まさか、一服盛っちゃいねえだろうな?
第二ラウンド。
「まだまだ、ウチは諦めへんでぇ!」
朝、痛恨の自爆をした寧音は、昼休みになると、すっかり復活していた。感心するくらいタフなメンタルをしている。
そんな寧音に、ありすは「やんや、やんや!」の大喝采。
一方、晶 は「まだやるのか?」と呆れ顔だ。
「で、次はどうすんだ?」
マヌケな作戦でなければいいが、と思いながら、晶はやる気100%の寧音に尋ねた。
「ふっふっふっ……コレや!」
いきなり二人を廊下へと引っぱり出した寧音が得意げに取り出したのは、茶色いガラスの小瓶だった。
「まさか、毒薬――!?」
小瓶を見た晶がギョッとする。すると寧音が目を吊り上げた。
「アホかぁ! 毒殺してどないするっちゅーねん!? これは自白剤や!」
「自白剤?」
「ほれ、よく映画とかであるやろ? 捕まえたスパイから情報を聞き出すんに、薬を打って自白させるっちゅう、アレや。化学部の部室にあったんを、ちょいとばかし、ちょろまかして来てな」
それは泥棒だろう、と晶はツッコミを入れたくなった。いや、そもそも、そんなものが普通科高校の化学部に置いてあるわけがない。
「それで、誰がお注射打つの~ぉ?」
ありすが珍しく、至極まともな質問をした。
自白剤と言えば、やはり注射器で打つのが普通だろう。この中に、そんなスキルを持つ者がいるとも思えなかった。
「心配あれへん。こないなこともあろうかと、ちゃんと用意して来たんや」
そう言うと、寧音はペットボトルのお茶と紙コップを出して見せた。そのまま紙コップにペットボトルのお茶を注ぐ。
「お、おい……」
続いて小瓶の蓋を開け、一滴残らず、お茶の中に流し込んだ。目撃した晶が目を丸くする。
「ま、まさか……それを飲ますつもりか? そんなことして大丈夫なのかよ!?」
すると、寧音はケロッとしたもので、
「多分、大丈夫やろ。どのみち、体ん中に入れば同じやし」
と言い切る。
朝の着ぐるみの件といい、どうして、いつも肝心なところはアバウトなのだろうか。晶は呆れ返るしかなかった。
「さすがの 仙月 はんも、これを飲めば、あることないことペラペラ喋りよるで」
「……不吉だわ」
「うわああああっ!」
まるで測ったようなタイミングでミサの声が聞こえ、危うく寧音は持っていた紙コップを落とすところだった。
見れば、ミサがC組の教室の入口から、なぜか左半身だけを廊下に出し、こちらをジッと見つめていた。三人の背筋が寒くなる。
「なっ……何やねん! 毎度毎度、幽霊みたいに!」
寧音は付きまとうミサに辟易し、つい口調が強くなった。それでもミサの表情は変わらない。
「……私は忠告をしているの。悪いことは言わないわ。今からでもおやめなさい」
「だから、それが余計なお世話だっちゅーの!」
寧音はミサを無視することに決めると、思い思いに昼食を摂っている一年A組の教室へ勝手に入った。
とりあえず心配なので、晶とありすは、教室の外から中を窺うことにする。
「ちょいと失礼しまっせ」
新聞部で鍛えた持ち前の図々しさを発揮し、寧音は余所のクラスの中を堂々と横切った。
A組の生徒たちが何事かと他クラスの女子生徒に注目する。寧音とは顔見知りである 薫 も声こそかけなかったが、不思議そうな表情をしながら目で追った。
「あっ――!」
食事中だったつかさは少し遅れて、こちらへとやって来る寧音の姿に気づいた。その様子から向かいに座ってパンを貪っていたアキトも視線を向ける。パンから口を離した。
「お前は新聞部の──」
「おっ! 憶えとってくれたとは光栄やな」
手揉みせんばかりに寧音は喜んだ。
ところが――
「え~と……『ぺぺ』だっけか?」
「『ねね』やっちゅーねん! 誰が『ぺぺ』や!」
ベタなボケに、すかさず寧音はツッコミを入れた。さすがはエセ関西人。どうせなら、右手にハリセンが欲しいところである。教室からドッと笑いが起きた。
だが、気が気でないのはつかさである。寧音はアキトのことを探っているのだ。万が一、アキトの正体が 吸血鬼 だと知られては一大事である。
そのアキトに、寧音はすり寄った。
「仙月はん、昨日はすんまへんでした。怪物のことは、どうやらウチの勘違いやったみたいですわ」
「へえー」
「で、まあ、ご迷惑をおかけしたお詫びちゅーことで、お茶を一杯、奢らせていただこうと思うてな」
寧音は愛想よくそう言って、持って来た紙コップのお茶を机に置いた。
ちょうど飲み物が欲しいと思っていたところだ。アキトは素直に紙コップを手にする。
それを横目で見ながら、寧音は無意識に口角を上がていた。
ところがアキトは、コップを口に近づけたところで、
「……おい」
「ど、どないしてん?」
「まさか、一服盛っちゃいねえだろうな?」
ぎくっ!
