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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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アムウェルの昔話


 いまをさかのぼること五百と何十年か前、ノルデンクはすでに公国だったけど、正直現在と大して変わらない閉鎖的な国だった。氷河に覆われた山が囲む、陸路じゃ面倒すぎて行く気にもならないチンケな田舎。

 当然ながら、ちょっとでも夏場の天候が不順だと、すぐに飢饉になった。冬になるとただでさえ通いにくい山道は完全に塞がれる。唯一の出入り口は南に面した凍らない内海で、貧乏人は魚を釣ったり海鳥を獲ったり、船で外国に出稼ぎにいったりして細々と食っていた。


 ところがその年はとんでもない寒さで、夏のあいだも雪が降り、作物どころか雑草さえまともに生えてこなかった。冬がはじまるころには内海も凍結してしまって、船も使えなきゃ魚も釣れない。並の不作だったら、なけなしの蓄えをはたいて外国から食料を買ったり、出稼ぎに行っていた人が船で戻ってきてくれたものだけど、それすらできなくなってしまった。

 家畜も飢え死にするのはあきらかだったから、せめて痩せて食べるところがなくなる前にと潰して肉にしてしまって、国中から食べ物がなくなるのは時間の問題だった。

 ……ちなみにうちの先祖は、秋口にこれはまずいと気づいて、船を仕立てて一族こぞって国外脱出していたそうで、このときノルデンクにはいなかったんだって。だからますますこの先の話の信憑性はあやしいわけよ。


 ……とまれ、本格的な冬もいつもの年より早く訪れて、ノルデンク人は絶体絶命。金持ちも自分たちが冬越しする以上の蓄えはなかったから、略奪を恐れて門を固く閉ざし、あるいはうちの先祖と同じように国外へと逃れていた。

 そんな中、とある村の篤志家が、餓死の運命を待つしかない貧しい人々に炊き出しをはじめた。鍋を火にかけて雪を溶かし、岩塩で味つけしただけの謎の肉スープだったけど、まったく食べるもののない人々にとってはなににも増してありがたかった。生き残れないと見切りをつけて家畜がことごとく潰されて、相対的に食料の中では肉が多い状況になっていたから、しばらくのあいだはだれも気にすることなく炊き出しに並んでいた。


 寒さはますます厳しくなって、あらたに食べるものが天から降ってくるわけもないから、蓄えがなくなってしまえばそれきりのはずだった。実際にあちこちの村や町から餓死者が出たという噂が流れる中、謎の肉スープを振る舞う篤志家は毎日炊き出しをつづけていた。その村へ行けば食べ物にありつけると、外からやってくる人まで現われた。村民は最初よそ者を追い払おうとしたけど、篤志家はスープの量を増やして対応し、求める人々を拒む必要はないと鷹揚に告げた。


 ……いつしか、村はもとの人口よりも多い難民であふれるようになっていた。それでも篤志家の謎の肉スープは尽きる気配を見せず、すでに村中にいた家畜をはるかに超える分量の肉が、人々の胃に収まっていた。さすがに、これにはあやしむ声がささやかれるようになった。どうやら篤志家は無限に湧いてくる肉の源を隠し持っているらしいと。

 人々はもはや人肉を食わされていたというくらいでおどろく気はなくなっていた。国のあちこちで食人の禁忌は破られていて、最近村へ逃れてきた人たちが口々に語っていたから。篤志家の謎肉スープは毎日提供されていたけど、一日の分量はあるときから増えなくなっていた。こうなると炊き出しを求める人が増えればそれだけひとりあたりのスープが減るわけで、篤志家が無限の肉を持っているなら、ケチケチしないでもっと出せと、恵んでもらっている側でありながら浅ましい意見があがるようになっていた。


