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(一) 1 違和感

「まるもり弁当」の仕事からの帰り道、カオリは見知らぬ人から呼び止められる。二人が話したこととは?

 



 冬は嫌いじゃない。だからといって寒いのが好きというわけじゃない。厚手のコートで地味な服を隠せて、体のラインも誤魔化せるし、目深に帽子を被ってマスクをしても変質者に思われないから、たぶん。

昔、あることで一時的に顔をネットにさらされたことがある。だから私はあまり顔を出すのが好きじゃない。自意識過剰でもなんでもない。お弁当屋さんでは衛生的に考えて髪を束ねてるけど、普段は伸ばしっぱなしの髪を無造作に下ろしてる。足は短いけど歩く速度は早いと思う。そんなとき

「あの、すみません…」

 遠くでそんな声を聞いた。今日もお弁当屋さんでの仕事が終わり、帰り道を急いでいた。いつものように電車の改札口を抜けて、足早に東口へと向かう。

「すみません、ちょっと…」

 まだ聞こえる、待ち人が気づかないのかな?と思っていたら、いきなり私の目の前に人が立った。

「へ?」

 視線を足下から上へ移すと、見知らぬ男性が行く手を塞いでいた。もしかして、先ほどからの声は私に向かって掛けられていたのか。その男性は私より随分背が高い。そのため声が頭上を通りすぎ、聞こえづらかったらしい。そもそも友人の少ない私に声を掛けるものがいるとは思わない。見てくれも、自分でいうのも虚しいが、中の下だ。

「……」

 無言の私に「すみません」からどう話そうかと迷うそぶりで、男性は視線を下に向けた。私はその彼を迂回してまた歩き出す。


「あ!ちょっと待って!」

「何か?」


 あなたすごく怪しいです、オーラを私は出しまくり警戒の目を向ける。身長のわりに体の細い男性は恐縮しつつも笑みを見せ「この前のこと見てました。」と言った。こんな私にストーカーなんているはずないけど、弱そうな女性を狙うことも多い。


「今ならスルーしますけど、今度そんなことしたら警察に言いますよ。」


 と強気で返す。男は「違う違う」と慌てて否定する。柳みたいなふわふわした風体で、見た目は頼り無さ気だけど裏では変貌するかもしれない。


「実は先週の日曜に女性を助けたのを見てたんです。」

「女性を助けた?…あぁあのときの…それで?」


 あの偽物の障害者に騙されて痴漢されそうになった女性のことか。まさか見られてるとは思わなかった。あのときは逃げるのに必死だったし。


「あの時なぜ恩返しナンバーを教えなかったんですか?そうすれば善良ポイントが入ったのに。急ぐにしてもそんな素振りはなかったし、番号なんてすぐ伝えられるでしょ?今は身分証明書のひとつとして大人ならみんな携帯してるはずです。断る理由が分かりません。」

「未成年なんです。」

「なら親御さんにポイントが入る。親御さんに伝えない理由もない。学生証は?未成年でも高校でその事を習うんだから知らない訳じゃないよね?」

「あなたは未成年に声を掛けて自分は怪しくない大人と言えますか?まさかどっかの学校の先生って訳じゃないですよね?理由はいいたくありません。先生なら大人ならこの法律が『強制ではない』こともご存知ですよね?」

「それはもちろん知ってるよ。だけど…」

「もういいですか?」

「いや、もう少し。あそこの喫茶店は?」

「嫌ですよ、お茶なんて。それこそ危ない。そこのテラスでいいなら話は聞きますよ。」


 私は聞くだけということを示唆した。話し込むつもりも奢ってもらうつもりもない。とりあえず東口の出入り口付近にあったベンチに腰かける。寒い、けどここなら人目もあるし駅に設置された防犯カメラもあるので大丈夫。


「僕は学校の先生じゃない。」


 この場所の欠点はざわめきが止まないこと。人の足音と声が反響して私達を包む。それに押されて互いの距離は声が聞こえる範囲に近く寄らなければならなくなった。


「先生じゃなきゃ何ですか?」


 彼は懐から名刺を取り出した。スムーズな手の動きに、慣れてるのだなとふと思った。私はもちろん持ってない。一応受け取ってみた。


「株式会社柳井総合商社、営業部。柳井詠詩(やないえいし)?」

「まぁ…まだ営業部に移動になったばかりの駆け出しの新人だけどね。」


 第一印象が柳みたいだと思っていた私は、名前がぴったりはまっていたことに思わず笑ってしまった。マスクしていて良かった。「それでなんでそんなに不思議なんですか?」と質問で誤魔化した。


「僕は営業部に所属するようになって、人と話すことが多くなったんだけど、なかなか上手くいかなくてね。先輩の真似ばかりしていたんだけど、それがうまく成果に繋がらなくて。僕なりの方法を見つけたいんだ。そんなとき君を見つけて一連の流れを見たんだよ。あのときは何もできなくてすまなかった。世の中は善良ポイント制度のおかげでより安全で生活しやすくなったと思うんだ。それでもまだあぁいった犯罪がなくならない。僕の会社では良心的な仕事をした人にボーナスを与えたり、有休をとらせたりして内々に取り組むようになってから、会社の雰囲気は随分良くなったんだよ。」


