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王の片鱗


「これは…………また、壮絶な」


「うぅ…………鼻がおかしくなりそうです、にゃ」


 ラムセス達の前には、「ミカルザハの大群」の死体が大量に転がっていた。


 どれもこれも剣で切りつけられ、中身が飛び出している。


 獣人であるバステトはその悪臭に耐えられず、鼻を押さえていた。


「ホルス、今から死体を焼きます。換気をお願いします」


「はい、了解しました」


 ラムセスは魔術を発動させ、炎を地面へと走らせる。


 熱量を集中させた一撃によって、チリも残さず死体は消え去る。


 そして、熱された事で更に悪臭が辺りへ充満する。


 ホルスが翼を一振りし、その空気の動きを操る事で、辺りの空気が入れ替えられる。


 そうして、その場から戦いの痕跡は消え、ラムセス達四人だけが残った。


「この先に…………ゴブリンと思われる反応があります。心の準備は、いいですか?」


「…………はい」


 ラムセスが念を押すように、子供へと話しかけた。


 子供は赤くなった目をラムセスから逸らさず、力なく頷いた。


「あの…………やはりこの子は此処に置いていったほうが宜しいのではないでしょうか。何も無理に確認させる事は…………」


 見兼ねたのか、ホルスがラムセスを止めようとする。


 しかし、ラムセスは確固たる意思でそれを否定する。


「ホルス……これは機会なんだ、この子が、死者に別れを告げる事のできる、最後の機会」


「ですが…………」


「別れを告げる事が出来ないっていうのは、その後の一生を後悔して生き続ける可能性に繋がるんだ。それこそ、死んだ後ですら、後悔し続けるかもしれない」


 ホルスはそれ以上、何も言えなくなかった。


 吐き出すように言ったラムセスの、その苦悩に塗れた瞳を見て、言葉が出なくなってしまったのだ。


「今しかないんだ、この瞬間しか…………死者が、過去が、これからを生きていく者の足を引っ張ることなど、あってはならないんだ」


 誰に言い聞かせる訳でもなく、ラムセスは続ける。


「そして、未練が死後の魂を縛り付け、この世界に留める事も、残酷な事だ」



「解放しなければならない。未練から、死の恐怖から、生前の苦痛から、これからの惨劇から、ね…………」




 その姿を見て、子供はその場に膝をついた。


 バステトとホルスがその背中を撫り、慰める。


 ラムセスはその魔物から目を離さず、子供の言葉を待っている。


 そして、涙を流し、嗚咽を零しながら、子供は言った。


「……兄さん、です」


「…………そうですか」


「俺の、兄さんです……」


 その身体に不釣り合いな剣を杖代わりにして、骨の露出した足を引きずりながら、その魔物はラムセス達の方へ、ゆっくりと近づいてきていた。


 その歩みは非常に遅く、肉体が左右非対称でバランスが取れていない事もあり、真っ直ぐ進むことすら出来ていない。


 臓物や血管が幾つか体表に現れており、生命活動もしていないというのに、脈動を繰り返している。


 肉体はツギハギだらけで、一歩歩くたびに接合面から血が吹き出る。


 顔は半分ほど無くなっており、片目だけが虚ろに宙を眺めている。


 何処から出されているかも分からないような、掠れて、悍ましく、そして悲痛な声が、肉のない喉から木霊していた。



「おレが…………オれがまモらなきゃ…………オれが……マもるんダ…………」



 その言葉を聞いて、子供は泣き出した。


 バステトやホルス、そしてラムセスも、涙でボヤけた視界を拭い取る。


 ラムセスは信じられないと言った様子で、思わず声を漏らした。


「なんて意志の強さだ……まだ、人間の頃の記憶があるのか? いや、生前の行動を、なぞっている? それとも、人に対する害意を、家族愛と使命感で抑えているのか」


「ら、ラムセス様! ま、まだ間に合うんじゃ…………まだ、助けてあげられるんじゃないですか、にゃ」


 バステトが一縷の望みにかけ、ラムセスへ自分の意見を述べる。いや、懇願する。


 ラムセスは振り返ることなく、首を振った。


「魔物化して暫く、人としての意識を保っていた例は、過去にも存在しています」


