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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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対決


 下りに較べるといくぶんゆっくりとした速度でエレベータは最上階にたどり着いた。もちろん飛ばすだけなら同じスピードを出せるのだが、乗員が不快感を覚えるほど加速度がつくので、中に人がいるときは最大性能を発揮しないように設計されているのである。


戦争の塔トッレ・デ・ラ・グェッラ〉を抜き、いまではテレシナ一の、世界でも三番目の高さを誇る財閥支社ビルの最上階からは、テレシナ湾とその向こうに広がる西太洋を、文字どおり地の果てまでつづく大草原パンパを一望できるが、もちろん景色を楽しんでいる場合ではないので、ケイとクレスはガラス張りのフロア外周から窓のない中心部へと急ぎ足で進んでいく。

 そのへんの国立美術館をしのぐ質の絵画、彫刻や壺といった造形美術品が壁際や廊下の途中の台座に並んでいるが、ふたりの歩みはまったく乱れなかった。


 ……ただし、無視しているわけではない。


「ラ・ヴィンソンの『アニマ・ムンディ』があったな。一五〇年行方知れずになってたと思ったら、こんなところに隠してやがったのか」


 一瞬横目で壁際を見遣ったクレスがそういい、歩幅が違うのでほとんど小走りになっているケイは首をめぐらせた。


「美術がわかるんだ。意外」

「長生きすると趣味の幅が広がるぞ。おまえは生まれながらに知的好奇心を満たす必要がないくらい頭に情報が詰め込まれてるから、暇つぶしにはあんがい困るかもな」

「ところであれって真物ほんものなのかな?」

「たぶん真物だろ。俺が前に見たときと同じ部分にキャンバスの傷がある」

「へえ。一〇年ごとに同じ場所から景色を見るとか、二〇〇年くらいつづけると面白そうだね」

「気が滅入ることも多いがな。……そうだ、これ持っとけ」


 歩くペースは変えないまま、クレスはケイのほうへ拳銃を差し出した。警備部の支給品以外を手にするのははじめてなので、ケイはひとしきり見まわす。


回転式リヴォルバーなんだ。……シリンダーの下段から弾が出るの? 変わってるね」


 ケイのちいさな手からははみ出してしまうが、把手グリップ弾倉シリンダー、切り詰められた銃身バレルの長さが、ほぼ一:一:一の、コンパクトなフォルムをしている。銃口が下部に開いているのが特徴的だ。


「構造的にそっちのほうがブレがすくない。反動が逃げずに直でくるから手が痛くなるかもしれねえが」

「銃が必要なことにならなきゃいいけど」


 目の前に、なんとなく劇場や映画館を思わせる両開きの扉が迫ってきた。クレスが押し開くと、段を降り、再び昇った演壇の上に三人の姿が見えた。さゆりお嬢さまと、まだ若いが貫禄ある風采の青年、そして地べたにへたり込んでいる老人。


「さゆりさま!」


 ケイの声に、さゆりが振り向いた。そのこわばっていたかおに、たしかに安堵の色が浮かぶのを目にして、ケイはそれだけでここまでやってきた甲斐があったとうれしくなる。

 クレスのほうは、気死の体で腰を抜かしている老人に目をやっていた。さゆりと老人のあいだでなにごとがあったのかを看てとり、つぶやく。


「はじめて見るが、あれがフランツじーさんじゃないってことは俺でもわかるな。プラ弾食ってあんな情けない顔をするようなやつに、世界を牛耳る財閥は動かせねえ」

「じゃあ、あっちの若いのがフランツ総裁だっていうの? マスターはまだ総裁のクローンや若返りには手をつけてないのに。どうして……」

「おまえのマスターは遺伝子工学の専門家であって、コンピュータの専門家じゃないだろ」

「情報を盗んでたってこと?」


 平静な口調のクレスにケイがそちらを向きかけたところで、正面の若いのが語を発した。


「技術だけなら優れた者はいくらでもいるよ。きみのマスターが抜きん出ていたのは、発想の大胆さと、神をも畏れぬ飽くなき探究心だ。手法さえわかれば、実現するのにさほど難しいことはない」


 そこまでいって、どうやら本当に若返ったらしいフランツは手招きした。


「きみたちが、とくにきみがくるのを待っていたのだ、カガミくん。こちらへあがってきてくれたまえ」


 ここまできて逃げる理由はもちろんないので、ケイとクレスは演壇の上へ昇った。さゆりの左右を固めるふたりを一度ずつ見遣って、フランツはクレスへと視線をすえる。


「カガミくん、きみは不死鳥を追って、レイカ=グレイスを通じわが財閥に接触し、この街へやってきたはずだ。私には大もとの出どころまではわからないのだが、不死鳥はさゆりの身に宿っていた。――私のこの認識に、間違いはないだろうか?」

