歓談と提案
「獣人の奴隷だぁ? おいおい何考えて…………あん?」
両手をポケットに突っ込み、ラムセスへとメンチを切っていたゴルドは、バステトの自己紹介を聞くとやや血相を変え、バステトを見る。
そして、何かしらを口にしようとしたのを中止し眉を潜めると、バステトへ近づきマジマジと顔を見つめた。
「あ、あの…………なんですか、にゃ?」
ラムセスが片手をゴルドとバステトの間へ差し込むと、バステトはラムセスの背中へと隠れ、ゴルドから顔を隠した。
涼しい顔をして、ラムセスは問いかける。
「僕の奴隷に、なにか?」
ゴルドは元々鋭い目つきを更に尖らせ、眉間に皺を寄せて考え事をしている。
バステトは何か嫌な予感を感じていた。
そして、ラムセス達よりもゴルドの事をよく理解しているマスキンもまた、何かを感じ取っていた。
この場に流れる微妙な雰囲気を変えるため、マスキンはその場の全員へと提案する。
「あの、とりあえず何処かに座りませんか? 僕……ちょうどいいお店を知っているので、ラムセス様達も良ければ……ゴルドくんも何か話があるみたいですし」
「ああ、僕は構わないよ。まだ時間に余裕はあるからね……バステトもそれでいいかい?」
「は、はい…………大丈夫です、にゃ」
「ありがとうございます。ほら、ゴルドくん……ゴルドくん? ああ、ダメだね……完全に考え事に夢中だ」
そういうとマスキンはゴルドの片手を取り、先導するべく歩き出した。
そして、歩きながらラムセス達へ視線を向ける。
ラムセスはそれに一つ頷くと、不安な表情を見せるバステトの手を握りしめた。
バステトはラムセスの顔へ視線を向ける。
ラムセスはバステトを安心させるためか、柔らかな笑顔を浮かべていた。
「さ、いこうか」
「は、はい…………」
マスキンは非常に目立つため、見失うことはない。
ラムセスとバステトは横に並び、寄り添うようにして歩き始めた。
「えっ、同い年?」
「そうみたいですね、ラムセス様」
ラムセスとバステト、そしてゴルドとマスキンの四人は、マスキンの案内によって一つのカフェへと訪れていた。
貴族であるマスキンが勧めるだけあり、その店は雰囲気も内装も申し分なく、王都特有の煌びやかさと、庶民的な居心地の良さがお互いを邪魔することなく同居していた。
四人がけの席を利用し、ラムセスとゴルドが、バステトとマスキンが対面になるように座っている。
ゴルドは未だに何かを考えているため、マスキンが話題を提供することで場をつないでいる。
「あぁ、様はいらないよ。敬語もね、同い年みたいだし…………本当に八歳?」
「じゃあ、ラムセス君って呼ぶよ。僕はこんなナリだからよく驚かれるけど、ラムセス君やゴルド君と同じように、八歳だよ」
ラムセスやバステトは、マスキンという貴族はゴルドの保護者代わりに同行しているのかと思っていた。
しかし、それは勘違いだった。
ゴルドとマスキンは同い年、しかもラムセスと同年齢だというのだ。
こうして近くで見ればよく分かるが、マスキンは身長が明らかに百七十を越えており、一目で子供と見抜くことは困難である。
驚きに目を丸くするラムセスとバステトへ、マスキンは自分について語り始める。
「ラムセス君の家は水の公爵。わざわざ説明する必要はないと思うけど、水属性魔術は肉体の細胞を活性化させる特性がある。僕の実家のプロイズ家は、肉体そのものを一つの魔術の結晶であるとみなし、その改造をテーマにして発展してきた家系なんだ。だから、ほら……こうして全身に筋肉が付くようにしている、魔術師にも体力は必要だからね」
「なるほど、そういえば何処かで聞いたことがあるような…………いや、まてよ。実家がプロイズ家って言ったよね?」
ラムセスはある事を思い出し、確認のためにマスキンへ事実を訪ねる。
マスキンは一瞬首を傾げたが、特に疑問に思う事もなく頷く。
するとラムセスは目を輝かせ、机に肘を置いて前のめりな姿勢になり、マスキンへ顔を近づける。
ラムセスが急に近づいてきたため、マスキンは反射的に少し後ろへ引いた。
ラムセスが興奮を抑えつつ、口を開く。
「もしかして、『健全な魔力は健全な肉体に宿る』って論文を書いたマズル・プロイズで有名なプロイズ家っ!?」
