病状変化 9
病室に近づいた時、父が立ち止まった。
「深呼吸しようか。みんな、ちょっと表情が固くなっている。さくらは敏感だから、何があったか心配する。一旦、心を落ち着けよう。病室に行く前、先生と話をしていたとは知らないはずだから、みんな同じ感じだったらさくらが心配する」
父の言葉にみんな頷き、大きく深呼吸をした。そのことで多少気持ちがほぐれたが、本質は変わらない。そのため、いつも以上に笑顔を意識しすぎ、逆に違和感があった。
「どうしたの、みんな。その笑顔、なんか変。何かあったの?」
「そうじゃないんだ。偶然外で3人が鉢合わせして、そのシンクロ具合が妙な感じで・・・」
父は言い訳になるかならないか分からないような話でやり過ごそうとした。私はあえてそれ以上突っ込むことをせずに、会話を続けることにした。
「どうだ、調子は? なかなか仕事が抜けられなくて悪かったな、あまり見舞いに来れなくて」
「いいよいいよ。お母さんも敦君も毎日来てくれるし・・・」
「おいおい、それじゃ俺は良いのか、来なくても。ちょっと寂しいな」
父は少しおどけるような感じで言った。もちろん、私が本気で言っているのではないことが分かっているからの言葉だが、場が和んだ。
「ところで体調はどうだ? 坂本君もいるから元気そうだな」
「嫌だ、お父さん。恥ずかしいじゃない」
「そうよあなた、本人たちがいるところで言うことじゃないわよ」
母が言った。私もその言葉に頷いている。
だが、そういう会話でさらに明るい空気になった。
「そうそうさくら、最近はお父さんもミーちゃんの世話をしているのよ。もともと猫が嫌いなわけじゃないからか、私以上にお世話をしているわ。もしかすると、ミーちゃんも私以上に懐いているかもね」
「それ、困る。ミーちゃんは私の子。帰った時によそよそしかったら寂しい」
「大丈夫だよ、さくらさん。君が連れてきた子じゃないか。そのことは忘れていないよ。それよりも早く病気を治して、会わなくちゃ」
「そうね、私、頑張るから。癌なんて、私の中から追い出すんだ。敦君、私が退院したらウチに来てくれる? ミーちゃんと一緒に遊ぼうよ。きっと楽しいだろうな」
私は精一杯の笑顔で言った。でも、目がどこか悲しげだった。現状から考えて、それがいつになるか、場合によってはという気持ちが心の片隅にあるのだ。だから本音と言葉が食い違う時がある。今の言葉もその一つだった。
しかし、3人は私の言葉に合わせてくれる。
「そうよ、坂本君、さくらが退院したら、ぜひウチに遊びに来てください。お礼もしたいし、美味しいものをいっぱい作るわ」
「ありがとうございます。楽しみだな。僕もお邪魔したいし、そうなるとさくらさん、何が何でも病気を治し、退院しないとね」
「うん、私、頑張る。私自身が強くならないといけないことだから・・・。癌になんか負けないもん」
「そうだ、その意気だ。それが病気を追い出すぞ。俺の娘だ。絶対に勝つ」
父は妙に気合が入っている。有難いのだが、医者でもないのは根拠のない精神論ばかり言われても、ということを思いながらも、有難いという気持ちの方が強かった。
3人が主治医と話したことを私は知らないが、そういうことを感じさせないような雰囲気で終始した。
≪日記≫
『今日はみんな、テンションが高かったな。
何かあったのかと思うところもあるが、みんなの気持ち、そのまま受け取ろう。
ミーちゃんをダシに使ったみたいだけど、そのことで敦が家に来てくれることを約束してくれたのは嬉しかった。
これで退院するという気持ちが強くなった。
ネットで見たけど、心の強さが病気を克服することがあるという。私もその話の通り、強い気持ちで病気を治す。3人との約束だ』




