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ファーストペンギン〜世界で最初に“魔王“になった聖女〜  作者: 風谷 華


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第19話 祈りの火

聖都ルメナ――白亜の神殿は、夜でも光を放っていた。


千年以上の歴史を持つこの建物は、民にとって「信仰そのもの」だった。

神の名のもとに政治が動き、祈りが生活を律し、人々は日々を支え合っていた。


けれど今、その“信仰”に亀裂が走っている。


それは静かに、しかし確かに、神殿の大理石をも砕きつつあった。


 


「この場で断罪いたします」


老司祭ミルド=ユンティスの声が、大聖堂に響いた。


「魔王エリシア=ノクス――彼女は祈りを偽り、神を利用し、

信者を惑わせ、我らの信仰を破壊する“黒の異端”であると!」


円形の会議場に並ぶ高位神官たちが一斉に頷く。


その手には聖典と剣。


だが彼らの表情は、信仰ではなく「恐れ」で強張っていた。


 


(……祈りが、民に届かなくなっている)


ミルドの胸中には、一抹の不安もあった。


彼は誰よりもこの神殿を愛していた。

だが、なぜか――最近は民が神殿から離れていく。


通い詰めていたはずの信者が、祈りを捧げず、ただ黒い花を置いていく。

その花が何なのか、彼は知っていた。


“エリシアの祈祷”。忘れられた者たちの象徴。


 


その頃、神殿の地下。


蝋燭の灯りだけが揺れる控えの間で、エリシアは一人、祈っていた。


祭服ではない。

かつて焼け落ちた神殿で拾った、焦げた灰衣を身にまとい。


 


「……ごめんなさい、私、本当はただ……」


祈る声は震えていた。


「誰にも“見捨てられた”と思ってほしくなかっただけなの……」


「祈りを、“商品”にしたくなかったの……」


 


扉の外では、彼女を慕う信徒たち――孤児、下位神官、癒やし手たちが息を潜めていた。


彼らは知っている。

“聖なる神殿”に自分たちの居場所はない。


だが、エリシアの声にだけは、涙がこぼれるほどの“救い”を感じるのだ。


 


「私はもう、“神”を信じていない」


「でも――“祈る人”を、信じているの」


 


そう言った瞬間。


地上で鐘が鳴り響いた。


それは、断罪の合図。


神殿がエリシアを正式に“異端”と認定したのだ。


 


エリシアはゆっくり立ち上がる。


その目には、涙の代わりに静かな決意が宿っていた。


「……ならば私は、“祈りの火”として、神殿に抗おう」


 


それは、神を否定する行為ではなかった。


祈る者を、神の名で縛ることへの――反逆だった。


 


やがて神殿の中庭に集まった民衆の中から、

一人、また一人と、黒い布を掲げる者が現れる。


エリシアのもとに、声なき祈りが集まってくる。


そして彼女は、静かに歩き出す。


“神殿”から、“祈りの自由”を取り戻すために。


 


――黒の祈祷堂、ここに立つ。


ーーー


廊下の壁に灯る松明の炎が揺れ、影が延びる――

大司祭ミルド=ユンティスが率いる正統派司祭団が、神殿の中央広場で儀式を行っていた。


彼の口から発せられる言葉は、厳粛ではあったものの、どこか冷たさを帯びていた。


「エリシア・ノクスは異端。祈りを歪めた者。神殿の教えに反する者として断罪する」


神官たちは大声で応じながら、十字を描く。だが、その中にも浮かぶ微かな動揺の波紋を、ミルドは無視できなかった。


なぜなら、祭壇から数メートル先――市井の祈りを求めて傍にいた信者たちの顔に、確かな“迷い”が映っていたからだ。


ーーー


ある信者が呟いた。


「どうして、救われるための場所が、私たちを切り捨てるの?」


その言葉に、幼い修道士の瞳が潤む。


別の信者は、斜め後ろで静かに言葉を拾った。


「祈りを商品にする信仰なんて、神のためでもなんでもない…」


恐る恐る、数名が立ち上がり、エリシアのいる方向へと歩を進める。


その動きを、ミルドも見逃さなかった。


彼は祭壇の上で硬直し、からりとした空気が神殿全体を包む。


彼の唱える祈りの言葉は、もう人々の心には届いていなかった。




神殿の最奥、秘密の聖域でエリシアは静かに呟いた。


「私は“祈る自由”を、誰にも断罪させたくない」


その言葉と共に、黒い花弁が宙に舞う。白亜の石壁と白衣のはざまで、それは異様な美しさを放つ。


突然、空気がひび割れたように揺れ、祈祷堂の外にいた支持者たちのざわめきが中に流れ込む。


エリシアが顔を上げると、祈祷堂には厚く積まれた灰の前に灯る小さな炎があった。


「“祈りの炎”――誰かのためでない、自らの意思で灯すものを、私は守る」


彼女はゆっくりと炎を羽織り、黒のドレス越しに胸に手をあてた。




その瞬間、広間では司祭団が二手に分かれた。


ミルドの弟子たちは厳正に彼女の処罰を望む一方、青年神官たちは補佐として差し出す。


「信仰は管理するものではなく、共有するもの――それを知った者たちがいる」と、静かに語る者さえいた。


その夜、神殿の中庭には黒い祈祷堂が光り出した。


それは聖都において、命令されて現れたものではなく――

祈りたい者たちの意思だけで、自然と立ち上がった“場所”だった。



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