年相応にはしゃいでいるラムセスを、バステトは驚いた顔で見つめる。
ラムセスは普段から所作には気を使っているため、こういった姿を見せるのは珍しいのだ。
マスキンはその勢いにやや押されつつも、再度頷くことで肯定する。
内容を補足するため、口を開く。
「う、うん…………有名かどうかは分からないけど、マズル・プロイズは僕のお爺ちゃんだね」
「あれは本当に衝撃的だったよ! 僕の実家にも写しが保管されていてね…………三年くらい前に目を通したんだ! あの内容を参考に体を鍛えているんだ、ほら!」
ラムセスは自らの服をたくし上げ、その腹筋を晒す。
マスキンはそれを視界に収めると、眼の色を変えた。
状況についていけないバステト、そして黙ったままのゴルドを置いてけぼりにして、筋肉マニア二人の会話は加速する。
「やっぱり水属性魔術師たるもの、肉体の鍛錬は必須なんだよね。肉体の七割程度は水分、肉体を十全に操ることこそ、水属性魔術の真髄なんだよ。お爺ちゃんもそう言ってた」
「魔術医として、肉体への理解は大切だよね。それまでは知識だけで理解したつもりになっていたけど、やっぱり実体験がモノを言うよ。魔術師はまず体を鍛えるべきだね。肉体の弛みは魔術の弛み、魔術師育成カリキュラムにもしっかり残した方がいいよ」
「この歳で独学でそこまで鍛えることが出来るなんて、流石は公爵家の長男だよ。きっと王国の将来は明るいって、お爺ちゃんも喜ぶよ」
「マズル伯の縁の者に会えるなんて、「貴族祭」に来てよかったよ! もしかして、マズル伯も王都に?」
「うん、まだまだ現役だからってパパの反対を押しきって、自力で走ってきてたよ」
「も、もし良かったら…………後で紹介してもらってもいいかな? サインが欲しいんだ」
「勿論だよ! うちの研究をオリシス家が認めてくれるなんて、まるで夢みたいだ!」
二つの筋肉が机の上を占領し、話に花を咲かせている。
バステトはその内容にゲンナリした顔を浮かべながら、ウェイターが運んできたドリンクをちびちびを口にしていた。
バステトがふと顔を上げると、ラムセスとマスキンの向こう側から、ゴルドが自分の事を見ているのを目撃する。
「?」
バステトは首を傾げ、視線で何事か問いかける。
ゴルドは一度目を閉じ、眉間を揉んだ。
そして猛禽類のような瞳を開き、力強い眼差しをラムセスへと向ける。
それはまるで、何かの決意を定めたようであり、狩りの前兆のようでもあった。
バステトが見ている先で、ゴルドが口を開く。
「盛り上がってるところ悪いが……ラムセス、ちょっといいか」
その声は不思議とその場によく響き、ラムセスとマスキンは話を止め、ゴルドを見ると、大人しく席に着く。
ゴルドという男が放つ、剣呑な雰囲気を察したのだ。
ラムセスが何事かを問う前に、被せるようにしてゴルドが独白する。
「俺様は考えた、どうすればいいのか…………兎に角考えたんだ」
いつになく真面目な調子のゴルドへ、マスキンが口を開く。
「ゴルド君、どうしたの? さっきから様子が変だよ?」
ゴルドは横目でマスキンを睨みつけ、力強く言葉を返す。
「マスキン、すまねぇが今から起きる事には、一切口を開いてくれるなよ。俺様はゴルドとしてではなく、ゴルデバラン・グランベルグとしてこいつに話があるんだ」
「ん、よく分からないけど……分かったよ」
マスキンはお世辞にも態度がいいとは言えないゴルドに気を悪くした様子もなく、大人しく話を受け入れる。
ゴルドはラムセスへと視線を向け、言葉を投げかけた。
「俺様はお世辞にも頭が良いわけじゃないからな、言いたい事を直接ハッキリと伝えさせてもらうぜ」
「うん、どうしたの?」
ラムセスは威圧的なゴルドにも動じる事はなく、ただ静かに本題を待つ。
そして、ゴルドは決定的な言葉を口にした。
「そのバステトとかいう奴隷が欲しい。言い値を払うから、譲ってくれ」
今回のファラオ'sキーワード
「プロイズ伯爵家」
古来より肉体の鍛錬を重宝している、水属性魔術師の割合が大きい伯爵家。
人体理解や、そこから発生する医療行為を専門に研究していく過程で、筋肉のもつ素晴らしさに気がつく。
筋肉はその殆どが水分で出来ている事を発見した彼らの祖先は、こう考えた。
「じゃあ筋肉って魔術じゃない?」




