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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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カガミと不死鳥


「――原因不明の大火災で村が丸ごとひとつなくなって、住民も忽然と姿を消した、っていう記録は、当時ノルデンクの法務官をやっていたうちの先祖も書き残してる。それはカナちゃんも知ってのとおりよ。公国歴七二七年、いまから四九八年前の夏のできごとね。あの国って飢饉以外にも町や村が消えてなくなるような事件がたびたびあって、狼の群れの襲撃で町が全滅したとか、胡散くさいところだと吸血鬼に村の住民が皆殺しにされたとか――まあそういう文書があるってことは、当然カナちゃんのほうがわたしより詳しいでしょう。うちの一族が法務官になったのは公国歴七〇〇年代以降なんだけど、このほかに特異な記述は残ってないわ。……なにか参考になるようなことあったかしら?」


 今度こそ話が終わり、さすがにしゃべり疲れてアムウェルの声のトーンはやや低くなっていた。カナエは、興味深い、とすでに表情で語っていたが、具体的に言葉で説明をはじめる。


「ひどい飢饉と自分の肉を振る舞う篤志家の男、そのお話自体は、お膝もとのノルデンクだけではなく、公国と交易がある近隣沿岸国、公国出身者が多く移住している新大陸の一部都市にも伝わっています。ですが、じつをいえば、篤志家のほうから自分を料理してくれと頼んでくるというパターンは、その時点であまりない、少数派の展開なんです。その上、村人と篤志家が終始友好的な関係で、カガミの男は村へやってきながら話をしただけで立ち去っていく、というのは、いまはじめてうかがうことになった、初見の変形異説ヴァリアントです。……いえ、むしろ、アムちゃんのしてくれたお話のほうが原型オリジンにより近いのではないか、という気もします」

「へえ、わたしの知ってる話はレアパターンだったんだ。この話って、普通はどんな展開になるものなの?」


 カナエも聞いたことのないめずらしい話が自分の家に語り継がれていた点より、それが一般とは違っていたというほうが気になって、アムウェルは質問していた。


「たいていの類型説話ヴァージョンでの村人たちは、篤志家が不死身であることを知るなり彼を柱に縛りつけ、肉を削り取って自分たちの餓えを満たす、残忍で強欲な人々として描かれています。飢饉がすぎたあとも村人たちは篤志家を解放せず、それどころか篤志家の血肉で不老の力が得られることに気づいて、彼の身体の一部を切り売りするようになる。そこへ現われたカガミの男が、村人たちを討ち殺して篤志家を救い出す――という筋書きで伝わっています」

「それで、カガミの男に助けられた篤志家のその後は?」

「不死鳥の力を持った人間を粗略にあつかうとどんな目に遭うか、という、不死鳥信仰とカガミの男の恐ろしさを際立たせるのが目的のお話のようで、ほとんどの場合、恩知らずの村人たちが殺されておしまいです。ですが一部では、カガミの男の能力によって篤志家の身から不死鳥が呼び醒まされ、村人たちが切り売りした篤志家の肉を食って限定的な不死になりおおせていた成金たちが焼き滅ぼされます。ノルデンクのあちこちで人体発火が起きる、というところをのぞけば、アムちゃんのお話の結末と同じような感じですね」

「篤志家の肉を金で買って不老不死になった、っていうなら人体発火で焼け死んでも自業自得だけど、飢饉の緊急避難で食べただけなのに焼け死ぬはめになった村人たちは気の毒ね。わたしの家に伝わってた話はあんまり道徳的じゃないってことか」


 性格の悪い顔になって笑ったアムウェルに対し、カナエはまだ真面目なままだ。


「それだけに、ありのままの事実に近い可能性があるとも考えられます」

「不老不死なんて身の丈にあまることは望むな、恩を仇で返すな、そういう教訓話にするために脚色されたヴァージョンが主流になってたってわけ?」

「その種の作為が関与した可能性もありますが、似たような話と混じり合って自然に変形したのではないかと思います」

「似たような話って?」

「ノルデンク地方周辺では、同時多発する人体発火の記録がさらに以前から残っているんです。もっともさかのぼれるものは現在から二五〇〇年近く前で、アムちゃんのご先祖が記録している四九八年前が最後の、これまで四度。間隔がぴったり五〇〇年だったのはそのうち二度で、長いときは一〇〇〇年近く起こらなかったりするんですけど、不死鳥が五〇〇年ごとに転生するという伝説との符合性は高い。そして、文献では残っていないけれど、二五〇〇年よりもさらに以前から、同時多発人体発火の現象自体は繰り返し起きている疑いがとても濃いんです」


