〔リコ編〕観覧席はない
「1年と2年の一部、随分陰険じゃない?」
私の席に寄ってくるなりいきなりそう呟くクラスメイトの美樹。まあタノシそうな顔しちゃって。
「どうするの古都?ヒサシブリにやっちゃうわけ?」
別にこの子に限った事じゃない。このクラスはトラブルが大好物なのだから。こんな感じで言い寄ってきたのも、むしろ美樹は遅いほうだった。既に二桁近い生徒が私に「どうする?」と詰め寄っている。
こんな雨の日は皆他にやる事がないのだろうか。
「ダメ。様子見」
私が短くそう言うと美樹は特に落胆したそぶりも見せず、そっかーと私の隣の席に座る。
皆が信頼してくれていた。
ノリと勢いが信条のこのクラスは正義感と好奇心がせめぎ合い取っ組み合っているような所がある。ともすれば暴走しかねない危なっかしいクラスだが、なぜか私の意見を尊重してくれるので大いに活用させてもらっているわけだ。
カナの協力により大まかな理子ちゃんイジメの構図は掴めているし、予測の部分にしたって多分当たっている。
だから……困る。動けない。本来理子ちゃんは関係なく、他人が口を出すべき問題でもない。
当人同士でカタを付けてもらうのが一番なんだけど……どうなんだろう?随分こじれてしまっていて解け目が見えない。
「古都ー」
カナは率先して恋敵の理子ちゃんを助けるため奔走する毎日を送っていた。何か分かればこうしてわざわざ私のクラスまで出向いて報告してくれる。
「なにか分かった?」
「首謀者はとっくに。推測ドウリだったよ」
やっぱ古都はスゲーな、とカナは私に感心してくれているようだが嬉しくはない。私は眉間に指を当てしばし思考を錯誤してみたりするが。ダメだ。これは私の苦手分野だ。
アタマの中は今日の天気のようにどんよりと曇っていて全く光が見えない。
「カジのヤロウ、てめーがガンのくせに今日もフケてんの?」
「ダメよ本人に言っちゃ」
プクーと頬を膨らませたカナは不満そうに頬杖をついて窓の外を見る。
梶君は知っているのか知らないが、この学校には彼のファンクラブが存在する。隠れて写真をとったり覗き見たりしているうちは可愛いものなのだが、今回は様子が違っていた。実はこのファンクラブの元になった生徒たちは梶君のファンなどでは全く無いのだ。
実にややこしい。正直関わり合いになりたくは無い。
しかし今回はとばっちりでわけも分からず理子ちゃんが標的にされている。即止めさせなくてはならないが、そうすると困る生徒が出てくる。ソレは避けたい。でも理子ちゃんをほっておくなど出来ない。さて。
「なんとかなんねーの?見てらんねーよ」
「中庭?」
「……」
あのバカでオタクな弟はこの雨の中ボケッと突っ立っていた。理子ちゃんの教室を向いて、たったひとりで。
梶君も理子ちゃんも居なくなった中庭で一体何を考えているのか。まあ多分考えなんて無いんだろうけど。
「カナ」
「ん?」
「ありがと」
華美な化粧と高価な装飾品で飾ったこの女の子は、私の弟や理子ちゃんのことで毎日奔走し2人を見かける度に心を痛め悲痛な表情を浮かべていた。最初に出会ったときの印象などすっかり影を潜め、今や完全に一途な女の子にしか見えない。
「れれ礼なんかいいよ!それより早いトコなんとかしようぜ!」
「……そうね」
この件で恐らく梶君は動けない。ぶっちゃけていうと2,3人ブン殴ってもらって排除しようとも思っていたんだけど、暴力ではダメだ。誰も救われない。
持久戦もダメ。理子ちゃんがもたない。かといって早期解決の方策も分厚い雲に覆われていてさっぱりだ。
「困ったね」
「うーん」
私とカナは分厚い雲を見ていれば穴が開くんじゃないかと思っているかのように、ただ教室から重そうな空を見上げていた。