治療開始 13
私の病室から3人とも退室した後、父と母は坂本にこれから少し時間があるかを尋ねた。
予想していなかった言葉に坂本は少し驚いていた。それは表情にも表れていた。
「・・・はい。大丈夫ですが、僕、今日、何か言っちゃいけないこと言いましたか? もしそうならすみませんでした」
「いやいやそういうことじゃない。君の優しさはさくらとの会話から十分伝わった。親としてその点はとても感謝している。良い子と知り合ったって私たちも喜んでいる。改めてお礼を言いたい。ありがとう」
「そうおっしゃっていただいてありがとうございます。何の話かと少し構えてしまいましたが、安心しました。それじゃ、これからもさくらさんの見舞い、許していただけますか?」
「もちろんよ。というより、こちらからお願いしたいくらいなの。でも、坂本君もいろいろ忙しいだろうから、それが心配なの」
「でも、まだ1年生だし、勉強もきちんとしています。さくらさんに渡しているノート、改めて確認することで復習になっています。そういう機会を作ってくれたさくらさんに感謝しています」
坂本のこの言葉に、2人は改めて坂本の優しさを感じ、心が熱くなった。そのことで会話に少し間が空いたが、父が真剣な表情で坂本に対して言った。
「坂本君、さくらの病気のこと知っているよね」
「はい、見舞いに来た時にさくらさんの口からウェルナー症候群と伺いました。聞いたことがない病名なので、すぐにネットで検索しました。それで今の状態を理解しました。同じ年齢なのに、そのことで弱音を吐かないさくらさんはとても芯が強いんですね」
「そうなの。昔からあの子は・・・」
そういって母は涙声になった。
「私、スマホに入れてある病気が発症する前のさくらの写真があるの。これが本当のさくら。見ていただける?」
「もちろん。ぜひ拝見させてください。
坂本はすぐに返事した。母はスマホを開き、画像を坂本に見せた。中学に進学した頃の写真だ。年相応の私がそこに写っている。
「私ね、さくらのことを思う度にこの写真を見ているの。今は容貌が変わっているけれど、本当はここからそのまま成長し、同じクラスのお嬢さんたちと同じ感じになっているはずだと、叶わないことだと思っていてもそう考えてしまう」
母は涙声で坂本に言った。坂本は何も言えず、母の話を黙って聞いている。
そして画像に目を移した坂本は言った。
「可愛い!」
素直にその言葉が口から出た。その瞬間、父と母は互いに顔を見合わせ、微笑んだ。
「そう思ってくれるか。ありがとう。自慢の娘なんだ。気持ちも優しいし、周りへの気遣いもできる。病気のことは自分でネットで検索して知っていたようだけど、私たちに心配させないように、負担をかけないようにと思って黙って一人で苦しんでいた。私たちはそれに何もしてやれなかったが、病室でのさくらの笑顔、親としてとても嬉しい。そういうさくらを見られるのは坂本君のおかげだ。もう一回、言わせてもらう。ありがとう」
「・・・それで坂本君、実はさくらにまだ知らせていないことがあるんだけど、あなたを見込んでお話ししたいことがあるけど、聞いていただけるかしら。もし、そのことであなたが重荷と感じたらそれ以上、何も言わない。あなたにはあなたの人生がある。変な足かせを付けるつもりはないわ。でも、もし少しでも力になってくれるなら・・・」
母の言葉に坂本はすぐに反応した。
「どんなことですか? 僕にできることなら何でも言ってください。同い年なのにいろいろ辛いことを経験したさくらさんの力になれるのであれば、僕、やります」
坂本のこの言葉に父と母は再び互いに顔を見ると、感情で表情が歪んでいるように感じた。
「あなた・・・。やっぱり坂本君に話して良かったようね」
「そうだな。では、まださくらに話していないことなんだけど、実は癌なんだ」
「・・・えっ、癌? ウェルナー症候群ではないんですか?」
「ウェルナー症候群はその通りだが、そこから癌になるケースがあるらしい。身体が老化する病気だから、癌を発症することがあるようなんだ。肺癌だ」
「・・・」
坂本は言葉が出なかった。しかし、少し間をおいて今度は少し低い声で言った。
「分かりました。さくらさんには話しましたが、実は僕の弟も病気を患いました。小児麻痺です。今でも苦しんでいます。だから病気の人の気持ち、分かるつもりです。弟の場合、気持ちの上でも乗り超えたようですし、家族でサポートしています。こんなことを話すと、これ以上負担をかけられないと思われるかもしれませんが、そういう経験があるから大学は医学部を考えています。確かに試験は難しいと思いますが、病気の人のためになりたいという気持ちは持っているつもりですから、僕の負担になるとは思わないでください。それからさくらさんには話していませんが、僕はさくらさんの強い心に惹かれています。恋愛感情にまで高まってはいないかもしれませんが、こういうとこは自然な流れに任せたいと思っています。ですからお父さん、お母さん。僕に変な気遣いをしないでください」
坂本のこの言葉、本心かどうか分からないが、私たちのことも気遣ってのことだと理解した。




