表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第12話 ようこそ、悪の科学同好会へ 【 全 12 回 】
101/159

ここまで愛情込めて育てたオレとパックンを引き離そうと言うのか!?

 屋内プールで被害を受けた女子水泳部員たちが発見された頃、本校舎二階にある理科準備室にて、電気も点けずに、コンビニで買ったサラダチキンを一人でせっせとちぎっている男子生徒がいた。


「ほーれ、腹が減ったろ? よーしよし、もうちょっとだからな、パックン」


「あの……先輩、本当に大丈夫なんですか?」


 こちらに背を向け、嬉々とした様子で作業している生徒を、後輩らしき男子生徒が呆れながら尋ねた。


 すると鶏肉をちぎっていた生徒は、うるさそうに後ろを振り返る。


「大丈夫なのかって、何がだ?」


「ですから! それですよ、()()! そんな危険なもの、学校なんかにこっそり持ち込んだりなんかして」


 後輩とおぼしき生徒は気味悪そうな顔で、先輩の肩越しに “パックン” という名で呼ばれた生物を覗くが、すぐに首を引っ込めてしまう。


 そう言われると、餌を与えようとしていた生徒は露骨に不機嫌さを顕わにした。


「うるさい。オレたちは生物部だ。動物を飼育して何が悪い」


 この二人の生徒は、琳昭館りんしょうかん 高校に数ある部活動の中でも、非常にマイナーな部類として認識されている生物部の部員たちだった。


 かつては十名前後いた部員も今年度は彼ら二人だけである。


 先輩ヅラをしている男子生徒が部長の 波多はた 六梧郎むつごろう、そして、さっきから懸念を表明しているのが後輩部員の 富良野ふらの 正則まさのり だ。


 部員が規定人数を下回っても、学校の規定により即廃部とはならないが、このままの状態だと部活動の存続が危ぶまれる。来年度、新入部員が一定の人数集まらなければ同好会に降格だろう。


 部長である波多が無類の動物好きであるのに対し、後輩の富良野は別にそういうわけではない。ただ出身中学が波多と同じだっただけで、入学直後、部員の頭数を揃えるためとの名目で、強引に入部させられたのだ。


 正直なところ、富良野は部長の波多についていけなかった。彼は単なる動物好きというわけではなく、そのジャンルが爬虫類などに特化されているからだ。自宅でも珍しいヘビやトカゲなどを小学生の頃から数多く飼育していると聞く。


「爬虫類はいいぞ。触るとひんやりと冷たくて、うるさい鳴き声も上げやしない。イヌのように散歩させる必要もないし、糞の後始末だって簡単なんだ。富良野、知ってるか? あいつらの糞って臭わないんだぜ」


 以前、そうやって波多が爬虫類の魅力について熱っぽく語ってくれたことがあるが、生憎あいにく、富良野はその手のものが生理的に苦手であり、出来れば、お近づきにはなりたくない、と思っている。


 そのようなわけで、現在の富良野は幽霊部員に近い。むしろ、どうすれば退部できるか、そればかりを考えている。


 であるにもかかわらず、今日は珍しく波多からの呼び出しに応じてしまった。やはり断れば良かったか、と今では後悔している。


「まずいですって、先輩。誰かに見つかったら、絶対に大騒ぎになりますよ」


 富良野は波多が持ち込んだ大きな段ボール箱の中にいる生き物を見て忠告した。実際には、段ボール箱の中に、その生き物を飼育した水槽が入っているのだが、何しろ人間一人が悠に入れるほどの大きさなので、目立つことこの上ない。


 どうやって、こんなものを学校に持ち込んだのだろう、と富良野は疑問で仕方がなかった。登校時の校門には生活指導の教師と風紀委員が立っているはずのに。


「だからって、何処へ持って行けと言うんだ? こいつは、もうオレの家にいられないんだぞ」


 愛しのペットを嫌悪され、飼い主である波多はいたく傷ついたらしい。富良野はため息を漏らす。


「そういう専門の施設に引き取ってもらったらどうですか? 動物園みたいな」


「却下だ! お前は、ここまで愛情込めて育てたオレとパックンを引き離そうと言うのか!? 血も涙もないヤツめ! オレの家から追い出された、このパックンの身にもなってみろ!」


