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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第13話 学園の支配者 【 全 53 回 】
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強大すぎる力を手に入れた人間は……滅ぶしかないようだ

 これまでの恨み辛みをぶつけるかのように、アキトの攻めは苛烈で、どこまでも容赦なかった。アキトが拳を振るい、蹴りを放つたびに、サトルの身体は大きく吹っ飛び、傷つき、痛めつけられ、ダメージを蓄積していく。防御など意味がない。


 そもそも、サトルの防御姿勢は理に適ったものではなく、ただひたすら痛みから逃れたい一心のものでしかない。頭をかばえばボディが、ボディをかばえば顔に隙が出来る。アキトはガラ空きになった急所を見定め、徹底的に逆を衝いた。


 仕返しには充分なくらいの、それこそ倍返しどころか何十倍もの逆襲を受け、サトルはほとんど戦意が喪失しかけていた。いっそ気絶してしまった方がどんなに楽になれただろうか。


 だが、対するアキトは、それすらも許さなかった。まだ眠らせるわけにはいかない。拷問のようなサトルへの責め苦は、いつ果てるともなく続いた。


「うららららぁっ!」


 痛烈な回し蹴りがサトルの顎を砕き、身体が錐揉み状に回転して床の上に倒れたとき、ようやくアキトはひと息ついた。


 肉体が本調子に戻ったので疲れはないが、こうしてサトルをズタボロにしてやったお蔭で、徐々に溜飲が下がって来た。これだけ痛めつけてやれば、もう充分だろう、という心持ちになる。


「どうだ、これで分かったか? たとえ逆立ちしたって、このオレ様には勝てないってことを」


「くっ……」


 敗北感に打ちのめされ、倒れたサトルに言葉はなかった。もう全身に力が入らない。立ち上がるのさえ、二度と無理なような気がした。


 サトルの戦闘力がゼロになったのを確認し、アキトはつかさのところへ戻った。この騒がしさにもかかわらず、つかさはまだ気絶している。


「終わったぜ、つかさ。ようやく、な」


 このまま冷たいリノリウムの床に寝かせておくわけにもいかず、アキトはつかさの小柄な身体を抱え上げた。きっと かおる美夜みやたちも心配しているだろう。


 アキトが立ち去ろうとすると、サトルがわざわざ引き留めた。


「待て……」


「何だ、まだやろうってのか?」


 アキトは剣呑な様子で振り返った。その鋭い目つきには、今度こそ殺すぞ、という迫力がある。気の弱い者なら卒倒しそうだ。


 サトルは壁にもたれかかるようにして上体を起こし、アキトを見上げた。彼も人間ではない以上、驚異的な回復力を持つ。この短い間に、瀕死の状態から喋れる程度にまで回復していた。


