35幕:ココと蒼葉と謎の少女3 『死んだゴブリンのような』
一つ焼いては、、、のため、一つ焼いては、、、のため。
魔石コンロ一つ一つの火力の強弱を調整し時間をずらしながら一つずつ丁寧に焼き上げていく。1つのコンロだけは別の蒸し料理に用い、調理場の全てのコンロを焼くためだけに用いているのだがそれでも需要と供給のバランスが満たされることはない。
一つ蒸しては、、のため、一つ蒸しては、、、、のため。
食堂にはすでに20人以上が詰めかけており出される一品を今か今かと腹を空かせて虎視眈々と目を光らせている。彼自身のお腹が何かを入れたいと主張してもその要求に答えることはできなかった。喉は乾き今にも苦いが喉越しのよい大人のジュースを求めているしお腹はそのジュースに合うものを求めていた。だが未だに彼は少しも休憩を取れずにいた。
食堂からは引っ切り無しに注文が飛び交い彼は空腹のまま没頭した。
昼間の白馬亭での優雅な一人飲みを盾に取られれば反論することが許されないのだから。
死んだゴブリンのような目をした青年は重い空気に包まれながら口を閉じたままオレンジ色と青色の混ざった火を見つめた。
あとどのくらい続くのだろうか。
彼は疲れきっていた。
本当に色々あった二日間。
試験という名の冒険に出かけ悪魔のようなスライムに追いかけ回され戦いを余儀なくされた。初心者なのにいきなりの命がけだった。その後、ココの使い魔にするためにソフィアさんに説教をくらい愚痴をくらい心を焦燥しおばあちゃんのところで使い魔契約を終えたと思ったら隣町まで魔物馬車でのドライブ。弟分のデートに気を使い手配をしてから子供達を任せて一人やっと肩の荷が軽くなったと思ったらそのことを仇にされて強制労働で最後の休日が終わろうとする始末である。
また蒼葉が選んだ料理もいけなかった。
ココがサンドイッチが食べたいという一言から小麦粉で挟んだ料理を選択。
焼き餃子に水餃子、小籠包、肉まん、あんまん、春巻きに自分たちに馴染みの点心数種類を彼指導のもと全員で作った。蒼葉がそれを調理する係で、他はもちろん食べる係である。
出来上がるスピードとなくなるスピードが違いすぎた。
蒼葉はすでに限界である。
せめて定価で譲り受けたレアなお酒を一口でも入れなければ心が満たされることはないだろう。
たとえ子供達の満面の笑みを眺めることができたとしても大人のお姉さんにヨシヨシされても。
レールナさんに膝枕してもらうか、それともあのケモミミの女の子か子供達を好きなだけモフモフさせてもらえなければ収支はマイナスであり心は満たされないのである。
それにそろそろ子供達はお腹いっぱいになったことだろう。
大人たち、、、勝手に増えた人間まで世話する気は無い。
もう焼く必要は餃子を焼き続ける必要はない。そして蒸す必要もないのだ。
最後の品を出し終えてから蒼葉は調理場の扉の外を垣間見た。
そこには満点の星空が輝く世界が広がっている。その絨毯を駆け抜け自分の部屋へと階段を上がり、そして一番奥の部屋へと天国へと足を進めるのである。
そんなとき前と後ろから聞き慣れた声が掛けられた。
「先輩どこ行こうっていうんですか?」
「ブーベル兄さんそこは調理場じゃないよ」
二人の娘が前と後ろに仁王立ちしていた。
「もう疲れたんだ。シェリ子、リーリ、もう人生に疲れたんだ」
「シェリたちは今日とんでもない目にあったのに先輩だけ楽しようなんてずるい」
「やっと私も相性で呼んでくれたと思ったら、、、なら私たちの苦労をもっと思い知れ」
「もういい加減お腹いっぱい食べたでしょ?」
「まったくもう先輩はダメだなぁ、女の子はまだまだ食べれるんだよ」
「腹5分目、途中から勝手にご近所さんが増えてそんなに食べれてない」
二人は暗い笑みを浮かべながら蒼葉への包囲網を形成する。その目だけは笑っておらず少しずつ蒼葉との距離をじわりじわりと縮めていった。
疲れ切った蒼葉に逃げる体力は残っていなかった。
「もう嫌だ。休日に他の人間の分まで作るつもりはないんだ、今から一人でまったり時間を過ごすんだ。準備したものはもうないんだ」
そして無残にも響き渡る声は無慈悲である。
「「ダメです」」
そして両手を二人に取られ連行されていった。
待たされ飢えた一同が佇む食堂からはより一層の催促の嵐が彼を待っているのだろう。
「「確保」」
両腕にほどよい大きさのものと小さいものの柔らかさと暖かさが素晴らしいはずなのだが、、、
二人の柔らかな女性らしさや感触を服越しに感じても何故だかちっとも嬉しくない蒼葉であった。
蒼葉はその後働き続けそして真っ白になった。
勝手に増えた人間は満腹になると知らない間に帰っていった。
内心頭にきている蒼葉は後日法外な請求書を出したかった。
断りもなく食べにきた人間のせいで余計に忙しくなったため商業ギルド員でもある蒼葉の要求もとい請求に逆らえることはない。
今日の亜麻猫亭は店休日であり彼は休日を謳歌していただけなのだが、強制労働もいいところである。せっかくの休日、残り少ない時間を労働よりも忙しくしなければいけないとは冗談ではない。
、、、と思いつつも普段お世話になっているであろうココのことやご近所関係のことを思うと結局そんなことはできないしやるはずもない。ご近所づき合いとはそういうものだからだ。
なお自分だけならばそのことは当てはまらないのかもしれない。
一人で買い物に出かけるとほとんどといっていいほど妨害を受けるためだが。
この街で暗躍するとある組織の男たちのせいで。
だから未だに3姉妹の誰か、もしくはココと一緒に買い物をせざる得ない。最近では上司の友人やココがよくお菓子をいただいているパーティーの女性冒険者たちの知り合いに付き添いをお願いすることもある。だがそのことが余計に組織の男たちの怒りを買い妨害をエスカレートさせている。
心の平穏を取り戻すための脳内葛藤を無事済ませ蒼葉は無となり焼き続けた。そして蒸し続けた。
全てを終えて蒼葉は逃げるように自分のベッドに倒れ込んだ。
追いかけてきたケモミミの少女を抱き枕にして。
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