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ファーストペンギン〜世界で最初に“魔王“になった聖女〜  作者: 風谷 華


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15/22

第15話 誰のものでもない旗

王都リュミエール。

古より続く光と秩序の都。


その朝、空に“闇”が揺れていた。


風に乗って落ちてきたのは、一枚の布。


漆黒の、それでいてどこか温もりを感じさせる――旗だった。


音もなく、王宮の大広間を貫くように舞い降り、

衛兵たちの間をすり抜けて、中央広場の噴水の前に着地する。


旗の中央には、刺繍のように繊細な一文字。


“自由”


それだけだった。


 


「……これは、何の魔術だ?」


「誰の仕業だ? 誰が投げ込んだ?」


貴族も騎士も狼狽し、王都軍は戒厳態勢に入る。


だが、誰もその旗を持ち上げることができなかった。


触れた者の魔力が逆流し、指先に痺れが走る。


まるで、その旗が――「誰のものでもない」と拒んでいるようだった。


 


その夜、都中の空気が変わった。


広場に立ち寄る者が増え、旗の下に花を供える者、

物言わぬまま膝をつく者、手をかざして目を閉じる者が現れ始める。


どこかで誰かが言った。


「……あれは、王でも、貴族でも、軍でもない。

私たちのための、旗だ」


 


誰かが扇動したわけではない。

組織された暴動もない。


それなのに、王都の一角に**“空白”が生まれた**。


政令が届かず、警備が撤退し、誰も命令を下せない――

無政府地帯ではなく、静かな“無指導地帯”。


それが、最も恐ろしい現象だった。


 


その頃、漆黒の塔の頂上では、

リアーナが遠くの空を見つめていた。


 


「旗は、降りたかしら」


彼女はひとりごちる。


椅子にも座らず、玉座も持たず。

ただ黒のドレスを身に纏い、風を感じる女。


 


「私は、“扇動”がしたかったわけじゃない」


「私は、“仕返し”がしたかったわけでもない」


 


彼女はそっと胸に手を当てる。


かつてそこにあった、聖女としての核はもうない。

あるのは――自分が選んだ“魔”の在り方だけ。


 


「ただ、私は。

“命令されずに生きる感覚”を、誰かに知ってほしかっただけなの」


「選ぶということが、どれほど恐ろしくて。

どれほど、気高いかを」


 


空に小さく黒い光が揺れる。


それは、王都のどこかにある旗と呼応していた。


 


「私は、王にならない。指導者にも、偶像にもならない。

ただの――“最初に飛び込んだ女”でいい」


 


そして、リアーナは微笑んだ。


その笑みには、憐れみも誇りもなかった。


ただ、完全な自己肯定があった。


 


こうして、王都においても“誰のものでもない旗”が翻り、

秩序は揺らぎ始める。


だが不思議なことに、暴動は起きなかった。


人々が、**「誰かに命じられなくても、動ける」**ことに気づいてしまったからだ。


 


その日を境に、王都は静かに、“支配されない空気”に包まれていく。


そして、その空気が王政を最も深く侵食していくことになる――

貴族でも、軍でも止められない、

“思想という魔”の拡大が、ついに始まったのだった。


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