一瞬、寧音の身体が硬直した。だが、すぐに作り笑いを取り戻す。
「あっはっはっはっ! 仙月はんもお人が悪い! 何でウチがそないなことを。疑い過ぎやて」
「それもそうだな」
それで納得したのか、アキトはあっさり首肯すると、再び紙コップを持ち上げ、口元へ運んだ。
「さあ、男らしゅう、グイッと!」
まるで酒でも勧めるかのような寧音。
アキトは飲んだ。ゴクリ。
一緒になって、寧音の喉まで上下に動いた。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……」
アキトは一気に紙コップを傾け、中身のお茶を飲み干した。
その瞬間、寧音のメガネがキラリと妖しく光る。
「ふはははははっ! 仙月はん、引っかかりおったな!」
寧音は決めポーズのように、ビシッとアキトが持つ紙コップを指差した。
何事かと、どよめく教室。一番、間近にいたつかさは心臓をドキドキさせる。
「そのお茶にはなぁ、自白剤が混ぜてあったんや!」
「な、何ィ――!?」
うろたえたように席から立ち上がると、アキトの手から空になった紙コップが滑り落ちた。
からん……!
腰に手を当てて仰け反り、勝ち誇る寧音。
「さあ、あんさんが隠しとること、洗いざらい吐いてもらおか!」
「うっ……!」
アキトは喉を押さえた。しかし、薬の効果か、全身が痙攣するかのように震え始める。
その様子を廊下から見ていた晶とありすは、グッと拳を握り締めた。
「やったか――!?」
「あ、アキトっ!?」
つかさは心配になって、アキトの身体に触れた。アキトもすがるように、つかさの肩を掴む。
「つ、つかさ……」
「アキト! アキトーォ!」
次の瞬間、アキトは予想もしない行動に出た。
がばっ!
アキトはいきなり、小柄なつかさを抱きしめた。そして──
「つかさぁーっ! オレはお前が好きだぁぁぁぁぁぁ!」
……それは『自白』ではなく、『告白』だ。
教室内には、ぞわぞわっという鳥肌の立つ雰囲気が伝染した。皆、アキトとつかさを中心にして、まるで腫れ物に触るみたいに遠ざかる。その中には寧音も含まれていた。
突然のことに、つかさはとっさに声も出せず、ただただ顔を真っ赤にさせたまま硬直した。それをいいことに、アキトは思う存分、つかさの身体を抱きしめる。
「好きだ! 好きだ! 好きだぁぁぁぁぁっ!」
「こぉんのぉぉぉっ、変態がぁぁぁっ!」
ただ一人、フリーズした教室の中で動けたのは、自称『つかさの保護者』である薫だ。こんなこともあろうかと、事前に持ち込んでいた竹刀――対アキト用――を振り上げ、ハレンチな輩を成敗しようとする。
「おっと!」
そう、いつもいつも同じ手を喰らうわけにはいかない。アキトは素早くつかさから離れると、バク宙で薫の攻撃を見事に躱す。
「逃がすもんですか!」
薫はすぐさま切り返し、逃げるアキトを追った。
「ほいっ! ほいっと!」
アキトは教室の机の上に乗ると、次から次へと飛び移って行く。
机に弁当を広げていたクラスメイトたちは堪らない。慌てて手元に弁当を抱え、死守せねばならなかった。
「コラッ! 降りなさい!」
クラス委員でもある薫は、教室を飛び回るアキトに注意しつつ、竹刀を持って追いかけ回す。それが混乱に拍車をかけているのだが。
すでにランチを楽しむような、長閑な昼下がりではない。教室は阿鼻叫喚の渦と化した。
「ハッハッハーッ! ここまでおいで!」
アキトはちょうど教室を一周すると、ひらりとリノリウムの床に着地した。
そこへ薫渾身の一刀――
「メェーン!」
ぱぁぁぁーん!
小気味いい音が教室内に響いた。
ところが、必殺の一撃を決めたはずの薫の表情が、サッと強張る。
「――寧音ぇ!?」
竹刀の切っ先は、寧音の額を痛打していた。アキトが直前に避けたせいで、その後ろにいた寧音に当たってしまったのである。
寧音は白目を剥くと、全身から力が抜け、そのまま後ろにバタンキュー。
廊下の外で騒動の一部始終を見ていた晶とありすは、合掌して念仏を唱え出す。
「ごめーん、寧音! 大丈夫!?」
薫は慌てて介抱したが、寧音は額からシュ~ッと煙を燻らせながら、完全に気絶していた。
アキトは頭の後ろで手を組みながら、哀れな犠牲者を眺める。
「お灸を据えるつもりだったんだが、ちょっとばかりキツすぎたかな?」
すべてはアキトの計算通りだった。薫を怒らせて、寧音を巻き添えにする――
そもそも自白剤など、吸血鬼 であるアキトに通用するはずがない。それに、寧音の用法も間違っているのだから、確かな効果がちゃんと表れたかも疑問だ。
教室はすっかり収拾がつかなくなっていた。つかさはショックで立ち尽くしたままだし、薫は意識のない寧音の頬をぺちぺちと叩いているし、他の者たちは食べかけの弁当が散乱したり、机がひっくり返ったりで大騒ぎ。
すべての元凶であるアキトは、ペロリと舌を出して、その光景を楽しんでいた。