 震える声で、ホルスは語り出す。


「故郷を護るために立ち上がった戦士や、片思いを伝えるために意識を保った少女、魔物の進行を伝えるために走り続けた冒険者、知識を残すために本を書いた賢者…………しかし、それも短時間、長くて一日程度しか持ちません。戦士は剣を故郷へ向け、少女は愛した人へと牙を見せ、冒険者は仲間に介錯してもらい、賢者は自ら火の海に飛び込みました」


「そ、そんな…………に、兄さんは、もう」


「だから…………今、殺してあげるべきなんだ。人の意識を保っているうちに、悪意に乗っ取られる前に、人間として、終わらせるんだ」


 誰かに言い聞かせるように、ラムセスはそう言った。


 ラムセスはそこで一度口を閉じ、瞼を下ろした。


 そして、再び目の前の魔物を見据えると、子供へと声をかける。


「何か、最後に伝えたい事はありますか」


「そんな、だって…………嫌だよ! お別れなんて…………兄さん、二人で・・・一緒に生きていこうって、言ったじゃないか……」


 子供は叫び、悲しみ、その言葉は段々小さくなり、最後には口を閉じた。


 そして、その言葉に、魔物が反応する。


「ナいているノか! ダレだ! ナかせタのは!」


 魔物は瞳に意識を取り戻し、その場から飛び立つ。


 いや、飛び立とうとした。


 魔物として生きる事へ抵抗しているこのゴブリンは、肉体が再生を止めている。


 足に力が入る事はなく、剣を手放し、その場に倒れ伏した。


「兄さん…………」


 子供はそんな変わり果てた兄の姿を、悲しい思いで見つめていた。

 ラムセスが子供へ近づき、肩に手を置いてから、話しかける。


「彼の未練は、君だ。君が心配で仕方がないから、彼はこうして、死んでいく事も出来ないんだ」


「俺が…………?」


「そして、彼を人間として繋ぎ止めているのも、君だ。だから、君は彼に…………彼がいなくても、生きていける事を、示してあげなければいけない」


「俺が、兄さん、なしで…………」


「そうだ。あの様子では、もう長くないだろう。君は、どうしたい?」


 ラムセスの言葉によって、子供は何かに取り憑かれたかの様に、ふらふらと歩き出した。


 その行き先には、変わり果てた兄の姿。


 ホルスが子供へと手を伸ばし、肩を掴んで止めようとする。


 しかし、それをラムセスが手で制した。


 ホルスがラムセスへ、信じられないものを見る目を向ける。


 ラムセスはそれを正面ら見つめ返し、首を横に振った。


 自分で立ち上がる事すら出来ないゴブリンの元へ、子供がたどり着く。


 その気配を感じたのか、地面に顔を伏せたまま、ゴブリンは声を出した。


「だいじょぶ、だいじょぶダ……オれがおマエをマもる……ダレにも、イじめたりサせない…………」


 何処までも家族の事を想い続けている、兄だったものへ、子供が抱きついた。


 本当は身長差があったのだろう。


 しかし、抱き合う二人は殆ど同じ大きさであり、中身がない故に軽いゴブリンを、子供は軽々と起こしあげた。


 子供は、その掌から伝わってくる重さに、さらに涙を流す。


 そして、涙声を震わせ、ゴブリンの背中をさすりながら、話しかけた。


「大丈夫、俺は大丈夫だから……お、俺は……一人でも、大丈夫だがら…………だがら、もう、きずづかないで……」


「アぁ…………」


 その言葉に安心したのか、ゴブリンは単眼を閉じ、肉体を脱力させた。


 その場にいる全員の心中を、切ない感情が走り抜ける。


 そのまま、少しの時間が流れる。


 そして、抱き合う二人へ、ラムセスが一歩近づいた。


 自分の使命を、果たすために。


「僕は…………いや、違うな。そうじゃない」


 何かを言いかけて、そして口を閉じる。


 一拍おいて、再度口を開く。



余は・・公爵家長男にして、未来のファラオ…………ラムセス・オリシス。貴様の生き様、その意志を、確かに見届けた。これより先の事は、余に任せておくがいい。貴様の未練は、その子供の将来は、余が預かった…………家族を守る為に立ち向かった勇者よ、余はここに誓おう。貴様を我が臣下の一席に加え、その死後の魂を護ると。そして、奮闘の褒美として……その子供の幸福な一生を、保証する」



