表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/87

番外編三 拝啓未来の主人様、聖教国より哀をこめて


「クロガネ枢機卿? 私はどちらへ連れていかれているのでしょうか?」


「…………」


「え? 申し訳ありません。声が小さすぎて聞き取れませんでした」


「…………っ」


「はぁ、秘密の部屋ですか。大事なお話があるという事ですね、それでこんな地下への階段を降りているのですか」


「……………………」


「えっ、それはどういう」


 聖教国首都クロガネ、グランドパクト大聖堂の地下。


 クロガネ枢機卿に手を引かれ、クレアは其処へ訪れていた。


 クレアは元奴隷である。


 数ヶ月前にクロガネ枢機卿直々に購入され、聖教国首都へと連れられてきた。


 この世界の奴隷とは、基本的に生活苦で自らを売りに出した労働奴隷だ。


 食い詰めた人々が選ぶ、最後の選択肢。


 クレアは、その労働奴隷だった。


 しかし、クレアには特別な力が宿っていた。


 選ばれし者にのみ宿ると言われている、「魔法」の力だ。


 聖教国には、魔法使いを見つけ出すことができる力がある。


 クロガネ枢機卿は、クレアという魔法使いを聖教国へとひき入れ、シスターという身分を与えた。


 自分の力を見つけ出し、新しい身分を与えてくれた枢機卿の事を、クレアは実の親のように慕っている。


 そして、二人で暮らしていたある日。


 つまり、今日この時。


 クロガネ枢機卿は、クレアをグランドパクト大聖堂へと連れ出したのだ。


 未だ、なんの説明もしないままに。


 クロガネ枢機卿を信頼しているクレアも、流石に不安を感じていた。


 そしてその沈黙に耐えきれなくなり、クロガネ枢機卿へと声をかけたのだ。


 しかし、外にいる時のクロガネ枢機卿は基本的に声が小さく、よく聞き取ることができない。


 クレアが詳しい話を聞く前に、目的の場所へとたどり着いてしまった。


 クロガネ枢機卿とクレアの前には、荘厳な雰囲気を放つ、煌びやかな装飾を施された大きな扉が存在していた。


 クレアは思わず、息を飲む。


 自分が今から訪れようとしている所が、どれだけ重要な場所なのか。


 その緊張感に、意識を持っていかれたのだ。


 そんなクレアへ、クロガネ枢機卿が声を掛ける。


「…………」


「えっ、ごめんなさい。なんて言いましたか?」


「…………」


「えっ、私が開けるんですか? この扉を? すごく大きくて、重そうなんですけど…………」


「…………っ」


「あ、はい。そこまで重くないんですね、分かりました」


 ふんすっ、と気合を込めたクレアが、扉へと手をつける。


 するとその瞬間、扉は独りでに動き出し、内側へと開いていった。


 肩透かしを食らったクレアは、クロガネ枢機卿へと抗議のジト目を向ける。


 クロガネ枢機卿は、フードで隠れた先の瞳を顔ごと逸らしながら、クレアの肩を押すことで中へ入る事を促す。


 渋々歩き出したクレアは、その部屋へ入った瞬間、目を輝かせて感嘆のため息を漏らした。


「ふあぁ〜、綺麗なところですね! クロガネ枢機卿!」



 その部屋は広かった。


 隅ができないように丸い構造になっており、埃一つ落ちていない。


 部屋の中心には、丸い台のようなものが置いてあるが、クレアの低い身長では、それが何なのかは見えていない。


 壁や天井はガラス張りになっており、ステンドグラスによって描かれた、人の立ち姿のような模様がいくつも並べられている。


 クレアは惹かれるように部屋の中心へと進むと、辺りを見回し、その芸術的な数々の品々を眺める。


 そんなクレアの背中へと、女性の声が掛かった。


「どうですか? 見事なものでしょう。ここは聖教国でも上層部の者しか訪れる事を許されていない、特別な部屋なのです」


「あっ、ここでは普通に喋れるんですね。クロガネ枢機卿」


「んんっ! …………ここでは、ママと呼んでも構いませんよ?」


「えっ、嫌です」


「んんんっ!」


 クロガネ枢機卿は、ローブの上からでもハッキリと分かる豊満な肉体を震えさせ、悦に浸っている。


 クレアはその様子を、呆れたような瞳で見つめていた。


「それで、ここはいったい何なんですか? 確かにすごいところだと思いますけど」


 クレアのその疑問を受け、クロガネ枢機卿はコホンッ、と小さく咳払いをしてから、口を開く。



「ここは、人類の繁栄を願い、その行く末を見守るための部屋なのです。そこに大きな丸い台のようなものがあるでしょう。それは破滅時計といいます」


「破滅時計? なにやら物騒な名前ですね」


「えぇ、帝国初代皇帝である『革命王キング・シフト』が作り上げ、我々聖教国へと贈与されたものです。世界に三つ存在しており、王国、帝国、そして聖教国が一つずつ所持しています」


