到着、王都アリストクラット
偉大なる初代国王、「魔術王」。
彼は人々に魔術と知恵を残していった。
彼は言った。
『自分は巨人の肩に乗る小人に過ぎない』と。
その卓越した頭脳は王国民にとって、何よりも変え難き宝である。
では、王国に固有の文化を築いたのは誰なのか。
王国民ならば誰もが、口を揃えてこう言うだろう。
芸術に見初められた二代目国王、『歌劇王』であると。
偉大なる初代国王の実子にして、多方面への才能を持った奇才の王。
彼は貴族達の間に様々な芸術を広め、初代国王の残した知恵を元に発展させた。
それはやがて民にも浸透し、一つの時代を創り上げた。
そう、王国貴族文化革命だ。
風属性魔術に分類される、演奏によって条件付けされる結界「音楽魔術」を発明したことは、あまりにも有名な話だ。
彼の立ち上げた「魔術楽団」は今もその形を残し、王都を外敵の侵入から守り続けている。
『貴族とはロマンティックであり、ドラマティックであるべきだ』
「歌劇王」の残した言葉である。
そんな彼が手ずから設計し、創り上げたのが「王都アリストクラット」。
アリストクラットとは、貴族という意味を持つと「歌劇王」は人々に伝えた。
王国とは貴族そのものであり、貴族ある限り王国は倒れない。
そういう意味で名付けられたとされている。
王都を囲む外壁の外側で、ラムセス達の乗る馬車は並んでいた。
貴族街に入るためには、二つの門を通る必要がある。
「魔術楽団」によって結界が張られている外門と、貴族街へと通じる内門の二つだ。
順番を守ることは大事だ。
たとえ公爵家であっても、それは例外ではない。
魔術師によって常に良好な状態を保たれている門には、一ミリ単位で狂いのない規則的な紋様が刻まれている。
ラムセス達は馬車の中で雑談をしながら、自分達の順番が回ってくるのを待っていた。
「それにしても、『捻れ飛び兎』が王都の方向から飛んできた時は何事かと思いましたが、この様子を見るに事件が起きた訳でもなさそうですね」
王都へ向かうラムセス達が遭遇したのは、一対の耳を広げて空を揺蕩う一匹の魔物だった。
飛行能力を持っているため一般人にとっては脅威な魔物ではあるが、元々遠距離攻撃を得意とする魔術師の敵ではなかった。
それも、たった一匹。
勇気を出してバステトに気持ちを伝えようとしていたラムセスは、それが邪魔された事に憤りを感じ、熱線を連打する事によって魔物を撃墜した。
なんとなくタイミングを失ったラムセスはその後だんまりとなり、そのまま特に事件が起きることもなく、王都に到着したのだ。
ようやく口を開いたラムセスへ、苦笑を浮かべながらホルスが応える。
「珍しいですよね。そもそも王都の魔術師が飛行魔物なんて見逃すとも思えませんし…………一体なんだったんでしょうね。一応報告しておきますか」
「カドが立たないように、それとなくお願いするよ」
「勿論です」
魔物が王都の方角から飛んできたのは事実だが、かといって王都の上空を通過したとは限らない。
しかし、魔物の討伐報告は義務だ。
ありのまま、なるべく正確に状況を伝える必要がある。
しかし、馬鹿正直に「王都から飛んできました」などと言うものなら、魔術師達の神経を逆撫でし、挑発行為と取られてしまう可能性もある。
貴族達は基本的に、自らの能力に自信と誇りを持っている。
王都を防衛するために配置された魔術師達は、自分の仕事に大変な熱意がある。
そんな彼らを非難するように、「王都から魔物が飛んできました」などと言えば、彼らが熱くなりすぎて王都全体が物騒な雰囲気になってしまうだろう。
向上心と責任感の強い魔術師達だが、割と融通がきかない上に、面倒なところもあるのだ。
「それで、ファラオ? 先ほどはバステトさんに何を言おうとしていたのですか?」
無表情を装いながら、ホルスがラムセスに不意打ち気味に質問を投げかける。
正面のバステトから見れば、頬が引きつり、口角が上がっているため、笑いをこらえているのがよく分かる。
