アリエールのか!?
目的地へと邁進する姉に行き先を尋ねる勇気は僕には無い。
しかし、姉の脚はとっくに校門を出発しており……民家を潜り抜け歩道橋を渡り切りそれでも一言も無い姉の態度に幾ばくかの不信感が募る。
「どどこまで……行くの?」
多少の嚙みは勘弁していただきたい。
「駅前のカラオケ」
「か……」
死刑囚に死刑を言い渡す裁判官がその死刑囚の目を全く見ないなんてアリエールのか!?
今あんたがしてんのはまさにそういうコトだぞ姉よ!!せめて絶望に打ちひがれる哀れな弟の顔を見ろよ!!見てやれって!!
「天井知らずの音痴っぷりのあんたに歌えなんて言わないわよ」
ああ、ほっとした……じゃない!僕はあのカラオケBOXという空間が大嫌いなのだ。歌手でもないのに自意識垂れ流しのあいつやこいつが密閉された個室で奏でる不快と退屈とちっちゃな自尊心の三重奏!!耐え難い!!耐えがたきは耐え難い!!
「一度顔見せすればみんな満足するんだから。面倒なコトはまとめて済ました方がいいでしょ?」
確かにこの姉が真実友人が多く、毎日入れ替わりで少人数づつ自己紹介を繰り返す事態を想像すると胃がちくちくしてくるのではあるが。
実に合理的。理にかなっている。姉らしい。
しかしホントに自信があるのなら僕の二の腕を掴んで離さないのはどうか?
「私らは受験生だからクラスの決起集会みたいなもんよ。で、あんたはおまけ。ついで。お寿司の緑色の食べらんないやつ」
それはバランと言うのだ姉よ。
「適当に相手したら帰っていいから。小一時間くらい我慢しなさい」
高校入学早々縦社会の壁にぶち当たる僕。そういうの無さそうだからこの高校を選んだはずなのに。
僕の誰にも届かない呟きを完全に黙殺した姉はカラオケ店のガラス製自動ドアをスライドさせる。迷いは一切感じられない。ハラを括った人間だけに許される迅速かつ沈着な所作。
泣きたくなった。
「あ、こっちだよ古都!」
たまたま出てきた女子高生に声を掛けられる姉。その扉から漏れ聞こえてくる、よく知らないロック調の音楽は相当のボリュームだった。
「あ、これ弟の周蔵。別に見たって面白くないでしょ?」
「きゃー!ウワサ聞いてる!やっぱカッコイイじゃん!」
たらり、ではなくボタボタ。
開き直った僕の毛穴は大開放中。僕はじっと自分の革靴を凝視しながら羊の数を数えていた。もう姉と女子高生が何を話しているのか全く聞こえない。聞こえるのは自分の鼓動のみだった。
「あんまりいじらないでよ?話下手なんだから」
羊が135匹、羊が136匹、執事が137人……って多っ!!コワっ!?
「無口な男子かー。いいねー。今時じゃない感じで!」
「そんないいもんじゃないのに」
我次郎が156人……我次郎?我次郎って誰?あれ?




