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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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さゆりお嬢さま救出作戦・Phase.3


 ようやく意識が戻った。

 思考よりも先に脳のより原始的な部位が目醒めていたのだろう。ケイは自分がおかれている状況をある程度把握していた。


 手足は完全に拘束されており、自力では脱出できないこと。口も塞がれているが目と耳は覆われていない――だが目を開けないほうがよさそうだ。

 周辺には男が数名いて、おそらくさゆりお嬢さまもそう遠くないところにいる。意識を喪ってからは、おおよそ六時間ほどたっていて、いまは二一時と二二時のあいだだと、常人より精度の高い体内時計を持っているケイにはわかっていた。

 問題は、彼女を昏倒させるような薬剤は、世間一般には存在しないことだった。B研のデータが盗まれた、あるいは、スタッフのだれかがケイ専用の鎮静剤のレシピ、または薬剤そのものを持ち出したという意味である。


 ケイに直接薬を盛ったのは、ウェンディなのだろうか。シャーロットの姉がシロだという点について、ケイは自分の直感にかなり確信があった。ひょっとしたら、パーティの参加者の中にもうひとりふたり反財閥主義の息がかかっている人間がいたのかもしれない。

 しかしどうも、エレミアとウェンディが近くにいるような感じはしなかった。まずはさゆりお嬢さまの安全を確保するのが先決であるが、すこし気になる。現在位置はテレシナ市の近郊であろうと思われるが、表に出て星空を眺めてみないとなんともいえなかった。反面、星さえ見ることができれば、ケイはかなり正確に自分がいまいる緯度・経度がわかる。


 足音とともに人間の体温が近づいてきて、ケイの身体を持ちあげた。筋肉の硬さからして、成人の男だろう。車のボンネットの上で昼寝中の猫を近くのベンチへ移そうというほどの――しかしとくに猫好きというわけではない人間の手つきを思わせる――乱暴ではない程度の取りあつかいだ。もうしばらく様子をうかがおうと、ケイはまだ目が醒めていないふりをつづけることにした。


 どうやら男は虜囚をべつの部屋へ運ぶつもりのようだが、廊下に出たらしいところで、すぐにケイの嗅覚は硝煙の臭いを捉えていた。発砲があってから、まだそれほど時間はたっていない。そして鉄の臭いは血で間違いない。だれかが射たれ、死んだことはほぼ確実だった。アンモニア臭もすることから、犠牲者は脳か脊椎の中枢神経を破壊され、失禁したのだろう。

 いったいだれが……と眉が動いてしまいそうになったところで、ふいに放り出された。しかし柔らかいクッションに受けとめられる。ソファのようだ。


「さて、お嬢さまとお付のメイドちゃんがそろいました」


 さゆりさまがいる――! ケイは目視以外の全感覚を総動員して周囲を探ろうとしたが、やかましい複数の男に邪魔された。


「おー、あらためて見ると、メイドちゃんのほうもいいなあ。ちっこくて、そそる」

「やめろよ、ちょっとでも傷がつくと化け物に変身するんだろ。もう何十人も殺られてるっていうじゃねえか」

「それってさあ、だからこそ仇討ちが必要だとか思わない? 今度はこっちがヤるってこと」

「だから出血させたらヤバイんだっての」

「えー、ホントに血が出ちゃうのかねえ? お屋敷のメイドさんはもれなくご主人さまのお手つきだとか、そういうことない?」

「アホ。おめえはエロ漫画(ヘンタイコミック)の読みすぎだ。そもそもお屋敷のご主人さまはそこのお嬢さまだろうが」

「ああ、じゃあそういう……それもいいな」

「……エロ漫画脳はもう黙れ」

「つまり、メイドちゃんのほうはどうしても使えないワケ? この人数全員でお嬢さまに相手してもらうの? 嫌だってほどじゃないけど、待ち時間長くね? ズボン下ろしてるあいだに財閥警備部にズドンとかやめてくれよ」

「つか、なんのために連れてきたんだよそっちのガキ」

「そりゃ、お嬢さまもご自分のはじめてを身近なだれかに見てもらいたいだろうし。見てるうちにメイドちゃんもその気になっちゃったりして」

「オイ、オレより脳みそ発酵してるのがいるぞ」


 ……よからぬことを企んでいるのは間違いないが、こいつらがなにをいっているのかわからない。


 口が動けば「さっさと消えないなら警備部が到着する前にあんたたち全員食い殺す」といってやるのに、とケイが思ったところで、さゆりの声が聞こえてきた。どうやらお嬢さまもしびれを切らしたらしい。ケイほど獰猛な意味ではないにせよ。