「さらにキミと闘おうなんて気はないよ……僕が格闘技でもマスターしたら、リターンマッチを挑むかもしれないけど」


「勝手にしな。そんときは、いつでも受けて立ってやるぜ」


「……本気か?」


 訝しげにサトルは尋ねた。返されたアキトの答えが予想外だったらしい。


 アキトは唇の端を吊り上げた。


「ああ。オレは別に構わねえよ」


「……僕に止めを刺さないつもりか?」


 今度はアキトの方が意外そうな顔をした。サトルの顔には決死の覚悟が見える。だが、アキトは肩をすくめた。


「そこまでするつもりはねえよ。確かに、てめえは気に食わねえ野郎だが、こんだけ思い切りボコボコにしてやったんだからな。それに――」


「それに?」


「そんなことをしたと、こいつに知れてみろ。誰にでもお優しいつかさのこった、絶対に絶交されちまうぜ。そいつだけは勘弁してもらいてえからな」


 アキトはそう言って、大切に抱えている腕の中のつかさを軽く揺すった。


 サトルが釣られたように笑みを作った。まるで憑き物でも落ちたかのように。


「まったく……キミたちは何て甘いんだ。僕には理解できないね」


「しょうがねえだろ。惚れた弱みってヤツだ」


「ふん、バカバカしい。こんなヤツに負けたのかと思うと、自分が腹立たしくて仕方ないな」


「だったら、また挑んで来いよ。今度は陰険な方法なんかじゃなく、堂々と真正面からな」


 サトルは壁に背中を預けながら、やっとのことで立ち上がった。


「残念だが、それは無理だな……」


「何でだよ?」


 そう言って、アキトは息を呑んだ。サトルの身体から何か細かいものがパラパラと剥がれ落ちていくのを見たからだ。


 それはサトルの皮膚であり、髪の毛のなれの果て。それが灰のように崩れ落ちているのだった。


「お、おい――!」


 アキトは驚いた。しかし、サトルは穏やかな顔つきをしている。これまでに見たことがないくらいに。


「どうやら限界が……訪れたみたいだ……“純血種” の血を口にしたせいかもしれないな……劣等吸血鬼レッサー・ヴァンパイア にとっては劇薬に等しかったのかも……寿命が加速度的に縮まっているようだ……」


 人間から 吸血鬼ヴァンパイア と化した “劣等種レッサー”は、伝説と同じく、太陽の光を忌み嫌う。即座に死に至るということはないが、陽光を浴びると急速に寿命が削られる。


 これまでサトルは、それを知りながら、昼間、学校に通い、その身を白日の下にさらしてきた。さらにアキトの血を吸った副作用があったのか、絶大な力を得た代わりに、より肉体を蝕んだらしい。サトルは自らの死期を悟った。


「強大すぎる力を手に入れた人間は……滅ぶしかないようだ……最初から力と長寿を持って生まれたキミには……分からないだろうけどね……」


「んなことはねえよ」


 サトルの末路を見つめていたアキトに沈痛な表情が浮かぶ。傍若無人が代名詞の 吸血鬼ヴァンパイア にしては珍しいことだ。


「オレたちは人間の中に混じって生きてきた。その中には種族の違いを超えて親しくなった人間も多い。だが、そういったヤツらも、いずれは老いや病、不慮の事故などで逝っちまう。オレたちよりも先に……」


「………」


「それは誰にも変えようのない運命だ。オレたちはいつも取り残される。それを、もう何百年と繰り返して……だから、人の人生の何十倍という哀しみも味わっているのさ」


「……なるほど。恐れるものなど何もないようなキミたちにも、それなりの悩みというものがあるんだね」


「当たりめえだ! ようやく分かったか、ボケ」


「僕はすでに人間ではなく、そして 吸血鬼ヴァンパイア にもなりきれずに死んでいくというわけだ……それも自業自得……後悔はない」


「………」


「僕が消えれば、きっと僕のかけた術も解けるだろう……そして、この学校の生徒たちは、嵯峨さがサトルという転校生がいたことすら忘れてしまうに違いない……」


「嵯峨……」


「せめてキミだけでも僕のことを憶えていてくれ……なんて女々しいことは言いいませんよ……僕は敗れたのだから、ただ消えていくだけ……でも、どの道、キミは僕のことを思い出さずにはいられなくなるだろうけど……それは保障するよ」


 サトルにそう言われて、アキトは露骨なくらい気持ち悪そうな顔をした。


「おいおい、勘弁してくれよ。誰がてめえなんか――」


「……教えてあげよう……僕を “劣等種レッサー” にした 吸血鬼ヴァンパイア が、いずれキミの前に立ちはだかるはずだ」


「なっ、何だとぉっ……!?」


 アキトは意表を突かれた。


 確かに、サトルが “劣等種レッサー” になったからには、彼の血を吸った 吸血鬼ヴァンパイア がいるのは道理だ。そのことをすっかり失念していた。


 サトルはさらに語った。


「……その 吸血鬼ヴァンパイア は自分のことを《教授プロフェッサー》と呼んでくれ、と言っていたよ」


「プロフェッサー……“教授” か」


 その呼び名に、アキトは白髪の紳士を思い浮かべた。


「もちろん、キミと同じ “純血種” の 吸血鬼ヴァンパイア さ……すでに千年以上、生きているかもしれない」


「………」


「《教授プロフェッサー》はこの世界を変えようとしている。僕は、あの方が唱えた理想に賛同し、自ら “劣等吸血鬼レッサー・ヴァンパイア” になったわけだが……他にも僕と同様の者たち――つまり、“教授” の指導によって動く “生徒” がいるはずだ」