「そうだな、だいたい合ってる。ただし、さゆりにはもう不死鳥は巣食っていない。俺が解放した」


 クレスがそう応じると、フランツは満足げにうなずいた。


「やってくれたか。早期転生アーリーリバースによってあらたな五〇〇年を得た不死鳥を捜してきてもらいたい。報酬は思いのままだ」

「フランツ・ジェイド=レンドール、あんたは、俺がご褒美がもらえるから動くとでも思うのか」

「……失礼した。不躾を赦してくれたまえ。では、対等な立場からお願いしよう。この世界のため、忘れられたカガミの名のためにも、手を貸してほしい。僭上者ノルデンク大公を討つならば、私も最大限の協力をしよう」


 冷たい眼で見返すクレスに対し、フランツは非礼を謝してみせた。クレスの眼の色は変わらない。


「だいぶ詳しく調べたようだが、あんたの目論見には瑕疵がある。仮に俺があんたの望みどおりつぎなる不死鳥の宿主を見つけてきたとしても、その願いは叶わない」

「私の調べに不足があると? 不死鳥の血に対する人間の反応には二種類ある。片方を、便宜的に仮宿主ホストとでも呼ぼうか。不死鳥によって異様に再生能力が高まり、現代兵器の破壊力の前での不死性までは証明されていないが、伝承の時代においてはまさに不死身の存在だった。ただし、定命の軛をまぬがれてはいない。もう一方は正宿主キャリアとでもいおうか。肉体的には常人と同様、さして強靭でもなく、暴力や事故によって傷を受け、死ぬが、不死鳥が転生期限を迎えるまで加齢せず自然死もしない。そして五〇〇年に一度、その肉体は灼き尽くされ、解き放たれた不死鳥は天を舞う。仮宿主ホストの身からは不死鳥は飛び立つことができない。可死の存在である正宿主キャリアこそが、不死鳥の自己増殖に必要な最終宿主だ。一般的な寄生生物は複数種の動物の体内を食物連鎖に乗って渡り歩くが、不死鳥は人間のあいだでのみ伝播をする寄生体だと考えることができる。――この考えかたに、なにか欠けたところはあるだろうか」


 フランツの長広舌を聞き終え、クレスはぱちぱちと拍手した。バカにしている調子ではなく、実際感心した顔をしている。


「いや、わかりやすい解説だった。俺はそこまで筋道立てて考えたことはなかったな。あんたの望みが叶わないというのは、あんたがさゆりの血縁者だからだ。さゆりはあんたがいうところの仮宿主ホストで、不死身だったが天命を超越してはいなかった。あんたも、不死鳥の血に対する反応はさゆりと共通するモノを持っているだろう。不死身にはなれるにしろ、残念ながら天寿は長くてあと三〇年といったところだな」

「私のこの姿を見て、なぜそう思うのかね? 確実にこの肉体はあと五〇年以上生きられる。不死鳥の転生期限はきみたちカガミの男が能力を使わない限りひとくぎり五〇〇年だが、仮宿主ホストの血筋の人間にとっては、不死鳥さえその身に取り込んでおけば、転生の発火に巻き込まれる恐れがないと考えることもできる。繰り返し若返りの処置を受ければ問題になるまい」

「なるほど、そういう魂胆か。俺は、あんたがここ六〇年ばかりなにをやってきたのか、だいたい知ってる。あんたの事業を邪魔しようとは思わないし、その志にも興味ない。不死鳥も、人間の道義や善悪にはまったく関知しない。そもそも不死鳥になにかを判別する精神があるのかも疑わしい。だが、あんたに手を貸すことはできない」


 クレスの科白に、フランツは首をかしげた。


「私が悪党だから手を貸せない、といわれればまだ納得できたが、無関心だが協力はできない、というのは腑に落ちないな。私もきれいごとを並べ立てようとは思わない。ほかの連中にやらせるより、私のほうがまだマシだと感じただけだよ」

「たしかに、あんたのせいで世界がより悪くなったという気はねえさ。あんた以前の何十年かがひどすぎたって意味でもあるが、世界の平和のためにあんたを倒そうなんて発想は逆立ちしたって出てこねえ。むしろ俺が正義のヒーローなら、あんたが出てくる前に世の中どうにかするべきだっただろうし、いまならあんたに協力すべきなんだろうな」

