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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第12話 ようこそ、悪の科学同好会へ 【 全 12 回 】
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科学同好会の子が面白いものを造ったので、それに細工してみました

 薄っすらと微笑を浮かべた毒島ぶすじまカレンは、二階のカウンセラー室から外を眺め、女子水泳部員たちの事件で騒ぎとなっている学園を見下ろしていた。


 そこへ、ちょうどドアをノックする音が。カレンはカウンセラーを受けに来た生徒かと思い、自分の席へ戻ると、スラリと長く伸びた美脚を優雅に組んだ。


「どうぞ」


「失礼するわ、毒島先生」


「理事長……」


 やって来たのは、この 琳昭館りんしょうかん 高校の理事長、玉石たまいし あずさ だった。年齢不詳、キツネ目が特徴の妖艶な美女は、黒いスーツに身を固めた寡黙な一人の男を従えながら、カウンセラー室へと足を踏み入れる。


 梓の影となっているのは、彼女の秘書兼ボディガードである不知火しらぬいだ。


 不知火は梓に代わってドアを閉めると、そのまま入口を塞ぐようにして立つ。一分の隙もない男だ。


「学園が騒がしくなってきたようですわね。どうやら毒島先生が絡んでいらっしゃると、お見受け致しましたけれども」


「さすがは理事長。すべてお見通しのご様子。──どうぞ、お掛けください。今、お茶でもお出ししますわ」


 カウンセリング用の椅子を勧めながらカレンが立ち上がろうとすると、梓は腰かけながら、それをやんわりと制した。


「それには及びません。私もすぐに出掛けなくてはなりませんし。来週、また新しい転校生をこの学園に迎えるためにね」


「そうですか」


 それ以上、カレンは深く訊こうとはしなかった。とはいえ、たかだか転校生一人のために、理事長である梓が動くとは、普通なら考えられない。その転校生には何かある――と、カレンは直感した。


「で、毒島先生。この騒ぎの目的は、やはり仙月せんづきアキトですか?」


 カレンはアキトが 吸血鬼ヴァンパイア だと知っており、その能力がどれほどのものか、非常に興味を持っている。赴任した当初、とある生徒から怪物を呼び覚まし、アキトにぶつけてみたほどだ(※ 詳しくは第5話を参照してください)。


 梓に尋ねられたカレンは、隠しもせずにうなずいた。


「はい。私が顧問になった科学部――いえ、科学同好会の子が面白いものを造ったので、それに細工してみました」


「ほう。面白いものとは?」


「アリゲーターのサイボーグです」


「まあ」


 梓は驚くよりも、つい笑ってしまった、という感じだった。まるでたわいもない子供の悪戯を眺めたかのように。とても多くの保護者から、その子供である生徒を預かる学園の理事長として、尋常な反応だとは思えない。


 しかし、それはカレンも同様だった。同じ人種の人間だ。


「なかなかうまく造っておりますのよ。決してたわむれに造った玩具オモチャなどではありません。立派な兵器として通用すると思います」


「他の一般生徒に危険はないのでしょうね?」


 梓は一応、念のために尋ねた。カレンがうなずく。


「その点については大丈夫です。思考プログラムは私が作ったものをインストールしてありますから、攻撃を仕掛けられた場合の反撃はともかく、無差別に人間を襲うようなことはありません。ただ一人の生徒を除いては」


「それが仙月アキト、というわけですね?」


「はい」


 カレンは椅子から立つと、パソコンが置いてある事務机に近づいた。そして、ディスプレイをクルリと回し、自作のプログラムを梓に見せる。それは膨大なデータの羅列だった。カレンはカウンセラー業務の傍ら、これを完成させていたのだ。


「前回の戦闘などから私が導き出した、仙月アキトの “思考パターン・プログラム” です。彼が日頃、何を考え、何を基準に行動するのか。このプログラムによって再現できるというわけです」