「あれ? 共和国にはないんですか?」


「えぇ…………共和国が出来たのは、『革命王キング・シフト』が没した後でしたので」


「あぁ、そういう事ですか。それで結局、破滅時計ってなんなんですか?」


 その問いが投げかけられた時、クロガネ枢機卿は自然な動きでクレアを抱き上げた。


 クレアも慣れたもので、成されるがままにしている。


 そしてクロガネ枢機卿は、クレアにソレが見えるように顔を向けさせながら、話を続ける。


「これが、破滅時計です」


 それは、針が三本ある時計だった。


 最も長い針は十一、二番目に長い針は十一と十二の間、そして三本目の細い針は三を示している。



「詳細は省きますが、この全ての針が十二で重なった時、人類は滅びを迎えると言われています」


「ええええええええ!?」


 あっさりと、そしてザックリとそう説明したクロガネ枢機卿に対して、クレアは驚愕の叫び声を発するしかなかった。


「ちょっ! え? めっちゃヤバイやつじゃないですか! こわっ、えぇ!?」


「ちなみに、一ヶ月ほど前までは、二十年以内に人類が滅亡する事になってました」


「ええええええええええええええ!!??」


 驚きの連続で言語野が仕事を放棄し始めたクレアへ、クロガネ枢機卿は淡々と説明を続ける。


「私達の使命は、この破滅時計が知らせる人類の危機を前もって察知し、未然に防ぐ事…………そして、人類を救済するために現れる「王の器」を持つ者を、時に日向で、時に影からサポートする事です」


「あれ? もしかして私今、凄い深淵に近いお話を聴いてたりしますか? すごく初耳なんですが」


「個人の力で戦争を止め、人類の滅亡を防いだ聖教国初代聖王、『契約王キング・パクト


 人々に知恵と力を授け、優秀な者による繁栄を成した王国初代国王、『魔術王キング・クラフト


 その発明によって文明開花を起こし、技術を百年単位で進めた帝国初代皇帝、『革命王キング・シフト


 差別を無くし、ただ並び立つために走り続けた共和国初代大統領、『百獣王キング・ビースト


 小国が滅び、国民全員が魔物となった時、その全てを単身で皆殺しにした『虐殺王キング・クルーエル


 魔物が知性を持った魔人、その中で一際強大な力を誇った「魔王」へ熱心に愛を囁き、口説き落とした事で脅威を失わせた『狂愛王キング・マッドネス


…………他にも挙げていけばキリがありませんが、王と呼ばれる者達はそれだけの偉業を成し、我々人類に貢献してきました」


「あっ、これダメな流れだ。絶対に何かありますねこれは」


 嫌な予感を感じているのか、クレアは瞳を揺らしながら、軽口で自分を誤魔化している。


「『予言魔法』、そして『確率魔法』の使い手の二人によると。とてつもなく大きな「王の器」を持つ者が今、王国にいるそうです。彼は『契約王キング・パクト』の様に偉大でありながら、『虐殺王キング・クルーエル』のように危なっかしいお方。その行く末には、人類を救う未来と、人類を滅ぼす未来が同時に存在しています」


「へ、へぇ〜…………いや〜大変ですね」



 そして、クロガネ枢機卿はクレアへ慈悲深い笑顔を浮かべながら、致命的な事を口走った。



「貴女には、そのお方に侍り、良き未来を導く手助けをしてほしいのです」


「や、やだーーーー!! 責任重大じゃないですか! いやですよ、そんな爆弾みたいな人の所に行くなんて!」


「ちなみに、そのお方はとても美しく、きっと……下半身の方もご立派ですよ」


「貴女仮にも枢機卿でしょ!? 未婚の女性が…………しかも教会の責任者が、そういう事を口にするんじゃありません!!」


「あら、クレアは耳年増ですね。何を想像したのですか?」


「もおおおおおやだあああああ! おうち帰る! 帰って寝るの!」


「寝る…………なるほど、今から積極的ですね」


「だからその変態的な思考はやめろって言ってるでしょうが! この牛乳女!」


「んんんんっ!」


 クレアがクロガネ枢機卿の胸を思いっきり叩いた音が、部屋に響く。


 クロガネ枢機卿は胸を押さえ、体を震わせている。


 それは羞恥にか、それとも歓喜でか。


 クレアは、この救いようのない女性が、教会の最高責任者の一人で大丈夫なのかと、心配する心を抑えられなかった。


「これさえ無ければなぁ…………」


「クレア、すみません」

 

「…………分かってくれましたか? 私も少し言い過ぎました」


「いえ……もう一度同じのをお願いできないかな、と」


「この処女を拗らせた淫乱め、離しなさい!」


「んんっ!」


「はーーなーーせーー!」


 クレアは結局断ることができず、後に王国魔術学園に入学し、とある貴族と出会うことになる。


 彼女の名前はクレア・パトラ。


 その名前の響きだけで、件の貴族に気に入られる事になるのだが、彼女はまだその事を知らない。

 今回のファラオ'sキーワード


 「王の器」


 一般的に知られている「黒髪の英雄」の事を示す。

彼らは歴史の転換期にいつも現れ、そして偉業を残してゆく。


 いつの時代も、人々を守ってきたのは彼らだった。


 そして、それはこれからも…………

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