 カナエの話に、アムウェルもすっかり引き込まれていた。


「不死鳥は実在する――ってワケ?」

「かなり長い周期スパンをもってノルデンク近辺で人体発火現象が同時多発的に発生している、その事実はもはや疑う余地がないと私は考えています。アムちゃんの専門の見地からみて、この現象に説明をつけることってできますか?」

「うーん、そうねえ……」


 急に話を振られてアムウェルは腕を組んだが、不死鳥がもし実在したとしたら、という仮定の話だと割り切って、あまり深く考え込むことはなく再度口を開いた。


「事故らない限り寿命では死なないっていうのは、遺伝子コードのリフレッシュによってたぶん可能になる。ていうか、わたしたちもその線ならかなりいいトコまできてるわ。異常な再生力と生体発火に関してなら、アデノシン三リン酸(A T P)の合成や代謝反応を亢進させることで実現できるかもしれない。ATPには血管を収縮させたり痛みを抑えたりする働きもあるから、不死身状態の人間はまさにゾンビみたいなものでしょうね。……だけど、それはすごい高効率でエネルギーを使うことができるようになるって意味だから、飲まず食わずで自分の肉を他人にわけ与えつづけるのは不可能なのよ。エントロピーの法則ってやつね。自分を無限に鍋料理にする篤志家については、エネルギー供給源の説明がつかない」

「不死の力が血肉を介して伝播し、不死身有限寿命の特性が可死無限寿命に変化してしまうということは、どのように考えられるでしょうか?」

「それは正直いってわからないわね。分析するには材料不足だし。不死鳥の加護を受けている、あるいは取り憑かれている人間の生体サンプルがあれば、きっとなにか見つけられると思うけど。ただ、不死身の人間の一部を食べることで生体的な変化が起きるっていうなら、それはどちらかというとプリオン病とかに近い感じはする」


 アムウェルの見解に、カナエは眼から鱗が落ちた、というような顔になった。


「病気……なるほど。古来から疫病は呪いとしてあつかわれてきましたが、もし人間にとって有益な結果をもたらす病原体が存在するなら、それは神性による祝福や加護として捉えられたとしても不思議はありませんね」

「喫食感染、あるいは血液感染する、罹患すると自然死しなくなって、発症すると人体発火で焼け死ぬ病気か。発火が同時に起きるのは、感染者が増えすぎないように定期的に一掃するためと考えれば……だけどそれだと、ほんとにひとり残らず全滅しそうだしなあ。不死身ながら寿命があるタイプと、生体時間は停まるけど死ぬタイプがどう違うのかよくわかんないし」

「カガミの男がなんらかの関与をしている、私はそう見ています。不死鳥を護る者なのか、不死鳥を宿した人間を狩り立てる者なのか、どちらにしても、ゆえなく結びつけられたとは考えにくい。あまりにも多くの伝承に残りすぎています」

「そもそもカガミの男ってなんなのか、そこから漠然としてるのよね、わたし。カガミ家がノルデンクに実在してたってことは知ってるけど、もう断絶してるし。不死鳥を司ってる一族が滅んでどうすんだっていうか。不死鳥の加護の効きめが切れちゃったんじゃないの?」


 アムウェルが疑問を呈し、自分の専門分野に話が戻ってきたので、カナエはひとまず歴史的な事実を説明することにした。


「カガミ家はノルデンクの宮中伯として代々大公に仕えていました。当主は常に女性で、伯爵位の女系相続を例外的に認められていた。実際に、カガミ家は極端な女腹の血統で、男児が生まれたという記録はほとんど伝わっていません」

「そうだったらしいわね。メスしか生まれない動物っていうのはそんなにめずらしいわけじゃないけど、人間でそれってどういうことなのか。生きたカガミ家の女性がいないのが惜しまれるわ」


 人間をミジンコやアブラムシと同じようなくくりで語るアムウェルはマッドサイエンティストの資質充分だったが、カナエは倫理の専門家ではないのでそこには触れず、歴史と伝承の狭間へと話を進める。


「カガミ家に男児が誕生したという確実に信頼できる文章が残っているのはおおよそ一〇〇〇年前のことで、そのときは、周期的に起こっていた同時多発人体発火の事例が途切れているんです。それからはしばしば、カガミの男は恐るべき死神、不死鳥の血を盗んだ人間に誅伐を与える存在として民間伝承の中に現われます。カガミ家の断絶にやや先立つ、二〇〇年ほど前にも最後の当主が男児を生んだと噂が流れました。ただし公的な記録はこれを否定しています」