「なるほど。仙月アキトに対し、擬似 “仙月アキト” をぶつけてみる、というのですね?」


「その通りです。もっとも、これでもまだ、仙月アキトの思考パターンをすべて解析できたわけではありません」


「優秀な毒島先生を以ってしても難しいですか」


「ええ。仙月アキトに限らず、一人の人間をデータ化するというのは、とても。ですので、あくまでも似て非なるものという代物です。そのせいか、プールにいた女子生徒たちの水着を奪っていくという、珍妙な行動を取っている有様で」


「そうですか、分かりました」


 話を聞き終えた梓は、スッと立ち上がった。どうやら出掛ける時間らしい。その顔には相変わらず妖しげな笑みが浮かんでいる。


「どのような結果が出るか、楽しみですわ。──それでは、私はこれで」


 梓はカレンに会釈すると、不知火が開けたドアをくぐって退室した。不知火もそれに続いて消える。カウンセラー室には、再びカレンだけになった。


 理事長が出て行ったドアを見つめながら、カレンは一人呟く。


「私も楽しみですわ。これでまた、仙月アキトの新しいデータが得られますから」


 美しいカレンの微笑は、悪徳に満ちていた。






「おい、美夜みや! 待て! 待ちやがれってんだよ!」


 怒声を発しつつ、アキトは逃げる妹の美夜を追いかけていた。その後ろには一緒にくっついて来たつかさと大神おおがみもいる。この四人の中で、唯一、人間であるつかさは、吸血鬼ヴァンパイア 二名と狼男一名のスピードに付いて行けず、ギブアップ寸前だった。


 美夜はまるで悪漢に追われるヒロインにでもなったかの如く、ときたま後ろを振り返りながら、泣きそうな顔で逃げ回っていた。


 だが、単純に比較して、身体能力ではアキトの方が高いらしく、その差は次第に埋められてゆく。体育館隣にある武道場の近くまで来たときは、あと十メートルにまで距離は詰められていた。


「あっ、お姉さま!」


 前方に剣道着姿で歩くかおるを見つけ、これぞ天の助け、とばかりに美夜はすがりついた。


 突然の美夜による連日登場に、薫はビックリした顔になった。


「み、美夜ちゃん!?」


「お姉さま、助けて!」


 美夜は薫の腰に抱きつくようにして、サッと、その後ろに隠れた。


 何事か、と薫が美夜の逃げて来た方角を見ると、そちらから走って来たのは凄い形相をしたアキトだ。


 薫は反射的に持っていた竹刀の切っ先を不埒者と認識したアキトへ向けた。


「何よ? また可愛い妹いじめ!?」


「おっとととっ!」


 自分から竹刀に突っ込みそうになり、アキトは慌ててたたらを踏むようにブレーキをかけた。どうやら追跡劇もここまでらしいと、つかさ、大神も足を止める。ただし、限界に近かったつかさは精根尽き果て、その場に突っ伏した。


「はぁーっ……はぁーっ……もう、ダメ……」


 祖父から学んだ古武道のお蔭で瞬発的な体力は持っているつかさだが、小柄な体格だけに持久力には大いに欠ける。


 そんなつかさを気遣う暇もなく、アキトは顎を突き出すようにして、薫の後ろに隠れた美夜を睨みつけた。


「やい、美夜! ちゃんと話を聞かせてもらおうか? お前がこの学校へ来た真の目的を!」


「何? どういうこと?」


 美夜をかばいながらも、薫は事情の説明を求めた。彼女がやって来るのは、単純に慕っている薫やつかさへ会いに来たかったからかと思っていたが、確かに中学生である彼女が、生徒でもないこの高校へ頻繁に訪れていいものではない。


 美夜は首をすくめながらも、薫から離れまいとした。


 アキトは今すぐにでも引っ捕らえたいところを、薫の竹刀による牽制もあって、手出しが出来ず忌々しげに唸った。


「さっき、屋内プールでワニが出たっていう騒ぎがあったそうだ」


「ワニ!?」


 これから部活に行こうとしていた薫は、女子水泳部での一件をまったく知らなかった。初耳である。


 アキトは真顔でうなずいた。


「ああ。しかもそのワニは、パクリと食いついてくる代わりに、女子生徒の水着ばかりを奪って行ったらしい」


「水着ばかりを……? まるで、どっかの誰かみたいね」


 もちろん、薫が言わんとしているのは、目の前にいる好色なアキトのことだ。アキトはそれに気づいたが、あえて突っかからないでおく。この一大事に、話を逸らしている場合ではない。アキトは無視して続けた。


