単なる
「……これ、誰が書いたんだ?」
俺は紙を指先で摘まみながら尋ねた。
諏訪之瀬は答えない。
さっきまでの余裕は、完全に消えていた。
「諏訪之瀬?」
「……」
「おい」
「分からないわ」
「本当に?」
「ええ」
今度の返事には、迷いがなかった。
だからこそ、俺は余計に気になった。
「じゃあ、何でそんな顔をしてる?」
「どんな顔よ」
「何かを思い出そうとしてる顔」
彼女は黙り込んだ。
そして数秒後、ゆっくりと口を開いた。
「……この学校には、私が転校してくる前から『青春研究部』という名前だけが存在していたらしいの」
「は?」
俺は紙を見る。
青春研究部。
昨日、諏訪之瀬が勝手に作った部活。
そのはずだった。
「どういうことだ?」
「私も昨日までは知らなかったわ」
「昨日までは?」
「ええ」
諏訪之瀬は教室の窓際まで歩き、校庭を眺めた。
「転校が決まって、この学校について調べていたときに見つけたの」
「何を?」
「古い学校新聞よ」
「そこに青春研究部が?」
「名前だけね」
「いつの新聞だ?」
「十年前」
「……十年前?」
俺は眉をひそめた。
十年前。
俺たちが生まれるより前ではないにしても、今の俺たちには関係のない昔だ。
「その部活はどうなった?」
「廃部」
「理由は?」
「分からない」
「部員は?」
「記録には五人と書かれていたわ」
「五人……」
嫌な数字だった。
昨日、俺が言った数字と同じだ。
部活として必要な最低人数。
「じゃあ、その五人は?」
「名前は載っていなかった」
「おかしくないか?」
「ええ」
諏訪之瀬は紙を見つめる。
「だから調べているの」
「……何を?」
「この学校に、十年前の青春研究部を知っている人間がいるのか」
そこでチャイムが鳴った。
始業を告げる音が、静かな教室に響き渡る。
「やばい、日直だった」
俺は慌てて黒板へ向かった。
しかし、数歩進んだところで足を止めた。
「……なあ」
「何?」
「さっきの話」
「ええ」
「最後の一人って、もしかして――」
俺は言葉を止めた。
諏訪之瀬も、こちらを見ている。
同じことを考えているのかもしれない。
十年前の五人。
そして現在、俺たちは五人の部員を集めようとしている。
偶然にしては、出来すぎている。
「いや、何でもない」
「そう」
諏訪之瀬はそれ以上追及しなかった。
だが、その直後。
俺の机の中から、小さな音がした。
「……?」
何かが入っている。
俺は周囲を確認してから、机の中に手を入れた。
取り出したのは、一枚の古びた写真だった。
写っているのは――五人の高校生。
全員、顔が黒く塗り潰されている。
「……何だよ、これ」
裏返す。
そこには日付が書かれていた。
十年前。
そして、その下に短い文章。
『五人目が欠けた日、青春研究部は終わった』
「沢村君」
諏訪之瀬の声がした。
いつの間にか、彼女が俺の横に立っている。
「それ……どこにあったの?」
「俺の机の中」
「見せて」
写真を渡す。
諏訪之瀬は裏面を確認すると、黙り込んだ。
「……やっぱり」
「何が?」
「昨日から、ずっと引っかかっていたの」
「何を?」
彼女は写真を握りしめる。
「私がこの学校に来た理由」
「転校してきた理由?」
「ええ」
その瞬間、廊下から足音が聞こえた。
誰かが近づいてくる。
俺たちは同時に扉を見る。
足音は教室の前で止まった。
そして――
「失礼します」
一人の生徒が、教室の扉を開けた。
俺は、その顔を見たことがなかった。
だが。
その生徒の視線は、真っ直ぐに俺たちへ向けられていた。
「……青春研究部」
そいつは小さく呟いた。
「まだ、作るつもりなんだ」
諏訪之瀬の表情が凍った。
俺は思った。
どうやら――
最後の一人は、俺たちが探す相手じゃない。
向こうが、俺たちを探している。




