番外編三 拝啓未来の主人様、聖教国より哀をこめて
「クロガネ枢機卿? 私はどちらへ連れていかれているのでしょうか?」
「…………」
「え? 申し訳ありません。声が小さすぎて聞き取れませんでした」
「…………っ」
「はぁ、秘密の部屋ですか。大事なお話があるという事ですね、それでこんな地下への階段を降りているのですか」
「……………………」
「えっ、それはどういう」
聖教国首都クロガネ、グランドパクト大聖堂の地下。
クロガネ枢機卿に手を引かれ、クレアは其処へ訪れていた。
クレアは元奴隷である。
数ヶ月前にクロガネ枢機卿直々に購入され、聖教国首都へと連れられてきた。
この世界の奴隷とは、基本的に生活苦で自らを売りに出した労働奴隷だ。
食い詰めた人々が選ぶ、最後の選択肢。
クレアは、その労働奴隷だった。
しかし、クレアには特別な力が宿っていた。
選ばれし者にのみ宿ると言われている、「魔法」の力だ。
聖教国には、魔法使いを見つけ出すことができる力がある。
クロガネ枢機卿は、クレアという魔法使いを聖教国へとひき入れ、シスターという身分を与えた。
自分の力を見つけ出し、新しい身分を与えてくれた枢機卿の事を、クレアは実の親のように慕っている。
そして、二人で暮らしていたある日。
つまり、今日この時。
クロガネ枢機卿は、クレアをグランドパクト大聖堂へと連れ出したのだ。
未だ、なんの説明もしないままに。
クロガネ枢機卿を信頼しているクレアも、流石に不安を感じていた。
そしてその沈黙に耐えきれなくなり、クロガネ枢機卿へと声をかけたのだ。
しかし、外にいる時のクロガネ枢機卿は基本的に声が小さく、よく聞き取ることができない。
クレアが詳しい話を聞く前に、目的の場所へとたどり着いてしまった。
クロガネ枢機卿とクレアの前には、荘厳な雰囲気を放つ、煌びやかな装飾を施された大きな扉が存在していた。
クレアは思わず、息を飲む。
自分が今から訪れようとしている所が、どれだけ重要な場所なのか。
その緊張感に、意識を持っていかれたのだ。
そんなクレアへ、クロガネ枢機卿が声を掛ける。
「…………」
「えっ、ごめんなさい。なんて言いましたか?」
「…………」
「えっ、私が開けるんですか? この扉を? すごく大きくて、重そうなんですけど…………」
「…………っ」
「あ、はい。そこまで重くないんですね、分かりました」
ふんすっ、と気合を込めたクレアが、扉へと手をつける。
するとその瞬間、扉は独りでに動き出し、内側へと開いていった。
肩透かしを食らったクレアは、クロガネ枢機卿へと抗議のジト目を向ける。
クロガネ枢機卿は、フードで隠れた先の瞳を顔ごと逸らしながら、クレアの肩を押すことで中へ入る事を促す。
渋々歩き出したクレアは、その部屋へ入った瞬間、目を輝かせて感嘆のため息を漏らした。
「ふあぁ〜、綺麗なところですね! クロガネ枢機卿!」
その部屋は広かった。
隅ができないように丸い構造になっており、埃一つ落ちていない。
部屋の中心には、丸い台のようなものが置いてあるが、クレアの低い身長では、それが何なのかは見えていない。
壁や天井はガラス張りになっており、ステンドグラスによって描かれた、人の立ち姿のような模様がいくつも並べられている。
クレアは惹かれるように部屋の中心へと進むと、辺りを見回し、その芸術的な数々の品々を眺める。
そんなクレアの背中へと、女性の声が掛かった。
「どうですか? 見事なものでしょう。ここは聖教国でも上層部の者しか訪れる事を許されていない、特別な部屋なのです」
「あっ、ここでは普通に喋れるんですね。クロガネ枢機卿」
「んんっ! …………ここでは、ママと呼んでも構いませんよ?」
「えっ、嫌です」
「んんんっ!」
クロガネ枢機卿は、ローブの上からでもハッキリと分かる豊満な肉体を震えさせ、悦に浸っている。
クレアはその様子を、呆れたような瞳で見つめていた。
「それで、ここはいったい何なんですか? 確かにすごいところだと思いますけど」
クレアのその疑問を受け、クロガネ枢機卿はコホンッ、と小さく咳払いをしてから、口を開く。
「ここは、人類の繁栄を願い、その行く末を見守るための部屋なのです。そこに大きな丸い台のようなものがあるでしょう。それは破滅時計といいます」
「破滅時計? なにやら物騒な名前ですね」
「えぇ、帝国初代皇帝である『革命王』が作り上げ、我々聖教国へと贈与されたものです。世界に三つ存在しており、王国、帝国、そして聖教国が一つずつ所持しています」
「あれ? 共和国にはないんですか?」
「えぇ…………共和国が出来たのは、『革命王』が没した後でしたので」
