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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第6話 スクープはつらいよ 【 全 8 回 】
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このままだと、取り返しのつかないことになってしまう

 というわけで、第三ラウンド。


「こうなったら、何が何でも特ダネをモノにしたるわ!」


 二度の作戦失敗にもめげることなく、寧音ねねはさらに燃えていた。


 その額には真新しい絆創膏が貼られている。かおる の竹刀を受けたときの傷だ。


 すべてはアキトのせいである。


 今や、寧音のジャーナリスト魂は、半ば復讐心によって支えられていた。


「今度こそ、完璧なはずや!」


 最初の作戦は、いわば奇襲――


 怪物の姿――着ぐるみだけど――で出て行って、アキトの反応を見るというものだった。


 ただし、自爆で失敗。


 二回目の作戦は、直接行使――


 自白剤を使って、洗いざらい吐かせようと思ったが、どうやらアキトには効果がなかったようだ


 ……その前に正しい用法を用いるべきだろうが。


 そこで、第三の作戦は──


「ジャ~ン!」


 寧音は自分の姿を店先にあるショーウィンドウのガラスに写してみた。


 今、ガラスに写っている寧音は、セーラー服を着た女子高校生ではない。何処から見ても、和装を着た腰の曲がったお婆さんである。


 この姿は、演劇部の知り合いに特殊メイクを施してもらい、衣裳もわざわざ借りて来たのだ。何度、眺めても、まるで五十年後の自分が写し出されているようだった。これなら誰にも寧音だとは――額の絆創膏を除けば――気づかれまい。


 これこそ、寧音が立案した第三の作戦――すなわち、人の良さそうなお婆さんに変装してアキトに近づき、警戒心が薄れたところで秘密を探り出す――というものだった。さすがのアキトも年寄りを無碍むげには出来まい、という目論見だ。


