野生登場
たった15分。
この短時間で人はここまで消耗するのか。
薄暗い比較的大きなカラオケBOXの一室。招き入れられた僕と姉。
姉のトモダチらしき女子高生にあっという間に囲まれ逃げ道を消された僕は「アア」「うー」とか言いながら質問責めに合っていた。言葉に溺れる、という稀有な体験を楽しむ余裕など無い。僕はただ汗をかき密やかなうなり声を漏らすのみ。
完全に不意を突かれたとはいえ情けないことこの上ないと心から思った。
「周蔵君は歌わないの?」
ずいと差し出される辞書みたいな分厚い本。これで選んで今歌えと?この僕に?
「いいいや……ぼぼぼ僕はその……」
スキャットマンか!?それとも放浪の切り絵師?嚙み過ぎだろ僕!!しかも喩え古過ぎ!!
「緊張しなくてもいいって!ほら、選ぶ選ぶ!」
肩を何人かに掴まれソファーに押し込まれる。そのとき誰かの足を踏んだ気がしたので反射的に振り向くと
「いてえ」
あぁ……なんで?
なんで進学校の優等生グループの中にDQNがいるの!?この人種は深夜のコンビ二駐車場とか50円で出来るゲーセンとかに生息してるんじゃないのか!?しかもリーゼントとかのオールドタイプじゃなくジーパン脱ぎかけるニュータイプ!!
よりタチが悪いニュアンスの方じゃないですか!!
「すすすすいません……」
「ススススイマセン?なんだおまえ、ちゃんとしゃべれ」
だらりと着崩れた制服の胸元をさらけ出し僕の鼻先に詰め寄るDQN。その迫力というか威圧感で僕は呼吸が苦しくなっていた。
「ごめん梶君、弟なんかした?」
「ああ、新木サンの……いやたいした事ねえよ」
姉が割って入ると場の空気が途端に柔らかいものに変わっていく。この二人の関係は全く分からないがとにかく助かったようだ。
「ダメだよ新入生おどしたら。梶はただでさえ威圧感すごいんだから」
「そーだ!イケメンは正義なんだから!」
気軽に女子高生たちから罵声(?)を浴びせられるDQNを見て少しだけ呼吸が楽になってきた。
意外と風貌に似合わず温和なDQNなのかもしれない。
「わかったわかった。悪かったなイケメン君」
僕の頭にポンと大きな手のひらを乗せたDQNは近くにいた姉と僕にしか聞こえない程度の小さな声で短く呟く。
「シンキクセーんだよ。さっさと失せろ」
ギリ、と掴まれる髪の毛。頭皮はぎゅうと上に持ち上げられ激痛に襲われる。
しかしその痛みも一瞬。フイとDQNは背中を向けた。「イラつく面さらしてんじゃねーぞ」ときっちり捨て台詞も置いていく周到ぶり。
完璧だ!あんたの狙いはジャストミート!!
見てよこの僕の足!!ガタガタふるえて止まらないし!!ああビビッてるよ!!だってコエーし!!すぐさま退散するし!!
僕は背中に被さる女子高生の幾つかの声を勢いで振り切り、自由の広がる分厚い扉の向こう側へと転がり出た。
リアル恐るべし!!でゴザルの巻!!