 ついに人々は篤志家の邸宅へと押し入り、肉の源がどこにあるのか家捜しをはじめた。ちょうど、篤志家はその日のスープの準備をしているところだった。人々が調理場で見たのは、背の高い椅子に腰かけ、鍋をかき混ぜている篤志家の姿だった。彼の両足はつけ根からなくなっていた。

 篤志家は自分の肉を料理していたのだ。でも、毎日炊き出しの時間になると、篤志家は自分の両足で歩いて鍋を持ってきていたはずだった。はたして、呆然と立ちすくむ人々の目の前で、篤志家の足がだんだんと生えていくではないか。謎肉のスープが尽きない理由、しかし一日に提供できる量に限りがある原因は、これだったのだ。


 口をきくことも忘れてただ見ているだけの人々のほうを向いて、篤志家はむしろ肩の荷が降りたとばかりの顔になってこういった。


「知ってもらったのならちょうどいい。自分で自分を料理するとなると、このとおり、全身の肉を切り刻んで鍋に入れるわけにはいかないのですよ。料理する自分自身がいなくなってしまいますからね。今日からは、みなさんで私を料理してもらえませんか?」


    ****


「――こうして、殺しても死なない不死身の男の肉を、人々は冬のあいだ中食べつづけたのでした」


 南国の明るいオープンカフェというシチュエーションにはいささか合わない、北国の陰鬱なひと冬の物話は幕を降ろした。アムウェルは、長講で渇いたのどをグレープフルーツジュースで潤す。


 なかなかにスプラッタな、しかしどことなくシュールコメディのような昔話だったが、カナエは表情ひとつかえることなくこういった。


「そこで終わりじゃありませんよね? まだ不死鳥もカガミ家の人間も出てきていないし」

「ほら、やっぱり知ってるじゃない。もう、長々語って損したわ」


 もちろん冗談とわかる口調で、笑いながらではあるが、アムウェルは既知の話を繰り返させたカナエのいじわるを咎めた。盲目の淑女は真面目な顔のままでいる。


「もしそこで本当におしまいだとしたら、自分の身を犠牲にして救荒に努めた篤志家がかつて存在したという、歴史的事実がすこし誇張されて伝わっていただけで、それ以上の荒唐無稽なお話は、人々の想像力が生み出したファンタシィにすぎない、そう結論づけることができます。アムちゃんのお家にもその後が語り継がれているなら、そちらにもなんらかの歴史的事実が関係しているだろう、と推測できるわけです」


 あくまで民俗学研究としての側面からアプローチをするカナエに、アムウェルも気を取り直して話のつづきを記憶からたぐり寄せる。


「わたしとしては、ここで終わっておいたほうが小話として面白いと思うんだけどね――」


    ****


 ノルデンク史上最悪の冬はようやく明け、内海を封鎖していた氷のゆるんだ隙間を縫って、外国から救援船がやってきた。

 ……そ、話としてはますますめちゃくちゃなのに、皮肉というかなんというか、こっからはうちの先祖も現地にいるのよね。


 さぞや酷いことになっているだろうと予想されたとおり、国中餓死者の骨だらけ。寒くて腐らなかったものだから、先に死んだ人はもれなく生き残りに肉を剥ぎ取られてしまっていた。屍肉をついばむ鴉すら、飢えた人々に狩られてしまっていやしない。

 そんな中、とくに貧しい地域にありながら、ひとつの村だけが無事だった。それどころか、村人の数より多い難民を抱えて春まで持ちこたえていた。全員痩せ細ってはいたけど、凍死者は出ても餓死する者はいなかったというのだから不思議がられるのも理の当然。

 外からの避難民も含めて、村中の人々が崇め奉っていたのがあの篤志家だった。毎日人々に全身の肉を食われていながら、彼はそのたびによみがえって皆の栄養源になりつづけていたのだ。


 奇跡の理由を探ろうと思うのは人情というものだけど、村民たちは総出で篤志家の秘密を守りとおした。不死身の男がいるなんて知られたら、どんなあつかいをされるやらわかったものじゃなかったから。外からやってきた難民たちもすっかり村に居着いて、以前からの住人との結束も固く、もう区別がつかないくらいだった。