 今頃、あきら とありすが、下校したアキトを尾行しているはずだ。


 先程の連絡によれば、アキトはクラスメイトのつかさと共に、学校の近くにあるラーメン屋《末羽マッハけん》に立ち寄ったあと、こちらへ向かっているらしい。


 今度こそ、作戦を成功させる自信が寧音にはあった。お婆さんに変身し、スタンバイOKだ。


 そこへ――


 寧音の携帯電話が鳴った。一瞬、イヤな予感を覚える。


 表示された相手の電話番号は見覚えのないものだった。無視しようかとも思ったが、とりあえず出てみる。


「はい、もしもし?」


『……不吉だわ』


「み、ミサはん――!?」


 やはり悪い予感は的中した。いざ、作戦実行となると、いつも寧音に忠告して来るミサだ。


 今回は出没こそしなかったが、まさか電話をかけて来るとは。寧音は段々、自分が呪いから逃げられない、ホラー映画のヒロインにでもなったような気分になって来た。


『……徳田とくださんね? 今、何処にいるの? もし、また 仙月せんづき アキト に関わろうとしているのなら、やめた方がいいわ』


「ちょ、ちょっと待ったぁ! そないなことより、どうやってウチのケータイの番号を調べたんや!?」


 同じクラスとは言え、ミサに番号を教えた記憶はまったくない。


 すると、しばらく間があってから、


『……占いで』


「ホンマかいなぁ!?」


 いくらオカルトでも、そんなことが可能なのかは疑問だが、ミサは大真面目だ。彼女は占いで何でも見通すことが出来る本物の “魔女” なのかも知れない。


『――それより、まだ、あなたから不吉な影が去らないわ。このままだと、取り返しのつかないことになってしまう』


「へいへい、そうでっか」


『……真面目に聞いて、徳田さん』


「そない言われてもなあ。──悪いけど、今、忙しいねん。また、あとにしてくれへん?」


 寧音はけんもほろろに言うと、ミサの言葉を待たずに電話を切った。


 ちょうどそこへ着信メールが入る。内容は簡潔だ。


【そっちへ行った】


 アキトを尾行している晶からだ。


「いよいよやな」


 程なくして、つかさと並んで歩きながら、アキトが現れた。二人は朝と同じように何事か会話しながら、赤信号の交差点で立ち止まる。


「――だから、そう怒るなって」


 アキトは苦笑しながら、つかさをなだめている様子だった。だが、つかさは唇を尖らせている。


「ひどいよ、アキト。みんなの前で、あんなことして!」


 つかさが怒っているのは、昼休みにアキトが「好きだ!」と叫び、抱きついたことに対してだった。クラスメイトたちの反応を思い出すと、今でも顔から火が出そうである。


 アキトとしては笑うしかない。


「ちょっとしたギャグだよ、ギャグ!」


「ギャグじゃ済まないでしょ!」


「悪かったって、ちゃんと反省してるよ! だからこうして、お詫びの印にラーメンをおごってやったんじゃないか!」


「ボクはアキトと違って、食べ物で懐柔されたりしないから」


「お前なあ、そういうことはオレがおごる前に言えよ!」


 二人の会話を聞いていると、本当に言い争っているのか、冗談を言い合っているのか分からない。


 そこへ、お婆さんに変装した寧音が二人に近づいた。そして、信号待ちしているアキトに自らぶつかって行き、その場でわざとらしく転ぶ。


「あっ――! お婆ちゃん、大丈夫!?」


 思わず声をかけたのは、心根の優しいつかさだった。むしろ、ぶつかって来られたアキトは、「何だ、このババア」というような目で寧音を見下ろす。


 特殊メイクはしてあるが、念のため、なるべく顔を見られないようにしながら、寧音は胸の辺りを押さえて、苦しそうな呻き声を出す芝居を始めた。


「うっ、ううっ……」


「ど、どうしたんですか?」


 突然、苦しみ出したお婆さん(寧音)を気遣い、つかさが心配しながら尋ねた。


 すると寧音はしゃがれた声を出して、


「じ、持病のしゃくが……」


 と、さらに呻く。古典的な芝居だ。


「ええっ!? ――ど、どうしよう、アキト。救急車、呼んだ方がいいかな?」


 焦ったつかさはアキトに相談した。


 しかし、その言葉に慌てたのは寧音も同じだ。そんなことをされては仮病がバレてしまう。


「ど、何処かのベンチで休めれば、治まると思うのじゃが……」


「じゃあ、この先の駅前にベンチがあるから、そこまでお連れします」


 つかさはそう言うと、寧音に背中を見せて、しゃがんだ。おんぶしようと言うのだろう。


 一方、アキトは病気の年寄りを見ても何も感じないのか、面白くなさそうな顔で突っ立っているだけだ。


 寧音はアキトを見上げた。


「どうせなら……そちらのお兄さんにお願い出来ないかのぉ?」


「はあっ? オレがぁ?」


 さも嫌そうな顔をするアキト。とは言え、中学生とそう変わらない身長のつかさよりは、確かにアキトの方が長身で、頼りになりそうだ。


「アキト、頼むよ」


 これも人助けのため、つかさは 吸血鬼ヴァンパイア の友人に頼み込んだ。つかさにしてみれば、祖母のつばきと二人暮らしのため、他人事とは思えないのだろう。


 アキトもそれを分かってか、ひとつ大きなため息をわざとらしくつくと、つかさの代わりに背中を貸した。


「ほらよ」


「かたじけないのう」


 まるで時代劇のような台詞セリフで寧音は感謝すると、よっこらせ、とアキトの背中におぶさった。


(くっくっくっ、作戦成功!)


 まずは第一段階をクリアし、寧音は内心、ほくそ笑んだ。


 信号が青になったところで、アキトたちは横断歩道を渡り始めた。


 ところが──


 さわさわっ


 何を思ったのか、横断歩道を半ばまで渡ったところで、アキトは背負っているお婆さん――すなわち寧音のヒップを撫で回した。


 いきなりのことに、寧音はあられもない悲鳴を上げる。


「キャーッ!」


 それはとても腰の曲がったお婆さんの悲鳴などではなく、うら若き乙女のものであった。


 ビックリして振り返る二人に構わず、寧音はアキトの背中から飛び降りる。


「な、何すんねん!」


 赤面し、つい大阪弁で口走ってしまった寧音。慌てて口を押さえたが、もう手遅れだ。おまけに老婆のカツラまで、飛び降りた拍子にポロリと脱げていた。


「あっ――!」


 街角で助けたお婆さんの正体が新聞部の徳田寧音だと分かり、アキトとつかさが同時に声を上げた。


 マズい、と思った寧音は、きびすを返して逃亡をくわだてる。


 ところが──


 ブォォォォォン!


 近距離でトラックの大きなホーン・クラクションが鳴り響き、驚いた寧音は身を硬直させた。


 ちょうど右折して来た大型トラックが寧音の眼前へと迫る。てっきり横断歩道を渡り切るものと思っていたところへ、いきなり寧音が引き返したので、運転手の反応が遅れたのだ。


「ひょえええええええっ!」


「バカッ、死にてえのか!」


 次の瞬間、寧音の襟元が物凄く強い力で引っ張られ――


 すぐ目の前を視界いっぱいの大型トラックが通過して行った。風圧とともに排気ガスが舞い上がる。あと数センチという距離。顔から血の気が引き、寧音は寿命が縮む思いをした。


 あわや、というところを助けたのは、言うまでもなく 吸血鬼ヴァンパイア の超人的な反応速度を発揮したアキトに他ならない。


 もし、アキトが引き戻していなければ――今頃、寧音は大型トラックに跳ねられていたことだろう。最悪の場合はペシャンコだ。


 大型トラックはサイドミラーで寧音の無事を確認したのか、黒い排気ガスを撒き散らしながら、そのまま走り去ってしまった。


 一方、横断歩道の上に引き倒される格好になった寧音は、死にかけた恐怖からガチガチと歯を鳴らし、氷点下の雪山へ放り出されたみたいに震えている。


「アキト!」


 寧音の危機を間一髪で救ったアキトに、つかさはホッとした笑顔を見せた。アキトもそれに余裕のウインクで返す。


「──にしても、こいつ」


 アキトは震え上がっている寧音を犯罪者扱いをするみたいに見下ろした。命拾いをした寧音が、ハッと我に返る。


「ひいいいいっ!」


 化け物でも見たかのように仰天した寧音は、尻餅の格好から器用に手足を動かして、まるでクモの形態模写でもするように、バックしながら離れた。


 その奇妙な動きに、アキトもつかさも唖然とした。


 寧音はもう一度アキトを凝視してから、今度は二本足で立ち上がると、学校の方へスタコラサッサと逃げて行く。


「……何だ、ありゃ?」


「さ、さあ……?」


 呆れ返るアキトに、つかさも戸惑いつつ、首を傾げて見せるしかなかった。

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