 この目の前にいる凶暴な生物は、あまりに大きく成長し過ぎたため、波多の両親から処分するよう言い渡されたのである。きっと家族も我慢の限界だったに違いない。富良野としては先輩である波多よりも、その家族への同情を禁じ得なかった。


 だから波多は最終手段として、生物部のある、この学校へと持ち込んだのだ。それは小学生が道端で拾った仔ネコをどうするか困り果てたのと似ているが、その対象があまりにも違い過ぎる。


 それにしても、好きな爬虫類は溺愛するくせに、自分と同じ人間で、こうして部活動にも参加している後輩の富良野をまるで冷血漢のように口汚く罵るのは、動物愛護の観点からしていかがなものか。


「よし、パックン。食事の準備が出来たぞぉ。たーんとお上がり」


 波多はピンセットではなく、直接、指でつまんだ餌を与えようとした。パックンと名付けられている波多の愛玩ペットは、首を伸ばすようにして、そのちぎられた鶏肉を付けられた名前の通りに食べる。


「うひーっ」


 それを見ていた富良野は、波多の指まで食べられてしまうのではと思い、心臓が縮み上がりそうになる。だが、ずっと世話してきた波多は平然としたもので、鶏肉を咀嚼そしゃくしているパックンを眺めながら、すっかりとなごんでいた。


 ――やっぱり、こんな怪獣みたいなヤツを学校で飼うのは絶対に無理だ。許可が下りるわけがない!


 富良野はどうやって部長を説得すべきか、知恵を巡らせた。


 そのとき、何かの物音に気づいたかのように、不意にパックンが食事を中断させた。


「どうした、パックン?」


 するとパックンは居心地が悪そうにもぞもぞと動き出した。どうやら狭い水槽の中から出たいらしい。


「よし、今、外へ出してやるからな」


 波多の言葉に、富良野は目を剥いて飛び退いた。


「じょ、冗談やめてください、先輩! そんなことしたら、こっちが食われちゃいますよ!」


「大丈夫だ。パックンはオレに懐いている。そんなことはしない」


 そりゃあ、飼い主のアンタには懐いているかも知れないが、こっちは初対面で身の危険を感じてるんだよ、と富良野は言ってやりたかったが、その前に波多は、よっこらしょ、と馴れた手つきでパックンを外へ出してしまう。


「わわわわわっ!」


 青ざめた富良野は、これ以上は無理というところまで下がり、身を硬直させて壁に張りつく。


 その直後、生物部の部室として利用している理科準備室の扉が、バーン、と何者かによって激しく叩かれた。


「だ、誰か来た!」


 緊張と恐怖に、富良野は胃がキリキリした。こんなところを誰かに目撃でもされたら、波多と一緒に危険な生き物を校内に持ち込んだと見なされるだろう。悪くすれば停学処分だ。


 バーン、と再び、理科準備室の扉が壊れるのではないかというくらい強く叩かれた。ノックなどという生易しい感じではない。誰かが乱暴に足で蹴飛ばしているかのようだ。


「誰だ、まったく。そんなに叩いたら、ドアが壊れちまうだろうが」


「ちょ、ちょっと、先輩!」


 一言抗議してやろうと、扉を開けに行こうとする波多を富良野は止めようとしたが、行く手にはパックンがいたため、おいそれと近づくことが出来なかった。万事休すか、と目をつむる。


 波多は無造作に、準備室の扉をガラリと開けた。


「うわっ!」


 その瞬間、波多が仰け反って驚いた。


 最初、富良野は廊下に誰もいないのかと思った。波多の背中越しには誰の姿も見えなかったからだ。


 ところが、そこに先生や生徒よりもヤバい存在がいようとは。


「――ッ!?」


 信じられないことに、扉の前にいたのは体長二メートル近いワニだった。


 さすがの波多も本物のワニの出現に仰天した様子である。しかし──


「か、カワイイ!」


 波多の口を衝いて出た言葉は、とても富良野には理解しがたいものだった。どういう感性をしていたら、見るからに凶暴そうなワニを可愛いと言えるのか。


「見ろ、富良野! アリゲーターだぞ! しかも、こいつは南アメリカ大陸の中央部に生息しているクロカイマンだ!」


 波多は興奮気味に教えてくれた。


 クロカイマンとは、アリゲーターをさらに分類化した名前らしい。もちろん、そんなことを教えられても、富良野にとってはワニということさえ分かれば充分だ。


「せ、先輩……!」


 今にもアリゲーターが波多に襲いかかるのではないか、と富良野としては気が気ではなかった。アリゲーターは目の前の波多を見上げるようにしている。


「はっはっはっ、何をビビっているんだ、富良野。このクロカイマンは、ほんのまだ子供だ。大きいものでは六メートル・クラスになるんだぞ」


 そんな知識をひけらかしている暇があるなら、少しでもアリゲーターから離れたらどうなんだ、と富良野は思うのだが、むしろ波多は大好きな大型爬虫類の登場に嬉々とした様子だ。


