〔リコ編〕アリガトウっっ!
臭い。中学の時からそうなのだが、この制服ってヤツは濡れるとどうしてここまで臭いのか?
僕はせめて力いっぱい両手でねじ切れんばかりに絞ったはずなんだがやはり独特の耐え難い匂いを撒き散らしている。
ぐちょぐちょの靴下とスリッパが不快な感触だけではなく僕の嗅覚まで侵す。
ぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょ。
廊下に響く僕の足音。江戸時代なら妖怪『ぐちょぐちょ』として鳥山石燕先生にイラストを描かれていたかも、それほど僕は気配を消していた。
姿は無くとも足音だけが響く廊下。映画化なら清水崇監督がいいなあ。
「……」
まあ慣れている。この相手を見ずに視線だけを突き刺してくるカンジ。僕は平気なんだが理子は。
考えるとどうにも頭が真っ白になってしまってうまく考えが纏まらなくなる。冷静にならなければ。
廊下の端っこをベタベタ歩く僕の視界にその心配の元である理子の背中が見えた。
クラス単位の教室移動なのか生徒の一団の中に居ることは居るんだが、誰も理子に視線を寄越さない。ぽっかりと理子の周りにだけ沈黙が佇んでいる。廊下の生徒も理子に声を掛けるヤツはいない。
日に日に徹底されるイヤな空気は質、量共にどんどん拡大していく。
アカデミック……バックドロップ……ああ、違った、パンデミックだ。
ウイルスが感染していくような被支配され感。当事者とそれ以外の人間の間には物凄い隔たりがあって、それを乗り越えるのは容易なことじゃない。
今理子に声を掛けるということは、それ以外の大多数を相手にするということになる。誰も好き好んでそんな真似はしない。この学校の生徒であるならそんなことは絶対に避けるだろう。無駄に敵を増やすことはないのだ。
多数派に乗っかっていればそのうち終わる。そう思っているんだろう。
正直僕だって理子が標的になってなければ『シラネ』で終わらせたんだと思う。
だから……僕は誰も責めない。そう決めた。
こうしてずぶ濡れになってんのだって僕が好きでやってるだけ。理子の為ですらない。
でも僕はそれでいい。
何年でもやってやる。僕はひとりでいい。
呆れられようが、味方なんか居なくたって……僕はずっとそうやってきたしそう望んでた。これからだってそうだ。
周りなんか関係ない。自分の世界だけでいい。どうせ『こう』なるんならハナから一人でやってやる。
僕は……
「り、理子ちゃん!!」
少し眩暈がした。
聞き間違いだと思った。理子に話しかけるってことは他の大多数……
「新木君心配してた!僕も、!」
…………。
……………………。
理子は振り返らない。少しだけ立ち止まったように見えたが見間違いかも知れない。
廊下の空気は硬直しギコチナイ流れで時間が進む。
開いた穴に水が流れ込むように、廊下の喧騒が徐々に戻っていく。声を掛けた生徒は教室の窓から身を乗り出したまま理子の消えていく背中を見詰めていた。
「……」
べちょべちょと放心しながら僕はその生徒に近づいていく。
「あ、……新木君」
ぽりぽりとアタマを指で掻きながら照れたように顔を伏せる男。
藤崎だった。
「僕も……なんか納得出来なくて。新木君も雨の中頑張ってるのにさ」
なんで照れる?お前は……お前は。
「早く収まってくれるといいね」
さらっと、コノヤロウ!!コノヤロウ!!
「ふ藤崎くんっ!!いや!!ふ、藤崎ぃっ!!」
「ちょ!新木君!?」
僕は宣言する。
目の前のイケメンリア充に指をコイツの額に埋め込む勢いでびしぃと指差し!!
「ありがとうっっ!!」
僕は自分でもよく分からないのだが……前屈のように腰を思いっきり曲げ藤崎にアタマを下げていた。ほとんど無意識、条件反射。
「あ、新木君……ちょ」
「アリガトウっっ!!」
このイケメンは心までもイケメンだったようで、悔しいがかっこよく見えた。
コイツは爆発しなくていいお。