 荒廃した村や町を再建するために、避難した者はもとの居住地へ戻るようにと、お上はお触れを出したけど、村民たちは知らん顔。ノルデンクでもっとも飢饉の害が深刻だった地域は文字どおり全滅してしまっていたから、集落最後の生き残りが篤志家の世話になって冬を乗り越えていた、っていう状態で、だからわざわざ呼び戻す声をかけてくる人も残っていなかった。


 ……奇妙なことに村の人々が気づいたのは、それからしばらくたってからだった。


 育ち盛りのはずの子供たちの背が、いつまでも伸びない。もうお迎えがくるはずの老人たちが、ヨレヨレながらも一向に死なない。そう、村人たちの肉体は、まるで時が停まってしまったかのように成長や老衰をしなくなっていたのだ。もともとからの村民だけではない、あの飢饉の冬、篤志家の肉を食らった者は、全員肉体時間が停止していた。


 ただし、それは彼らが不死身になったことを意味はしていなかった。あの冬のあいだも、村の道で猛吹雪に襲われ、わずか百歩先のドアへたどり着けずに凍え死んでしまった人はいたからだ。冬を切り抜けたあとも、事故に遭って命を落とす村人はときどき出た。村民たちはひそかに話し合い、どうやら、篤志家の血肉には、外部要因で死なない限りいつまでも生きつづけることができる力が宿っていたらしいと結論に達した。

 では、限定的ながら不死をもたらしてくれた篤志家自身はどうなのか。彼は毎日全身の肉を切り刻まれ、鍋料理にされながら再生を繰り返した。篤志家は完璧な不死身なのか。村人たちは篤志家を守護神として崇めるようになっていて、極力よそ者の目にさらされないようにと、自分たちも接触を最少限にしていたから、最近はあまりその姿をよく見ていなかったことを思い出した。村の有力者たちは、篤志家の屋敷をひそかに訪れることにした。


 ……篤志家には、はっきりと老いの兆候が現われていた。おどろいた村の有力者たちは、篤志家の肉を恵んでもらった自分たちが、事故に遭わない限り死ななくなったことを話した。そして、切り刻まれても死なない、自分たちよりはるかに強い不死の力を持っているはずの篤志家が、どうして老いていくのか訊ねた。


 篤志家は、自分には不死鳥の加護があるのだと答えた。だから不死鳥が定めた時まで決して死ぬことがないのだと。直接不死鳥に触れたわけではない、自分の肉を食っただけの村人たちは、再生の力までは得られなかったのではないか、と語った。しかし、詳しいことは自分にもわからないと。もしカガミの男が訪ねてきたなら、それは不死鳥の定めた時が近いことを意味しているだろうとも口にした。


 自分たちが間接的ながら不死鳥の加護を得ていたという話に、村民たちは衝撃を感じながらも、その説明は納得できるものだと受けとめた。だが、不死身とはいえ篤志家が現に老いているところからすると、どうやらその恵みが永遠ではないということも事実らしい。肉体にはいま以上の変化が起きないが、死の時はいつしかやってくる――このことは、青年や壮年の者にとっては前触れのない恐怖であったし、子供にとっては死ぬまで背が伸びないというのは面白くない話だった。自由の利かない老いた身体を引きずりながら死ぬことだけできない老人にとっては、ある意味では慰みでもあった。


 いつ訪れても同じ顔の人々がいる、時間が停まった村――その噂がだんだんと広まっていく中、ある日、浮世離れした雰囲気をまとった黒髪の青年がやってきた。もう何十年も口にされたことがない、殊によそ者が知っているはずのない、篤志家の本名をあげて面会を求めるその青年に、村人たちはこれこそがカガミの使者だと直感した。

