傍観者の憂鬱
「はい、じゃあ今日はここまで!」
ジャージ着用の担任教師の号令で一時解散となる。本格的な授業は明日から、今日は簡単な挨拶のみで各自明日に備えろ……そういう事みたいだ。
がたた、と一斉に椅子を引きずる音が教室中に立ちこめ僕は少しだけ眉間に皺を寄せた。
ジャブの刺し合いのようなおっかなびっくりの会話がソコラ中から聞こえてきてどうにも居心地がよろしくない。
あちこちの中学から上澄みだけをかき集めたようなこの学校は「友達がいるから私もその学校にいくー」なんてスィーツな思考の持ち主は皆無。大学へのトンネル、通過点だとの認識を持って入学してきた生徒がほとんどなのだ。
当然同じクラスに友人がいる者などかなりの少数派、よって出鼻のハラの探りあいは一層熾烈を極めている。
各々が今まで培った対人経験をフル活用させ、クラスでのより友好的な立ち位置を確保しようと男子生徒も女子生徒もぐるぐると大立ち回り。ご苦労様なことだ。
……。
…………。
さあ回れ回れ!
その座席は限られてるぞ!もっと必死に喰らい付かないと隣の池面がゼーンブかっさらってくぞ!?
はーはっはっはっはっは!!見ろ!人がゴミのようだ!!
「参加しろ」
「おぶっ!?」
僕の視界が真っ白!?
「この社会不適合肉団子が。だからあんたは友達一人もいないのよ」
姉だ!なんたるフテブテシイ登場!
3年の分際で堂々と新入生の教室で我が物顔!どや顔!弟の一回も開いてない教科書での顔面殴打!
看守か!?お前は野生のカンシュなのか!?
「あら?どしたの古都ちゃん。弟くんのお迎え?」
新木古都。姉のフルネームだった。自宅では名前なんて呼ばないし呼びたくもないし『コト』なんておかしな名前とっくにボーキャクの宇宙に置き去りにしていたのでやたら新鮮だった。
ってか思い出させんなジャージ教師。
「フクちゃん!このクラス?」
宝物でも発見したかのようなウソクサイ笑顔でジャージに駆け寄るバイタ。迎え撃つはジャージーストライプ。どちらも会心の笑みでいざ騙し合え!さあ!肉を抉り骨を食むようなZ指定の罵り合いを展開するのだ!!良い子は真似スンナ!
「シューゾーちょっとおとなしいけどいい子だね」
「ただの小心者ですよ。面倒かけると思いますが」
ぺこりと頭を下げる姉。どんな効果を伴った攻撃かはまだ分からないがいずれあの姉のする事である。例えば頭を下げるという、一見無意味な行動こそがジャージーストライプの今後の子孫に致命的で陰湿な悪影響を……
「やめてよ。色男の世話ならこっちから頼みたい位なんだから。ぜーんぜん問題なし」
でーたー!!
一瞬で相手を煙に巻くジャージーストライプの秘奥技!『ニホンゴワカリマセン』だあ!!
痛烈で突拍子も無い、相手を不安の螺旋に叩き込む皮肉の刃!
姉はもう前だか後ろだかワカリマセン(乳的な意味でも)!!
「またフクちゃんは……でもまあよろしくお願いしますね。ほら周蔵、いくよ」
「へ?……どどこに?」
急に飛んできた矛先にまたしても汗を噴出させる僕。僕のかばんを乱暴に寄越すと腕を掴んで歩き出す姉。っていうか名前呼ばれたの5年は前だったよなあ。
「私の友達が紹介してほしいんだって弟。忘れてた?」
「おぼ……覚えてる。から……」
木彫りのような、にこやかながらも無骨な笑顔を僕に向けつつ渾身の体重をのせ僕の足の甲をふんずける姉。ミシミシと嫌な音が僕の体内を通過していた。
「また明日ねシューゾー」
さわやかな笑顔を振りまき去っていくジャージ。
見送るクサレ。
耐える僕。
クラスの生徒たちの視線に気が付いた姉は愛想よく、隙無く、軽くいなした後
僕を牽引車のごとくロックをかまし、廊下へと突き進んでいった。