ラムセスもバステトも、ホルスの一言で動きを停止してしまった。
先に再起動したのは、バステトだった。
人差し指同士を胸の前で押し付け合い、落ち着きなく体を揺らしながら、上目遣いでラムセスを見つめる。
バステトはオリシス家に来てから、肉付きがよくなった。
それは太ったという意味ではなく、純粋に栄養不足が解消され、健康的な肉体を手に入れたということ。
幼い故にプニプニとした肢体は、その褐色肌も合わさり、妙に色気を出していた。
奴隷の証である首輪が、マニアックな雰囲気を醸し出している。
髪も綺麗になり、艶を出して背中へ伸ばしている。
そんなバステトのいじらしい様子を見て、ラムセスはやや照れつつも覚悟を決めた。
「ねぇ、バステト」
「は、はいです! …………にゃ」
「もし、バステトが良かったらなんだけど、ね?」
「うぅ…………」
二人の初々しい様子に、ホルスはその瞳を爛々と輝かせていた。
ラムセスは前置きをして保険をかけた上で、バステトを閨へと誘おうとして。
「今夜、別荘の僕の部屋で」
「お待たせしました! 入都手続きをお願いします!」
勤勉な役人の溌剌とした掛け声によって、その台詞を遮られた。
馬車は御者に別荘へと届けてもらう事にして、ラムセスとバステトは商店街を歩いていた。
ホルスはレムリットの代役として訪れているため、役所に「貴族祭」参加の旨を伝えに行っている。
王都アリストクラットは、円状の三層構造からなる街だ。
中心に王城を据え、その周りを囲むように貴族街が並び、内壁一枚を隔てて住民街となる。
王城から四方向に等間隔で伸びる形で本通りが四本存在しており、都内の交通に大きく役立っている。
住民街には住居、商店、役所、駐屯地など、様々な施設が内包されているため、貴族もよく訪れる。
また、その際には国の役人である証であるバッジを胸元につける事が義務付けられている。
これは身分の違いによる諍いから双方を守るため、そして魔術師の存在をアピールして治安の向上に役立てるために決められた事だ。
魔術師であることを示す事が目的であるため、子供であったとしても貴族はこのバッジを付けている。
勿論、ラムセスも付けている。
国の役人の資格こそないが、公爵という身分の高い者であることを示す等級の高いバッジだ。
ラムセスは慣れたように肩で風を切りつつ大仰に歩き、バステトはその半歩ほど斜め後ろを追随している。
バステトの顔を見ずに、ラムセスが語りかける。
「まずは、仕立屋にいこう。僕の「貴族祭」用の衣装と、君の衣装を作ってもらうんだ」
「分かりました、にゃ」
「それと…………折角だから、少し屋台でも見ていこうか。新年を目前にして、いろんな場所から人や物が集まっているからね。もしかしたら、掘り出し物が見つかるかもしれない」
「貴族祭」は貴族達の社交パーティーが語源だが、一般市民達の間でも大規模な催しが開催されるのは、有名な話である。
人が集まれば、それだけ商売の機会もあるということ。
今の王都には沢山の商人や旅人、その護衛である冒険者や、各国の大使などが集まりつつある。
あちこちに屋台が建てられ、露天商も賑わいを見せている。
特に、歩きながらでも摘める食べ物などは人気が高い。
美食家として知られている「魔術王」の影響で、王国では食文化が隆盛を見せているのだ。
ラムセスは、バステトから返事がない事を疑問に思い、後ろを振り向いた。
バステトはラムセスに見られた事で、片手をラムセスの方へ伸ばした姿勢のまま、固まってしまっている。
ラムセスはその伸ばされた手を見て、バステトの顔を見て、もう一度手へ視線を移すと、片手を差し出した。
バステトは花の咲くような笑顔を見せると、ラムセスの手に自らの手を重ね、握る。
そして二人が歩き出そうとした時、その場に大きな声が響いた。
「このクソガキがぁ! どこ見て歩いてやがる!!」




