さゆりお嬢さま救出作戦・Phase.2
「身代金はいくら要求するつもり?」
ゲリラやテロリストというと、むさ苦しい髭面の大男、あるいは狂信を宿らせた無機的な眼の妙に頬が痩けた男――そうした連想をしがちだが、ウェンディが話しかけている相手は違った。理知的で、洒脱な雰囲気。まだ若く、ウェンディと一〇歳は離れていないだろう。
この青年の魅力に惹きつけられていることを自覚しながらも、ウェンディは恋をしていると認めたくなかった。だから、目あてはお金なのだと、あなたに頼まれたから財閥令嬢とその侍女を陥れたのではないのだと、装っている。
モニタに映っている、薬が効いて昏倒したままのケイと、意識ははっきりしているのに――その証拠に背筋はぴんと伸び、完璧な姿勢で椅子に座っている――微動だにしないさゆりを眺めながら、青年が口を開いた。
「目的は金銭じゃない」
「あら、そう。政治的な要求でもするの? 民族隔離政策をつづける東ヌロンド現政権の支援をするなとか、グローバル経済を裏から操るのをやめて格差の是正に取り組めとか」
「フランツ・ジェイド=レンドールは、世界一の金持ちであると同時に世界最大の慈善家だ。あの老人が税金を納めないのは、政治家と役人に分配をやらせるより、自分で直接必要な者に施しをするほうが効率が良いと判断しているからにすぎない」
「なによ、財閥が支配したほうが世の中はマシになる、とでもいいたげじゃない。それなら、なんのために財閥の後継ぎを誘拐したのよ」
「さゆり・フローラ=レンドールは財閥の継承者ではない」
さりげない口調だったが、その内容を聞き逃すほどウェンディは迂闊な少女ではなかった。
「どういう意味それ!? どこかに総裁フランツの隠し子がいて、跡目争いの邪魔になるからあの娘を、さゆりを消そうとか、そういう話なわけ?」
「身代金目的の誘拐、よりはまともな推理になってきたな」
ほんのわずかながら口の端に笑みを浮かべ、青年はウェンディのほうへ向き直った。その手には拳銃が握られている。
「え……ちょっと。冗談よね?『もうおまえは用ずみだ』なんて、そんな安っぽい展開、いまどきソープオペラでもやらないんだから」
「おつむが奥さま劇場なのはおまえのほうだ。財閥令嬢を誘拐してまんまと身代金をせしめる、あるいは財閥の方針を変えさせる、そんなことがありえると思うのか? フランツ自身のこめかみに銃口を押しあてたって、あの老人は考えを曲げない」
「それならなにがしたいの!? さゆりを惨たらしく殺して悪趣味なPVを世界中に配信してから、突入してくる特殊部隊を巻き込んで自爆でもするわけ? だったら、私を殺せばあんたたちの評判が下がって、反財閥テロに加担する人間が減るだけよ。黙って帰ってあげるから、もう放っておいて!」
顔面蒼白になりながらも決死の虚勢を張ったウェンディだったが、青年が笑いはじめたので、殺されかけているという状況を忘れてきょとんとなってしまった。心の底からの抱腹絶倒だったらしく、青年は肩の震えを静めて銃口のブレを抑える。
「頭は悪いが口はよくまわるな、おまえは、本当に。時間さえ許せば、もうしばらく聞いていてもいいんだが。――さよならだ子猫ちゃん」
銃声に、隣室で待機していた手下たちが扉を開けて入ってきた。マグナム弾で両目のあいだを射たれて眼球がどこかにいってしまった、生前の美しさの見る影もないウェンディを見て、ひとりがぼやく。
「あー、もったいねえ。とびきりの上玉だったのに」
「まだ温いぞ。それでいいなら片づけるついでに好きにしろ」
銃をホルスターに収めて、彼らのボスは吐き捨てるように応じた。手下のほうは、下卑たにやにや笑いを浮かべる。
「どうせいただけるなら、もと美少女の死体よりは生きてるお嬢さまがいいっすねえ」
「心得違いをするな。許可が出ているわけではないぞ。おまえたちにしくじり、あるいはいきすぎがあれば、償いをするのはおまえたち自身だ」
「重々承知ですよって。いやあ、あんなカワイコちゃん見たこともない。しかもマジモンのロイヤルプッシーとか、いまから楽しみすぎて……おおやべえ、真っすぐ歩けねえや」
べつのひとりも、とびきりに品のない猥言を垂れ流した。これでもインテリエリートの手前、伏字にするほかないような単語は控えている。
「いっておくが今後のサポートはなしだぞ。おまえたちの同志のうち、半分は財閥警備部がもう蜂の巣にしているだろう。退き際を見誤って包囲されても脱出の手引はない」