「あぁ、そういう事ですか。それで結局、破滅時計ってなんなんですか?」
その問いが投げかけられた時、クロガネ枢機卿は自然な動きでクレアを抱き上げた。
クレアも慣れたもので、成されるがままにしている。
そしてクロガネ枢機卿は、クレアにソレが見えるように顔を向けさせながら、話を続ける。
「これが、破滅時計です」
それは、針が三本ある時計だった。
最も長い針は十一、二番目に長い針は十一と十二の間、そして三本目の細い針は三を示している。
「詳細は省きますが、この全ての針が十二で重なった時、人類は滅びを迎えると言われています」
「ええええええええ!?」
あっさりと、そしてザックリとそう説明したクロガネ枢機卿に対して、クレアは驚愕の叫び声を発するしかなかった。
「ちょっ! え? めっちゃヤバイやつじゃないですか! こわっ、えぇ!?」
「ちなみに、一ヶ月ほど前までは、二十年以内に人類が滅亡する事になってました」
「ええええええええええええええ!!??」
驚きの連続で言語野が仕事を放棄し始めたクレアへ、クロガネ枢機卿は淡々と説明を続ける。
「私達の使命は、この破滅時計が知らせる人類の危機を前もって察知し、未然に防ぐ事…………そして、人類を救済するために現れる「王の器」を持つ者を、時に日向で、時に影からサポートする事です」
「あれ? もしかして私今、凄い深淵に近いお話を聴いてたりしますか? すごく初耳なんですが」
「個人の力で戦争を止め、人類の滅亡を防いだ聖教国初代聖王、『契約王』
人々に知恵と力を授け、優秀な者による繁栄を成した王国初代国王、『魔術王』
その発明によって文明開花を起こし、技術を百年単位で進めた帝国初代皇帝、『革命王』
差別を無くし、ただ並び立つために走り続けた共和国初代大統領、『百獣王』
小国が滅び、国民全員が魔物となった時、その全てを単身で皆殺しにした『虐殺王』
魔物が知性を持った魔人、その中で一際強大な力を誇った「魔王」へ熱心に愛を囁き、口説き落とした事で脅威を失わせた『狂愛王』
…………他にも挙げていけばキリがありませんが、王と呼ばれる者達はそれだけの偉業を成し、我々人類に貢献してきました」
「あっ、これダメな流れだ。絶対に何かありますねこれは」
嫌な予感を感じているのか、クレアは瞳を揺らしながら、軽口で自分を誤魔化している。
「『予言魔法』、そして『確率魔法』の使い手の二人によると。とてつもなく大きな「王の器」を持つ者が今、王国にいるそうです。彼は『契約王』の様に偉大でありながら、『虐殺王』のように危なっかしいお方。その行く末には、人類を救う未来と、人類を滅ぼす未来が同時に存在しています」
「へ、へぇ〜…………いや〜大変ですね」
そして、クロガネ枢機卿はクレアへ慈悲深い笑顔を浮かべながら、致命的な事を口走った。
「貴女には、そのお方に侍り、良き未来を導く手助けをしてほしいのです」
「や、やだーーーー!! 責任重大じゃないですか! いやですよ、そんな爆弾みたいな人の所に行くなんて!」
「ちなみに、そのお方はとても美しく、きっと……下半身の方もご立派ですよ」
「貴女仮にも枢機卿でしょ!? 未婚の女性が…………しかも教会の責任者が、そういう事を口にするんじゃありません!!」
「あら、クレアは耳年増ですね。何を想像したのですか?」
「もおおおおおやだあああああ! おうち帰る! 帰って寝るの!」
「寝る…………なるほど、今から積極的ですね」
「だからその変態的な思考はやめろって言ってるでしょうが! この牛乳女!」
「んんんんっ!」
クレアがクロガネ枢機卿の胸を思いっきり叩いた音が、部屋に響く。
クロガネ枢機卿は胸を押さえ、体を震わせている。
それは羞恥にか、それとも歓喜でか。
クレアは、この救いようのない女性が、教会の最高責任者の一人で大丈夫なのかと、心配する心を抑えられなかった。
「これさえ無ければなぁ…………」
「クレア、すみません」
「…………分かってくれましたか? 私も少し言い過ぎました」
「いえ……もう一度同じのをお願いできないかな、と」
「この処女を拗らせた淫乱め、離しなさい!」
「んんっ!」
「はーーなーーせーー!」
クレアは結局断ることができず、後に王国魔術学園に入学し、とある貴族と出会うことになる。
彼女の名前はクレア・パトラ。
その名前の響きだけで、件の貴族に気に入られる事になるのだが、彼女はまだその事を知らない。
今回のファラオ'sキーワード
「王の器」
一般的に知られている「黒髪の英雄」の事を示す。
彼らは歴史の転換期にいつも現れ、そして偉業を残してゆく。
いつの時代も、人々を守ってきたのは彼らだった。
そして、それはこれからも…………