事が多い。