 不死鳥に侍するカガミの男に関しては、この当時でもすでに相矛盾するさまざまな伝説がささやかれていた。不死鳥を守護する者であり、その力を宿している人間に従う義務を負っているといわれるいっぽう、定命からの逸脱を罰する者であり、不死鳥を宿す人間を狩り尽くすために存在しているのだといわれたりしていた。カガミの男を阻むべきか、篤志家と会わせるべきか、村はふたつに割れたけど、長老は不思議な青年を篤志家のもとへ案内した。


 もしカガミの男が不死鳥の加護を受けた者を助けるために存在しているなら、もはや長老自身より歳嵩に見える篤志家を若返らせてくれるかもしれないし、不死鳥に敵対する存在であるのなら、篤志家が彼をとめてくれるだろう――長老は村人たちにそう説明した。

 ……わたしは、長老は自分が死にたかったからカガミの男に期待したんじゃないかと思うけどね。若い肉体で時間が固定された村人もいるのに、かたや自分は老いさらばえた状態で何十年もそのままなんて、腹立つじゃない?


 まあ、いずれにせよ、カガミの男はしばらく篤志家となにごとかを語り合ったあと、あっさりと立ち去った。村民たちにはほとんど目もくれなかった。反面、篤志家はとくに若返ったりしてもいなかったし、彼はなんのためにやってきたのか訊ねた村の有力者たちに対して、約束の時は近い、とだけしか答えなかった。


 それからしばらくのち、篤志家は亡くなった。村で生まれ育ったもともとからの住民ではなかったから、正確な年齢はわからなかったのだけど、飢饉の冬に自らの肉を村人たちにわけあたえたときは少壮のころに見えていたことを考えれば、ごく普通の人間と同じくらいの寿命ではなかったのかと推定できた。

 そうだとしたら、篤志家が不死鳥から授かった力は、一般的な人間の天寿を、途中で死んだりはせず必ず全うできる、というだけの、すごいことはすごいけど、考えようによっては大したものじゃない加護だった可能性がある。


 ただ、村人たちが聞かされ、理解していたのは、篤志家は不死鳥が定めた時がくるまでは不死身だということと、間接的にしか不死鳥の力をもらっていない自分たちは事故に遭うとその前に死んでしまう、というふたつの点だけだった。篤志家が亡くなった以上、自分たちの命運も尽きた、と彼らは解釈した。


 しかし「その時」がきたらどういう死にかたをするのか、だれもたしかなことは知らなかった。不死鳥の加護が途切れ、停まっていた時間が動きはじめるのか。それとも、ノルデンクの昔からのおとぎ話のとおり、不死鳥さまの裁きの炎によってその身が灼き尽くされるのか。

 篤志家の死から一年が、二年がすぎたけど、子供たちの背は伸びず、老人たちが相変わらず死に損なっていることから、どうやら一度停まった時間はもう動かない、という点はおよそ確実になった。


 そうなると、残っているのは人体発火による最期ということになる。そんな死にかたはいやだと、気の早い村民の中には自殺してしまう人まで出たけれども、三年、四年たってもなにも起こらず、村には拍子抜けと安堵の空気が広まっていった。

 篤志家が村人に不変の肉体をもたらしてくれたことは事実にせよ、それが不死鳥の加護によるものなのかは定かでなく、カガミの男は単なる思わせぶりのとおりすがりにすぎなかったのだと。村人たちの関心は、いまやノルデンク中に広まりつつあった「いつまでも歳を取らない人々が住む不思議な村」の噂を、どうやって抑え込むかに移っていった。


 ……だが、それから間もないとある晩、村のあたりの上空が、激しい火災の朱に染めあげられた。近隣の住民たちが様子を見るためにたどり着いたのは、ようやくつぎの日の昼すぎになってのことだったけど、彼らを待っていたのは、焼け落ちた建物の残骸と、村のあちこちに散らばる、人型をした黒い焦げ痕だった。


 住民の姿は、ひとり残らず消えていた。


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