〔リコ編〕呼び捨て
陰湿な学校生活は更に3日が過ぎた。
理子は相変わらず孤立していて手の打ちようがない。皆が藤崎のようになれば……そう思った時期が僕にもありました。
しかし現実は。
「あ、新木」
「……」
藤崎は僕を呼び捨てにするようになった。これを友人関係と呼んでいいものか僕には分からないが、確認しようがないのでホッタラカシである。まあ別に嫌ではないのでいいか。
んで、その藤崎であるが最近めっきりゲンキが無い。今も半ば上半身を机に投げ出すような格好で溶けかけのアイスクリームのようになっている。
「想像以上に……辛いんだね無視って。出来れば知らないままで卒業したかったなあ」
僕はどっちにしても大して会話をしてなかったからよく分からないが、リア充藤崎には結構クルものがあるらしく日に日にメンタル面で追い詰められているようだった。
理子を案じて声をかけたイケメンぶりを発揮したまでは良かったが、まさか自分まで被害を被る事態を考えていなかったようだ。イケメンだが、アマチャンである。
「新木は平気みたいだね。鉄の心臓が羨ましいよマジで」
僕はまあ特に図太いなんてことはない。慣れてるだけだ。それに理子に比べれば僕や藤崎の被害なんてはっきり言ってヌルい。
「大丈夫2人とも?」
隣の智花が僕らに心配そうな声を掛ける。……ヌルい。
「僕らに話しかけないほうがいいよ。智花ちゃんまで無視される」
本当は話しかけられて目をキラキラさせているくせに見栄を張って智花を心配する藤崎。なんとまあ、コイツは多分損するヤツなんだな。いろんな意味で。
「それがさ……」
「?」
智花は僕に綺麗に折りたたまれた紙をそっと差し出す。わざわざ机の下から腕を伸ばし、怪しげな取引をしてるような抑えた口調で。
「2年の人に渡されたんだ。『新木ってヤツに』って。オトナしそうに見えたけどあの人が理子ちゃん嫌ってるのかなあ?」
「おとこ?」
「それがオンナなの。真面目そうだった」
真面目そうな女生徒が理子を苦しめるだろうか?
僕の知る限り理子は2年と接点は無い。何しろ同じクラスであっても「友達が出来ない」と嘆いていた理子だ。それに憎まれるって相当の関係がないとそもそも成り立たないように思う。大して知らない人間を憎んだり恨んだりってのは前提として不可能なんじゃないのか?
「で?智花ちゃんは敵の手先となり僕らに引導を渡しに来たってわけだ」
厭味たらしく藤崎は智花を責めるような口調で呟く。もちろん冗談なのは智花も分かっているがいささかメンドクサイってのが本音だろう。智花は逆に藤崎に口撃を加える。
「短期間で藤崎君すっかりスレッカラシみたいになってるね。……周蔵くんを見習ったら?全く、そんなんじゃモテナイよ。ねー周蔵くん」
智花は……それでも多少のリスクを呑んで僕らに話しかけているのだ。感謝こそすれ皮肉なんて出ない。もちろん藤崎だってイイヤツなのはもう分かっている僕は思ったことを智花に伝えた。
「ふ藤崎は、カッコイイよ。もちろんとと智花も」
正直な感想だった。なのに智花はうわぁ、ともともと大きな目を見開いて僕と藤崎を見比べながら言う。
「う……器で負けてるよ藤崎君!藤崎君の唯一勝てるかも知れなかったオトコのウツワでコールド負けじゃんか!」
「分かってるよ……確かに新木はすごいと思う。これ以上イジメないでくれよ」
そんなものに勝ち負けがあるんだろうか?
藤崎はずるずると机に突っ伏してしまった。全く実感のない勝利というのは出し忘れの生ゴミのようだ。置き場が無い。
「で?なんて書いてあるの?」
藤崎のフォローもせず手紙に興味津々の智花。
間違いなく心も外見もイケメンであるはずの藤崎はやはり損をする男だった。
「ほ放課後、2年の校舎に、ここ来いって」
短くそう書かれた手紙には○組とは書かれていなかった。
「……行くの?やめといたほうがいいんj」
「いい行く。話聞いてくく来る」
ちょうどいい。事情を教えてくれると言うなら行かない理由なんかどこにもない。
「なんか……周蔵くんって最近イイね」
「?」
「前は全然喋んなくて何考えてるのか分かんなかったけど、今の周蔵くんはいいと思うよ」
なにがいいのかサッパリ分からない。
でも反論するような事でもないし、智花がなんか満足そうに見えたので黙っていたんだが……やはり僕は『置き場』を探せなくて居心地は相当良くなかった。