第21話 最後の問い
討魔連盟本陣。
王都リュミエール南方の台地に築かれた堅牢な陣営には、連日千を超える兵が集い、
騎士たちの号令と訓練の音が響いていた。
だがその日、昼の太陽が陰り始めた頃。
――本陣正門が、音もなく開いた。
兵士たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、漆黒のドレスを纏い、風に髪をなびかせた女。
かつて“聖女”と呼ばれ、
いま“魔王”と称される女――リアーナ=カリステルだった。
彼女は一人だった。
従者も護衛もなく、ただ自らの足で、この討伐軍の中心へと歩みを進めていた。
剣も魔法も使わず、口を開くことさえせず。
ただ静かに歩いてくるという事実だけで、
――本陣の空気が張り詰める。
「魔王、現る……!」
最前線の兵士が声を漏らすが、誰も剣を抜こうとはしなかった。
なぜなら――その姿に、“恐怖”はなかった。
それどころか、
まるで「この場にいて当然」のように、彼女は佇んでいたのだ。
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リアーナが静かに口を開いたのは、本陣中央――作戦司令塔の広間だった。
その場には、王族分家出身のアゼル・フェルダインと、
その傍らに並ぶ政務補佐官見習い――セレナ・レヴィルの姿もあった。
リアーナは彼らの顔を見ても、何の表情も浮かべなかった。
ただ、静かに言葉を紡ぐ。
「私は、戦いに来たのではありません。
あなたたちに、“最後の問い”をしに来ました」
一拍の沈黙ののち。
彼女は、投影石を取り出す。
それが発光し、空間に浮かび上がったのは――
既に王都で流れた、アゼルとセレナの密会の記録だった。
“……リアーナはもう終わりだ”
“魔力が弱まった聖女に、価値はない”
“私はセレナと再婚し、この国を導く”
その言葉が、再び場の空気を冷やし切った。
リアーナは目を閉じ、言葉を継ぐ。
「これが、“正義”ですか?」
「人を切り捨てる秩序。
力のある者を讃え、力を失った者を廃棄する体制――
それを、“正義”と呼ぶのなら」
「私は、あなた方の敵で構いません」
兵士たちの中に、呻くような声が漏れた。
「……なんで、俺、戦ってたんだ……」
「リアーナ様、聖女の時も、こんな声だった……変わってない」
「本当に“魔王”なのか……?」
誰も彼女を責められなかった。
なぜなら、その場にいた全員が知っていた。
あの密会の言葉は、
権力に生きる者たちが――都合のいい“理想の女”だけを望んでいたということを。
そしてリアーナは、それでも戦わなかった。
復讐も罵倒もせず、ただ、“問い”を差し出した。
「次に選ぶのは、あなたたちです」
「命じられて動くのか。
それとも、自らの意思で、生きるのか」
そう言って、リアーナは一礼をし、背を向けた。
誰も剣を抜かない。
誰も止められない。
なぜなら、彼女が差し出したのは“敵意”ではなく――問いだったから。
リアーナが去ったあと。
広間の空気は、もはや“討魔”を語る場ではなかった。
静かな崩壊が始まっていた。
正義とは、命令か。
自由とは、混沌か。
その問いが、人々の心に根を張り始めた。