席を立ち、ドアのほうへ足を向けながら青年が発したのは、警告とも最後通告とも取れる言葉であった。
「一番美味しい役目がまわってきた以上はご期待に沿いますよって。旨味なしで機動課空挺や高強度保安課の特務強襲班と殺り合うことになった連中は、ホント気の毒に思いますわ」
「金銭のぶんの仕事はもうじきすむ。賢く切りあげるか欲をかくかはおまえたち次第だ」
「つぎもお声をかけていただけるよう、ご満足していただけるよう働きますよ」
仏頂面のエリートさまがいなくなればお楽しみを邪魔するやつはいない――それしか考えていないバカどもは、顔をゆるませたままボスを送り出した。
彼らはマフィアあがりの請負テロ屋であって、イデオロギーや反財閥の信念のために精強な財閥警備部との死戦へ飛び込むだけの度胸・覚悟はない。だからこそ囮の役目は割りあてられなかったわけだが、無論ながら彼ら自身はそんなことは知らずにいる。
金銭で動くような連中まで使いたくはなかったが、そんな輩まで用意しなければ財閥に対する攻撃は成り立たないほど、反財閥主義の力は限界に達していた。短期間に三度の大規模作戦を繰り返し、そもそも盤石ではなかった新大陸での組織は再起不能といっても過言でないほどに決壊していた。無理を補うため、旧大陸側の物的・人的資源も深刻な打撃を受けただろう。
全地形走破車の後部座席に揺られながら、若きエージェントはきたるべき世界へ視線をすえていた。
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黄金の川の戦いは激しくも短く、終焉を迎えていた。
クレス=カガミを乗せてヘリが飛び去ってからの三分でラッツ率いる警護課チームは絶体絶命の危機に追い込まれたが、救援要請を受けて急行してきたセイン=ルーカス操る機動課の対地攻撃機――一九連装ロケットランチャー二基、機銃内蔵ガンポッド二基、対戦車・対船艇兼用ミサイル四発、サイドドアガン二梃装備のガンナー三名体制という特盛仕様――が敵勢力の船舶と車両、重火器を撃滅、たちまちのうちに攻守は反転し、多数の死傷者を残してテロリストたちは川ぞいの森へと逃げ出した。
周囲に広がる草原は見とおしがよすぎて徒歩では逃走路にならない。現状で追撃する余裕はないものの、エル・アンゼリーナ治安当局に通知をして違法な重武装の取り締まりというかたちで残党を狩らせればいいだろう。
現場の制圧を確定させた警護課チームが負傷者を収容してまわっている中、ロケット弾を食らって大破していた悪路走行仕様ピックアップの運転台をのぞきこんだラッツが顔をしかめた。頭をのけぞらせた男はもう死んでいたが、ゆがんで開かなくなっていたドアをむしり取って引きずり出し、荷台へ寝かせる。
「――こいつは」
「主任、この男をご存知なのですか」
左の二の腕に弾丸を浴びながらもタフに任務を継続している部下が、ラッツへ訊ねた。
「昔の腐れ縁だ。ムルグナイの国境警備隊にいたんだが、小銭でなんでも素どおりさせるクソ野郎でな。ついた渾名は『コイン式自動昇降ゲート』だった。退官してヴァンガード・フォース・サプライに入ったと聞いていたが」
「VFSですか。たしかあそこは……」
「ああ、ゼネラル・セキュリティを通じて、間接的にだが財閥が出資をしている。もちろん、とっくに辞めて落ちるところまで落ちたのかもわからんが」
調べごとがさらに増えそうだ、とラッツはため息をついた。上空を旋回しているルーカスのヘリには強力な通信機が積んであるので、ほかのチームの状況も伝わってくる。
ここほど激しい戦闘になっている現場はないようだが、抵抗は大なり小なりあるようで、九ヵ所め以降が制圧された、という報告はまだない。さゆりお嬢さま発見の情報もなかった。カガミは、すくなくともポイントοのすぐ近くには到着しているはずだ。
「まさかきさまに最大の期待をかけることになるとはな、カガミ」
ルーカスを通じ、ポイントοに先行要員を送り込んだこと、最低でも偵察は完了しているのでいずれかのチームが動けるようになったら速やかにοへ向かい、先着しているクレス=カガミの収集した情報に基づいて作戦を継続するよう各班へ要請して、ラッツは煙を噴いているつぎの車両のほうへと歩を進めていった。
今度は生きているやつがいるかもしれない。