「カガミ家の最後の子供は男だった、それはわたしも聞いたことあるわ。正確には、男女の双子だったかな。それは不死鳥の遣わした神子に違いないと。だけど……」


 ノルデンク出身者であるアムウェルのいいさしを引き取って、カナエは深々とうなずいた。


「そう、二〇〇年前にカガミの男が現われ、不死鳥の加護を受けた人間を助けたという話も、不死鳥から血を盗んでいた人間を討ったという話も、遺されていません。私がノルデンクに行ったときの印象では、そのような事実がなかったというより、カガミという名前そのものがタブーとされていた。二〇〇年というのは、当事者の一次証言は得られないまでも、間接的な三次、四次証言者は有意に残っている時間です。ところが彼らの言葉は『知らない』『聞いたことがない』ではなく、『そんなことはなかった』『カガミの男は現われていない』とそろっている。これは、逆説的に、強い口止め、言論統制が行われた結果だと思われます」

「カナちゃんは、二〇〇年前にカガミの男は存在していた、けれどその事実は隠蔽された、と考えてるワケ?」

「アムちゃんのご実家からいただいていたものも含め、以前ノルデンクで収集した資料を全部そろえました。財閥のコネクションを通じて、外部の研究者からも広く資料を取り寄せているところです。公的記録のみならず、市中の人々の噂話にまで、どのような介入がなされたのか、ある程度洗い出すことができるでしょう」

「二〇〇年前の資料の精査で、カナちゃんの仮説が立証されたとして……具体的にいま進んでる不老不死計画になにか関係ってある?」


 理系分野の研究者ではあるが理論畑ではない即物派のアムウェルは小首をかしげたが、カナエは充分に成算を見すえた眼の光を宿して語をつづけた。


「いままさに、カガミを名乗る人物がテレシナに滞在しています。しかもさゆりお嬢さまのボディガードとして。カガミという姓が通常ルーツにしているのは旭東皇国ですが、彼がそうでないことは確認できているそうです」

「断絶したはずのカガミの末裔が、さゆりお嬢さまのSPをしてるってこと?」

「いえ。カガミ家の断絶がたしかで、その最後のひとりが男性であるなら、もう女系血統は途切れてしまっている。カガミの男の不死鳥にかかわる力は、女系血統によって伝わり、ごく稀に生まれる男性で発現するものだろう、というのが私の見立てです」


 いつの間にやらすっかり魔術と霊能の話になってしまっていて、アムウェルはどこでおいていかれたのか、自分の短期記憶を振り返らなければならなくなっていた。


「つまり、いまいるカガミさんは最後の当主が生んだ双子のうち、女の子のほうの子孫だってことかしら?」

「ああ、アムちゃんは、カガミの男がその能力を目醒めされるにはなにが必要か、ということはご存知なかったですものね。まあ、気分の良い話ではないので、知らないでいて問題ないと思います。とりあえず、二〇〇年前にカガミの男が現われているなら、双子の女の子のほうが子孫を残すことはありえません」

「あれ……だとすると、やっぱりカガミの血統、すくなくとも、不死鳥に関する能力を持った女性系統は断絶ってことじゃないの?」


 やっぱり話が半分以上わからないながらも、アムウェルは理論の筋道としておかしいところを指摘した。

カナエはにんまりと笑う。


「彼が真物なら、カガミ家最後のひとりにして、カガミの最後の男――その当人であるほかに、可能性はありません」

「って、それは二〇〇年前のことなんでしょ……?!」


 アムウェルの眉尻が跳ねあがったのを、まるで見ることができていたかのように、カナエはあらためてこっくりとうなずいた。


「そう、不死鳥に侍する者でありながら、最後のカガミの男は、自ら不死鳥の血肉を取り込んだ。故意なのか、だれかに仕向けられたのか、それはわかりませんが、カガミ家の記録が抹殺されたのには、およそそのことが関係している――まだ私の勘でしかありませんが、まず間違いありません」

「……件のカガミさんが本当にそうだったとしたら、どうするの?」

「アムちゃんのラボで精密検査を受けてもらえばいいんじゃないですか? 興味深いデータが得られるんじゃないかと」

「ていうかさ、さゆりお嬢さまの護衛なら、財閥の職員なんだし、べつに身許の裏取りをする必要もないような」


 健康診断だったら半年に一度あるじゃない、そもそも、なんでそんなあやしい素姓の人間がさゆりお嬢さまの身辺に……あ、レイカちゃんの仕業か――と、アムウェルはひとしきり独り言を漏らしたが、カナエは真顔に戻っていて、しかも、これまでで一番シリアスな表情だった。


「彼がなぜテレシナへやってきたのかが気にかかります。偽名を使っていないということは無警戒なのかもしれませんが、あまり、こちらが彼の出自や生体的特性に興味を持っていると知られるべきではない」

「……なんで?」

「伝承が正しいのなら、カガミの男はきわめて危険な存在だからです」


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