「あなたたちはなにが目的なの。そろそろ、わたしを捜して警備部がやってくるわ。早ければ五分もせずに、遅くとも一時間後には」


 下品な口笛を吹いて、男どもがさゆりお嬢さまを取り囲んだ――とケイには予測できた。お嬢さまはまったく怯んでいないこともわかる。


「あんたを殺せ、とはいわれてないんだ。まあ、それはわかるよな」

「たださらってこい、ってワケでもない。危害を加えようとしてみろ、ってのが依頼でね」

「つ・ま・り、生命にかかわらないなら、あとはナニをしてもいいってことなんだ」


 ……なるほど。どうやらお嬢さまはまだ理解できていないようだけれど、ケイには遅ればせながら男どもの考えがわかった。

 ケイがドクター・アムウェルの研究室で制作されて間もないころ、初期教育のプログラムで視聴した映像記録を思い出す。そのときのタイトルは「人間の行動の二面性について」だったか。


「――とまあ、自己の生存が脅かされているかいないかというのは、他者への攻撃性を強めたり弱めたりはするけれども、決定的なファクタではないわけ。とくに性的強要に関しては、ほぼ行きあたりばったりと表してもいいすぎじゃない。性暴力を働く手合を『ケダモノ』と呼ぶのは動物に失礼だっていう人もいるけど、動物も繁殖とはまったく関係なく強姦を働く。チンパンジーがとくに顕著だけども、かなりの種類のサルはほかの群れ、あるいは別種のサルやそのほかの動物を襲撃して、犯して殺す、あるいは殺してから犯す。イルカもそういうことをよくやるし、ゾウはサイを標的にすることが多い。まあ、ゾウの場合はほかにサイズの合う動物がいないから、っていう面のほうが大きいのかな。オットセイはハーレムを作る習性があるけど、あぶれたオスはペンギン相手に発散することが観察されてる」


 そう解説していたアムウェルの声が脳裏で再生される。もちろん人間を含む動物の行動というのは、弱者を蹂躙し、玩弄するばかりではないという情報もケイには与えられている。

 災害下の苦境にあって助け合う人々、いつもは食料にしている子ガゼルへ我が子と同じように乳をわけ与える母ヒョウ――よいようにいえば柔軟であり、反対の見方をすれば一貫性がなくちゃらんぽらんだ。


 こいつらには財閥に復讐する動機があるわけではなく、たださゆりお嬢さまが無力だろうと高をくくっている。警備部がきたら逃げ出すだけだ。お嬢さまが武器を持っていれば、全員殺したって正当防衛であろう。でもお嬢さまは丸腰だし、素手で大の男をたたき伏せるような格闘術も習っていない。それなら、あたしが代わりに相手をしてやる。


 暴力でなんでもできると思うなら、やれるものならやってみろ――


 革のベルトとワイヤがはじける音に、いままさにさゆりの身に指をかけるところだった男どもが振り向いた。銀狼と化したケイは壁を蹴ってさゆりの右にいた男の脚に食いつき、そのまま半円を描いて振りまわす。人体をそのままハンマーに使った攻撃で、四人が壁や天井に衝突する勢いで吹き飛んだ。ハンマーにされたやつの肉と軟骨と靭帯が断裂し、つけ根から右脚がほぼちぎれる。


 さゆりにあたってしまわないよう手加減したので、まだお嬢さまのすぐ近くに三人残っていた。ケイは皮だけでくっついている脚を放り捨て、ひとりに体あたりしながらふたりめを前肢で引き倒し、三人めの頭蓋をひと噛みで粉砕する。潰れた頭部を吐き出して、前肢で組み敷いていたやつの喉笛を食いちぎる。


 体あたりではじき飛ばされた男は、ソファに倒れ込んだおかげで頭を打たずにすんでいた。銃を抜いて、構える。射線のうしろにさゆりがいるので、ケイは躱そうとせずにそのまま突き進んだ。

 発砲音が二回鳴り響き、一弾はケイの右肩に、もう一弾が額に命中したが、しなやかで密生した銀色の毛並と、強固な体組織、頭蓋骨は拳銃弾程度で貫かれたりしない。男は三発めを射つ前に銃ごと両の手をもぎ取られた。

 ケイは男の頭をくわえて押さえながら、その肩に前肢をかけて首から下をコマのようにくるりと回す。頸椎が四五〇度ひねられた。


 最初の人間ハンマーで吹き飛んだ四人のうち、ひとりは窓ガラスに頭から突っ込んで室外へ消えており、ふたりめは衝突で頸を折ったようで壁際で不自然な方向に頭がねじれたまま動かない。三人めは天井の回転扇に上着が引っかかって、首吊りになっている。

 最後のひとりは壁にぶつかり、固定式の架台にかかっていた数梃の銃ともに床に転がっていた。降ってきたショットガンを把って、立ちあがる。先にトリガーを引いてから、ポンプに手をかけた。


 その銃口は部屋の対角線上にいるケイではなく、モニタが乗っているデスクの陰に身を伏せようとしていたさゆりに向けられていた。そこは、先刻ウェンディが射たれた場所でもある。


 立てつづけに、乾いた音がはじけた。


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