「どう考えたって、この学校にワニなんておかしいだろ? 熱川あたがわバナナワニ園じゃあるまいし。そのとき、オレはピンと来たのさ」


 そう言ってアキトが流し目を送ると、美夜の視線が泳いだ。胸の前でギュッと拳を握りしめる。


「おい、美夜。お前は昨日に引き続き、今日もこの学校へ来たな? いったい、何をしに来たんだ?」


「そ、それは……」


 一瞬、答えかけて、美夜は口ごもった。一斉に皆からの注目を浴びる。それで余計に言えなくなった。


 ジリッ、とアキトは一歩にじり寄る。


「お前──何処で入手したか知らねえが、アリゲーターをペットにして飼ってたよな? あのワニはどうした?」


 核心を突かれた。美夜は顔面を蒼白にし、唇を噛む。


 その表情の変化に、彼女をかばっていた薫も顔色を変えた。


「まさか、美夜ちゃん……」


「……多分、プールにいたってのは、美夜のゴエモンよ」


 とうとう観念し、美夜はポツリと吐露した。


 それを聞いた薫は、貧血を起こしたみたいに卒倒しそうになる。


「どうして、ここにワニなんかを……?」


「それは──兄貴のヤツがゴエモンを釜茹でにしちゃったからよ!」


 美夜は涙目になりながら、兄のアキトに訴えた。


 まさか矛先がこちらへ向けられるとは思いもしなかったアキトは目を丸くする。


「えっ!? ──あっ! あのときか!? つかさたちがウチに泊まった日……」


「そうよ! あのとき、兄貴がゴエモンを殺しちゃったんじゃない!」


 感情を抑え切れず、ついに美夜が爆発した。目を赤くして、アキトを非難する。


「アンタねえ!」


 妹のペットを兄が手をかけた――その事実を知らされ、薫の目は再びアキトを極悪人として映し出し、手にしていた竹刀に怒りを込めた。正義の天誅を下そうと、その切っ先が上段へ振り上げられる。


 身の危険を感じたアキトは、ブルブルとかぶりを振った。


「ば、バカ野郎! あれは正当防衛だ! 抵抗しなかったら、こっちが食われてたんだぞ!」


「ゴエモンはそんな子じゃないモン!」


「アホかぁ! 所詮、ワニはワニだろうがぁ! どんだけ飼い慣らしたか知らねえが、そんな冷血動物、おいそれと信用できるもんか!」


 妹の理不尽さに、アキトもブチ切れ寸前だった。


 ここで冷静に話を聞いていた大神が、あることに気づく。


「でも、そのワニって兄貴が殺しちゃったんでしょ? どうして、それがこの学校に出没しているの? 幽霊ってわけでもあるまいし」


「それは──」


 仕方なく、美夜がT氏の研究について説明しようとした刹那――


「わあああああああっ!」


 校舎の方で悲鳴にも似た騒ぎが持ち上がった。それを聞きつけたアキト、美夜、薫、大神の顔に緊張が走る。ちなみに、つかさはまだダウン中で、復活にはまだしばらく時間がかかりそうだ。


「おい! これ以上、騒ぎがでかくなったら大変だぞ!」


「ゴエモン……!」


「ちょっと、アンタ、何とかしてあげなさいよ!」


「えーっ、オレがぁ!?」


 無責任にも薫に言われ、アキトは渋い顔をする。しかし、妹の不始末が発覚すれば、とばっちりを食うのは兄であるアキトだろう。まず避けられまい。だったら、ここは真摯に、事態の収拾に努めておくべきか。


「くそぉ……しゃあねえな」


 いずれにせよ、騒ぎが拡大するのは必至のはず。半ば自棄ヤケっぱちになりながら、アキトは渦中の校舎へと走り出した。

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