「てめえが、その一人、というわけか」


「《教授プロフェッサー》は人間に迎合する 吸血鬼ヴァンパイア を快く思っていない……むしろ、排除しようとしている……当然、キミら兄妹のことも知っているよ……そもそも、キミのことを僕に教えてくれたのは《教授プロフェッサー》なのだから」


「そいつがオレたちを……?」


「ああ……僕が失敗に終わったと知れば、そう遠くない日に動くだろうね……」


「………」


 衝撃の告白を聞き、アキトの表情は硬くなった。千年を生きた 吸血鬼ヴァンパイア。間違いなく、アキトよりも力は上だろう。それが敵として現れようとしている――


「キミたちがどう闘うのか、非常に興味があるけど、僕はここまでだ……ひょっとすると、《教授プロフェッサー》にとって僕は、キミの力を推し量るための道具に過ぎなかったのかもしれないな……」


「嵯峨……」


「それでもいいさ……すべては自分の意思で決めたことなのだし、その結果ならば受け入れるよ……」


『――そうでしょうか?』


 突然、陰々とした声が破壊された廊下に響いた。アキトもサトルも、その声の主の気配を感じ取れなかったため、背筋に冷たいものが走ったかのようにギョッとする。まるで幽霊のようだ。しかし、声だけは間違いなく聞こえてくる。


『嵯峨くん。キミは本当に自分の意思で “劣等種レッサー”となり、この学校に転校して来たと信じているのですか?』


「《教授プロフェッサー》……!?」


 その声は紛うことなき千年の 吸血鬼ヴァンパイア、《教授プロフェッサー》であった。


「何処にいやがる!? 姿を現せっ!」


 アキトは周囲を見渡しながら、声を荒げた。けれども、やはり姿は見えない。邪悪な《氣》だけがひしひしと伝わって来た。


『嵯峨くん、キミが催眠術を使うように、私にだってそれくらいの芸当は出来るんですよ。なのに、どうしてキミの物の考えが刷り込みではないと信じられるんですか?』


「そ、それは……」


 《教授プロフェッサー》からの指摘に、サトルの顔が恐怖に引きつった。


 自分の記憶が、そして思考が、第三者によって植えつけられたものかもしれないという疑惑。それは、これまでの自分が本当の自分ではなかったという不信感へと繋がり、サトルを混乱させる。


 何処までが自分の意思で行動し、何処までが第三者のものだったのか――


『まずまずのまずまずの働きでしたよ、嵯峨くん。しかし、こんなものでは合格点を与えることは出来ませんね』


「ぷっ、《教授プロフェッサー》――!」


『もう少し期待に応えて欲しかったところだが、仕方あるまい。さらばだ、嵯峨くん。そして――また会おう、仙月せんづき アキトくん』


「《教授プロフェッサー》ぁぁぁっ……!」


 サトルが絶望の表情で虚空へ手を伸ばした瞬間、突如として臨界点が訪れた。サトルの身体が一斉に灰となって崩れ去る。それは、まるで仕組まれていたかのように。


 山のように積もった灰燼に、人としての痕跡はまったく残されていなかった。


「嵯峨ァ――!」


 アキトが呼びかけたが、時すでに遅し。


 死闘によって荒れ果てた廊下には、滲んだ血にも似た真っ赤な夕陽が差し込み、ただ不吉な長い影が伸びるばかりだった。

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