 ゆっくり話していたけど、それが自分に言い聞かせているように見えた。


「その割には息苦しそうね。」

「そう見えるかな?」

 首を縦に振り、話の先を促す。

「初めは良いことをした人が報われる世の中になって、なんていい法律なんだろうと思ったよ。」

 いい法律…ね。

「そう思っていたときに、君のあの行動見て疑問をもつようになったんだ。今までやっていたことに違和感というのかな…何かが足りない気がするんだ。なんだろう…個性が出せないわけじゃないんだけど、人にとって良いことをしているのか、会社にとって良いことをしているのかって。みんなが良心的な行動を取ろうとしてる姿はいいはずなのに…なんだか、強制されているようで…」

「ねぇ、あそこにある自転車あなたならどうする?」


 そう言って私は突然話を変えた。「え?」と彼は一瞬虚をついた顔をする。

 東口から見える自転車が置かれた場所を私は指す。レールに沿って横一列に並べられた数十台の自転車。よく見ればそこは、自転車駐輪禁止の看板が立て掛けられている。その中に4、5台の自転車が横倒しになっていた。誰かが乱暴に入れたせいか、風のせいかは分からない。ぐじゃぐじゃに絡まり合って持ち主が来たら掘り起こすのに大変だろう。道も半分塞がれている。看板の注意を無視された行為、歩きづらい道幅、それでもその横を人々が無関心に通り過ぎる。


「あなたはあれを見て何もしない。何も感じない。何故なら人じゃないから。自分に全く関係のない出来事だから。自転車を起こして整理整頓すれば人も歩き易くなるのに、自転車の持ち主も喜ぶかもしれないよ。でもあなたは、あなた達は何もしない。私も含めて。物相手じゃ善良ポイントなんて付かないしね。だって物は恩返ししてくれないし、悲しまないもの。ご褒美のない善行ほど虚しいものはないわ。自己満足を求めない限り。要するに人の顔色を伺って楽しくなれる人じゃないってことね、あなたは。まるで親の顔色をうかがってる子どもみたい。」


 ごめんなさい、どうでもいい話だよね、と私はもう帰りたくて仕方がなかった。なんでこの人の話を聞こうと思ったんだろう。話のポイントが掴めてるのか掴めていないのか読み取れないまま、彼は無言で私の話を聞く。


「善良ポイント制度を作ってる時点で、私達は何もできない子どもだって証明してるようなものよ。本当の子どもの方が分かりやすいかな。親が喜ぶことが一番なんだもの。でも私達大人になると誉められないことはやらなくていいって結論になる。何も考えなくて良くなった。何が良いことで何が悪いことなのか上の人が決めちゃったから。やってることは子どものそれと変わらない。変わったのがご褒美がおやつじゃなくてお金になったってだけ。元々良心なんてあやふやで…」

「あれ?君やっぱり大人なの?」

「…二十歳になったばかりです。」


 話のこしを折られた。最初の質問を思い出す。


「なんでこの前の女性に恩返しナンバーを教えなかったかっていうと、この制度が嫌いだから。あなたは知らない?私のこと?」

「…芸能人じゃないよね?」

「なわけないじゃん。」

「だよね。」

 すんなり納得されるのも癪だけど。

「知らないなら知らないでいいよ。私はこの制度が嫌いだから制度を利用したくなくて断っただけ。断ることが私の自己満足。彼女が危ないって思ったのは手の掴み方がね、おかしかったから。普通目の不自由な人が掴むところは二の腕か肘のところ、もしくは肩なのよ。でもあのときあの二人は手をね繋いでいたの。」

 自分の手と手を握って彼の目線に合わせる。

「こんなにガッチリ握りしめてたら、もし転んだとき咄嗟に対処できないでしょ。慣れない人が介助するなら知らなかったってこともあるけど、男性側は核心的に掴んでた。あんな堂々と掴む人っているかなって。あとはたまたま、ニュースでそんな犯罪が増えてるって聞いていたし、間違ってたら引き返せばいいだけ。」

 全然説明になってない。でもはぐらかせたかな?

「へぇそうだったのか。よく知ってたね。」

 ちょうどよく別のことに興味を示してきた。

「母が介護ヘルパーやってたから…。訪問先に目の不自由な人がいので。」

「君も同じ仕事を?」

「いいえ…」


 話過ぎた。彼の愚痴を聞くのもうんざりだ。そして自分にも。


「じゃ帰ります。」

「あ!ちょっと待って。君の名刺はないの?」

「は?ありませんよ。もういいですか?これ以上は無理です。」


 母を思い出して嫌な気分になった。暗い思いが胸に渦巻き、思い出したくもない様々なことが浮かび上がる。波紋のように次々と広がり、濁り、泥水が心を染める。


「違和感と疑問は持ち続けた方がいいよ。」


 私は逃げるように走り出す。まだ何か言いたそうな柳井さんだったけどそれを振り切るように。

 話すんじゃなかった。なんで話を聞いてあげようと思ったんだろう。賛同してほしかった?違う。私はなにがしたかったの?結局また過去から逃げただけ。

 柳井さんにはあんなことを言っといて、私はもう何も考えたくなかった。






読了ありがとうございました。

(一)2、に続きます。次も読んでくれたら嬉しいです。

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