「さすがのオレも、こんな間近で見るのは初めてだ。触ってみてえ」


 そう言いながら、本当に手を伸ばしかけているので、富良野はハラハラした。まったくもって、その神経を疑いたくなる。


 すると、今まで動きを見せなかったパックンが、アリゲーターに向かって歩み始めた。こちらは体長一メートル二十センチほど。何処からか迷い込んで来たアリゲーターには劣るが、富良野からすればどちらも怪獣みたいなものだ。


「あっ、コラ、パックン! 止まりなさい!」


 近づくパックンに気づき、波多が命じた。しかし、パックンはそれに従わず、のっそのっそと接近する。と、いきなりダッシュした。


「パックン!?」


 さすがの波多も焦った。突如としてパックンがアリゲーターに襲いかかったからだ。


 パックンは飼い主である波多を取られた腹いせか、それとも攻撃的な野性に目覚めたのか、鋭い歯を持つ口を大きく開け、アリゲーターに噛みつこうとした。


 アリゲーターも黙ってはいない。太い尻尾をムチのようにしならせ、パックンに叩きつけようとする。


「おおっ!?」


 二大怪獣による大血戦を間近で観戦する波多は、思わず手に汗握り、鼻息を荒くした。アリゲーターの尻尾にパックンが噛みつき、見事、攻撃を受け止める格好になったからだ。


「見たか、富良野! これがワニガメの顎の力だ!」


 パックン──すなわちワニガメは、カミツキガメに似た大型のカメだ。甲羅にはノコギリの刃のような突起が並び、性格はカミツキガメよりも大人しいが、大型なだけに怒らせるとこちらの方が危険で、見た目よりも素早い動きを見せることもある。


 通常は八十センチ程度の大きさまで成長するが、波多が育てたパックンは二回り以上もあるので、その迫力はまさに怪獣と呼ぶにふさわしく、凶暴なアリゲーターとも互角に渡り合えた。


「ワニガメはだなぁ、『大怪獣ガ〇ラ』のモデルにもなったと言われているんだ。五十年という長寿でもあるんだぞ」


 この期に及んでも、波多は得意げにうんちくを垂れた。富良野はこんな先輩を心配するのが馬鹿馬鹿しくなる。


「先輩、こういうのって飼育するのに許可が必要なんじゃないですか?」


「………」


 後輩に尋ねられた波多は、急に黙り込むと、そっぽを向いた。案の定、違法飼育のようだ。これで生物部も一巻の終わりだな、と富良野はせいせいした気持ちになる。


 アリゲーターとワニガメのパックンによる死闘は激しさを増した。尻尾に食いつかれたアリゲーターは、パックンを振りほどこうとのたうち回る。パックンは理科準備室の扉や壁に激しく叩きつけられた。


「うわぁ! このままでは準備室が!」


 危険な生物の持ち込みばかりか、器物破損となれば、かなりの責任を問われることになりそうだ、と富良野は頭を抱える。


 それでもパックンはアリゲーターの尻尾から離れようとはしなかった。一度噛みついたら、それを噛み砕くまで放さない。これぞ、ワニガメの恐ろしさだ。


「おおっ、何という迫力のスペクタクル! こういうとき、ビデオカメラが手元にあったら! ――しょうがない、ここはスマホで!」


 ガラスの破片等が近くに飛んで来るというのに、波多はあくまでも両者の対決を観戦して楽しんでいた。スマホで撮影まで始める。富良野としては、出来れば逃げ出したいのだが、出口で二体の怪獣が暴れていては、それも不可能だ。


 やがて、近くの廊下を通りかかった生徒の一人が、アリゲーターとパックンによる取っ組み合いを目撃し、瞬く間に騒ぎは全校へと広がってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