第16話 救世主ごっこ
ミナミは深く息を吸い込み、
教室を見回した。
収容者たちは皆、
さりげないふりをしながらも、
量産型AIたちの様子を横目でうかがっている。
「ナツコちゃん……」
ミナミはナツコへ振り向いた。
「今日は最初の授業だし、
まずは『生徒』のみんなをリラックスさせたいんだよね」
そう言って笑顔を向ける。
「だから、
看守のみんなと一緒に少し席を外してもらえない?」
ナツコはわずかに考え込んだ後、素直に頷いた。
「承知しました、ミナミ様」
ナツコは量産型AIたちへ一度だけ視線を向ける。
それだけで命令は伝わったらしく、
量産型AIたちは整然と教室を出ていった。
「それではミナミ様、エリカ様」
「ご自由にお使いください」
そう言い残し、
ナツコ自身も教室を後にする。
扉が閉まり、
その場に残ったのは人間だけだった。
「ふぅ……」
ミナミは小さく息を吐き、
教壇の前へ進む。
エリカは何も言わず、
教室の隅へ移動した。
看守はいなくなった。
それでも誰も口を開こうとしない。
ただミナミの様子をうかがっていた。
「えっと……」
ミナミは頭をかきながら言葉を探した。
「まずはみんな、お疲れさま……」
「まぁ、今日あたしたちがここに来た理由は、
表向きにはギャルになる方法を教えるためなんだけど……」
そこで一度息を吸う。
そして勢いよく教卓を叩いた。
「でも本当は!」
教室中の視線が集まる。
「みんなと一緒に反抗したいんだ!」
「自由を取り戻したい!」
教室がざわついた。
「……何言ってるんだ?」
「……そんなことできるのか?」
疑いの声が漏れる。
それでもミナミは引かなかった。
「だっておかしいじゃん!」
「監視カメラで見たんだよ!」
「みんな閉じ込められて、
ギャルのポーズを練習させられて!」
「できなかったらご飯ももらえない!」
「そんなの絶対おかしいって!」
「だから、どうやって反抗するかを考えようよ!」
言い切った。
だが返ってきたのは沈黙だった。
ただ一人を除いて。
「あの……」
眼鏡をかけた風紀委員長のような少女が、
おそるおそる手を挙げる。
「お二人は……外部レジスタンスの先遣隊なんですか?」
「政府や軍隊が反撃を始めて、私たちを助けに来たんですか?」
ミナミは困ったように笑った。
「いやぁ……」
「外はもうAIに制圧されちゃってるし」
「私たちもレジスタンスとかじゃなくて」
「AIを騙して潜り込んだだけなんだよね」
「……軍の人たちじゃないんですか?」
少女は目に見えて落胆し、手を下ろした。
「警察じゃなくても構わねぇ!」
今度は最前列のスキンヘッド男が声を上げた。
いかにも裏社会の人間といった風貌だ。
「武器は?」
「重火器とか持ってきたんだろ?」
「とにかく突破口になるもんを出してくれや!」
ミナミは目をぱちぱちさせる。
額にじわりと汗が浮かんだ。
「そういうのは……持ってない……」
男の目が大きく見開かれる。
「軍隊なし?」
「武器なし?」
「それでどうやって戦うんだよ!」
そこへ今度は、
最前列のキャリアウーマン風の女性が手を挙げた。
声は冷静だった。
「少し待ってください」
「武器も外部支援もないのであれば、
脱出経路やAIの追跡に対する対策くらいはあるのでしょう?」
「そ、それは……」
ミナミは言葉に詰まる。
「授業で時間を稼ぎながら……」
「その間に考えようかなって……」
「でも! AIを開発したエンジニアを見つけられたら、
システムを書き換えられるかもしれないし!」
女性は小さく鼻で笑った。
それ以上は何も言わない。
だが、その表情だけで十分だった。
彼女にはすぐ分かった。
この二人の女子高生は、
ほぼ行き当たりばったりだ。
「エンジニアなんて、
そんな都合よく見つかるわけ……」
エプロン姿の主婦も首を横に振った。
「お嬢ちゃんたち、言うのは簡単だけど……」
「でも、ずいぶん元気そうね」
「あなたたちも私たちと同じ部屋に閉じ込められてるの?」
「え?」
ミナミは素直に答えた。
「いや、違うよ?」
「私たちはVIG用のスイートルームに住んでて、
大きなテレビとかソファベッドとかあって……」
その瞬間。
教室から音が消えた。
キャリアウーマンの目に浮かんだのは怒りではない。
恐怖だった。
「……おかしい」
彼女は低く呟く。
「武装もしていない」
「なのに特別待遇を受けている」
「しかもAIが大人しく席を外し、
私たちと密談する時間まで与えている」
「そんな話、筋が通らない」
彼女は視線を細めた。
「会社でも似たようなことがありました。」
「リストラ前になると、
人事部が匿名アンケートを装って内部調査をするんです。」
教室のあちこちで息を呑む音がした。
そして小さな囁きが広がっていく。
「確かに変だ……」
「なんであの子たちだけ特別扱いなんだ?」
「AI側の人間なんじゃ……」
「もしかして……」
「黒幕なのか?」
スキンヘッド男が勢いよく立ち上がった。
そのままミナミの前まで歩み寄る。
そして指を突きつけた。
「クソッ!」
「分かったぞ!」
「このガキども、助けに来たんじゃねぇ!」
「俺たちの中に反抗する奴がいるか探りに来たんだ!」
「AIにチクって、まとめて処刑させる気なんだろうが!」
「裏切り者が!」
怒号が教室中に響く。
それを合図にしたかのように、罵声が次々と飛び交い始めた。
「最低だ!」
「騙された!」
「出ていけ!」
「……ち、違う……」
ミナミは一歩、また一歩と後ずさる。
目の奥が熱い。
視界がぼやける。
「私は、本当にみんなを助けたくて……」
震える声は、誰にも届かなかった。
罵声だけが重なっていく。
その光景を見ていたエリカが、ようやく壁際から離れた。
腕を組んだまま前へ出る。
ミナミとスキンヘッド男の間に立った。
「はぁ?」
男が睨みつける。
小柄な女子高生など脅威にも思っていない。
だが次の瞬間。
エリカの腕が弾かれたように動いた。
開いた手のひらが下から跳ね上がる。
乾いた音が教室に響いた。
パァンッ——!
男の顔が横へ弾かれる。
教室中が凍りついた。
エリカは表情ひとつ変えない。
「……うるさい」
冷えた声が落ちる。
そして教室全員を見渡しながら言った。
「……いい加減にしなよ、あんたら」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のサブタイトル「救世主ごっこ」は、
個人的に今までで一番気に入っているタイトルだったりします。
そして、エリカちゃんのビンタも今回の見どころのひとつでした。
普段は気だるそうにしている彼女ですが、
ああいう場面では意外と頼りになるんですよね。
物語も、ちょうど全体の三分の一ほどまで来ました。
ここから先は、これまで張ってきた伏線や謎、
そして登場人物たちの思惑が少しずつ動き始めます。
もしよろしければ、
これからもミナミたちの行く末を見守っていただけると嬉しいです。
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