 貴族でも、魔術師でもない。


 ファラオとして・・・・・・・、ラムセスはそう言った。


 その場の誰もが、ラムセスから目を離せなかった。


 感情の昂りによって、その黄金の瞳は太陽の如き輝きを放っている。


 魔力が高まり、存在感が圧力となって、風を起こす。


 この時、確かに世界に轟いた。


 未来のファラオ…………「太陽王キング・アメン」の気配と、力が。



「だから貴様は、もう眠るがいい。少し、働きすぎだ」


 ラムセスは優しくゴブリンと子供を離すと、自らの上着を脱ぎ、それでゴブリンを包み込んだ。


「『ナイルの川の守護者よ、この者に泡沫の安寧を』」


 ラムセスの水属性魔術が発動する。


 誰にも見えなかったが、ゴブリンは安らかな表情を浮かべたまま、苦しむ事なく二度目の死を迎えた。


 ラムセスは魔術を使用し、一瞬で全身の水分を抜く事で、魔物を討伐しながら、ミイラとして遺体を残したのだ。


「この者は……余のピラミッドに招き入れよう。勇者として丁重に埋葬し、その遺業を壁画に残すのだ…………僕達・・が死んだ後にも、その存在を忘れられる事がないように」


 ラムセスは、自分の手の中にあるものを揺らさないように気をつけつつ、立ち上がった。


 そして、目の前の子供へと話しかける。


「君の名前を、聞いていなかったね」


「お、俺は……うっ、うぁ…………俺の名前は、ハル。兄さんの名前は……」


 その言葉を聞き届けたラムセスは、片手をハルへと伸ばし、その手を取る。


 そして立ち上がらせると、地面に落ちていた剣を拾い、手渡した。


「君の兄が残したものだ」


「…………」


「君はこれから、魔物被害にあったとして、国から保護を受ける事ができる。だけど、僕はこの人に約束した。だから、君の意見を尊重し、僕にできる範囲で君の願いを叶えよう」


「お、俺は…………」


「すぐに結論を出す必要はない。時間は幾らでもある…………そう、それは生き残った者の特権だ。そして、生き残ってしまった者は、その時間で心を癒すべきなんだ」


「ファラオ、これからどうしますか?」


「とりあえず一度、屋敷に戻ろう。大丈夫だとは思うけど、取り残しがあった場合のために、村人達はまだ、避難状態を解かないように」


「了解しました」


「何故か熱感知の範囲が広がっているけど、魔物らしい気配は感じられない。一先ずは、安心できる」


「あの、俺は…………」


「そうだ、君は村人だよね? 二人で、って言ってたけど、他に家族はいないって事かな?」


「は、はい。兄さんと二人で暮らしてました」


「一応、事情も聞かないといけないから、この人の身元確認の為にも、付いてきてくれるかな?」


「はい…………その、兄さんの事は、他の人には…………」


「あぁ、大丈夫。魔物としてじゃなく、人として弔うよ」


「あ、ありがとうございます」


 そして、彼等はその場から飛び立った。

 一人の命を救い、一人の命を失った。


 ラムセスの初めての戦いは、こうして幕を下ろしたのだ。



 今回のファラオ'sキーワード


 「太陽王キング・アメン


 死を受け入れ、それでも今を生きるものよ。

 死を拒絶し、明日を嘆くものよ。


 恐れる事はない、我が元へ来たれ。

 命あるうちに善を積み、死後は勇者となりて、新たな使命を受け入れよ。


 ファラオの名の下に。


 「太陽王キング・アメン」の名の下に。

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