「では、なぜ力を貸してもらえないのかね?」

「言葉で説明できることじゃないし、する気もしないが、俺とあんたはべつの惑星の生き物といってもいいくらいかけ離れた存在なんだ。俺はあんたを本当の意味で理解することは決してできないし、あんたも俺のことを理解できやしない。これ以上話しても無駄だ」

「答えはあくまでもノーだ、というのかね?」


 重ねて問うフランツに対し、クレスはもはや面倒くさげな顔になっていた。


「どうしても納得できないなら、あんたは触れてはならないモノに手を出してしまったからだ――というのがカガミの人間としては公式回答になる。いまの俺はカガミの務めに準じているわけじゃないし、実際もうずっと義務を果たしてもいないんだがな」


 もうここで語るべきことも、やることもないと背を向けたクレスだったが、立ち去ろうとした足をとどめさせたのはフランツの笑い声だった。爽やかなものではない。

 ずっとふたりのやりとりを聞いていたさゆりとケイも、眉をひそめた。


「……ふくく……ふふはは……。不死鳥の血肉は、不死身の仮宿主ホストから得なければならないと決まっているわけではない、そうではないかね? 正宿主キャリアから不死の力を発揮できるだけの血を奪えば、生命にかかわるだろうが」

「……てめえ」

正宿主キャリアがこうしてふたりも私の前に現われた、これを天佑といわずしてなんと称するべきかな」


 フランツの言の意味に気づいて、ケイは銃へ手を伸ばした。クレスはすでにフランツの頭部へ――防弾ベストを着ているかもしれない――狙点を定めていた。だが、クレスの腕前を把握しているはずにもかかわらず、フランツは懐へ右手を差し入れる。


 銃声はクレスの銃からしかあがらなかった。ケイに貸したものと機関部は同一、銃身は長く、精度が高くなっている。

 弾倉内の六発すべてが発射されたのだが、フランツは倒れなかった。あろうことか、左手で、正確には左手の中指にはめられた指輪で銃弾をはじき飛ばしている。左手でクレスの射撃を防ぎながら、フランツは右手で抜いた銃でケイを射っていた。火薬銃ではなく、エアピストルで。ケイは銃を構えたところでアンプルダートを食らい、床に昏倒している。


「ケイっ!」


 さゆりがケイを抱き起こしたが、彼女は以前に気絶したときと同様、完全に意識を喪っていた。フランツの放ったアンプルダートにケイ専用の鎮静剤が入っていたに違いない。フランツを若返らせるためのデータとともにB研から盗み出し、ユージーンを通じてウェンディにも渡していたのだろう。


「彼女が私にとって一番厄介な相手だからね。まだ不死身ではない以上、狼に襲われるのは避けたい」


 エアピストルを投げ捨て、フランツは余裕の表情でそういった。さらに左手を掲げ、指輪をしめす。


「きみの左手にはおよびもつかないが、極小範囲ながら〈傘〉と同一のフィールドを展開できる、警備部開発課の試作品だ。もっとも、銃弾を防げるといっても、人間では弾道を目で見て反応するのは無理があるがね」

「……そうか、てめえはケイのように変身こそしないが、その代わりに身体能力や反応速度を強化したってワケだ」


 人間ではありえないフランツの身ごなしの理由に気づいて、クレスはくちびるをなめた。現にフランツはある意味で人間ではないのだ。ベクトルは違えど、ケイと同じ程度には。


 こちらも銃を投げ捨てたクレスへ、フランツは不敵な笑みを向ける。


「クレスくん、きみからはカガミの遺伝子も採取させてもらおう。不死鳥が転生のときを迎えても、仮宿主はその身に宿っている不死鳥を失うだけで、すぐに死ぬわけではない。寿命の問題を不死鳥以外のアプローチで、魔術でも科学でもかまわないのだが、それさえ担保しておけば、あらたに不死鳥が寄生した宿主を見つけ出し、その血を得ることで、まさしく永久不滅の生命が実現される。つぎの五〇〇年があれば、不死鳥をコントロールする因子が必ずや特定できるさ。……きみのお国の大公殿下も、そうやって生きつづけているのではないかな」


 はじめて、クレスの貌が心底からの驚愕に染めあげられた。つぎの瞬間、みどりの眸に理解の色が広がっていく。


「……そうか――! 俺の知らないことまで、よくもまあ調べ尽くしてくれたもんだな」


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